14.天界兵の襲撃-前編-
久しぶりにダンジョン側です。
その日、ダンジョン<奇人の住処>近くに、四人の影が舞い降りた。
比喩ではなく、文字通り空から降りてきたのである。
彼らは周辺に人影がないことを確認すると、集まって会話を始めた。
「ここが<奇人の住処>か」
そう言葉を発したのは、逆立った短髪に鍛え上げられた体、顔には矢じりの刺青と、見るものに粗野な雰囲気を感じさせる男──カイン──だった。
「面倒なことに地表からではダンジョンの規模がわかりづらいですね……」
続けて話し始めたのは黒い髪に黒い瞳、黒い羽根を持つ女性──イレーヌ──である。
「はうぅ……本当に持ち運ばれるなんて」
会話には混じらず情けない声を上げているのは、青の髪に青の瞳、小柄な体躯をした少女──ロナ──だった。
「まさかあんなに速いとは……」
それに同意したのは耳が長く、唯一羽根を持たない人物──マイル──である。
「おめえら遅すぎんだよ。そんなちんたら飛んでたら到着出来ねえぞ」
天界から<奇人の住処>を目指して飛び始めてからすぐにそう言われて、数日間ずっと荷物のように運ばれていた二人には、目的地に到着したことよりも情けなさや恥ずかしさでいっぱいのようだ。
ちなみに、イレーヌは涼しい顔でカインについてきていた。
「おら、いつまでもへこんでねえでさっさと突入の準備をするぞ」
「は、はいぃ」
「……わかってる!」
言われて装備の確認を始める二人を見てから、カインも自身の装備を再度見直す。
カインが身に着けているのは一般的な天界兵に支給される板金鎧だ。兜もあるのだが、カインは視界が狭くなるという理由で使っていない。
そして武器は頑丈さだけに重点を置いて作られたハルバード。槍の穂先に斧頭と突起──ピック──が付けられたものである。
こちらは天界兵に支給される武器ではないが、カインは好んでこの武器を使っていた。
また、魔法に関しては一応使えるのだが、正直魔力の調整が得意ではないので普段は使わない。そのため完全にパワーファイターと言える。
だが、普段から誰彼構わず喧嘩を売り歩き、荒くれ者と戦い続けていた彼は、ここ数千年大きな戦いもなく訓練しかしていない普通の兵士と比べると遥かに強かった。
まあ、その素行の悪さが原因で天界から放逐されるような結末になってしまったのは、彼にとって幸運なのか不運なのかわからない部分ではあるが。
続いてイレーヌだが、彼女はカインとはうって変わって地味な格好である。
灰褐色のローブと、その内側に身につけた急所を守るための胸当て以外は、ナイフと長杖しか持っていない。
肉体による近接戦闘を得意とするカインとは違い、明らかに魔法を使うための装備だ。
持っている長杖は支給品ではなくイレーヌの持ち物だ。魔力の通りが良い天界の樹で作られており、先端には黒い宝玉が嵌めこまれている。
これはイレーヌが得意とする闇属性魔法の効力を増幅してくれる効果を持つ。
ちなみにナイフについては護身用に持っているだけであり、特殊な効果などはない。
そしてロナはカインとイレーヌの中間といった装備だった。
軽鎧に弓、ナイフを装備し、短杖を腰につっている。
装備は全て天界兵に支給されるもので統一されており、カインやイレーヌのように自前の装備は持っていない。
これはロナが孤児出身で兵士としての階級も低く、金銭的に余裕がないことが関係している。生活するだけでいっぱいいっぱいなのだ。
最後にマイルだが、彼は長剣に軽鎧というスタイルだった。
やはり、ロナと同様に支給される装備で統一しているが、マイルはエルフとのハーフブラッドであるため、魔法を使うという点ではこの四人の中では最も劣っている。
エルフという種族は、人間界においては魔力の多い種族であるが、天界や魔界の住人と比べると保有魔力は少ない。
そのため、魔力量という点において、生粋の天界人である三人には及ばないのだ。
マイル自身も理解しているのだろう。彼は魔法の練習もしていたが、どちらかと言えば剣の扱いを覚える方に傾倒していた。
とは言え、そこにおいてもハーフブラッドという枷──エルフは特に肉体能力に優れている訳ではない──はついて回ったのだが……
「よし、準備は出来たな、行くぞ」
全員の様子を見て、カインが声を上げる。
他の三人も頷くと、彼らはダンジョンに足を踏み入れた──
……
魔王サマ達が魔界へと出発してから数日、今のところアタシ達は平穏に過ごしていた。
まあ、リーゼは食事の時に話し相手が居なくて少し寂しそうにしているが、それも後数日の我慢だと言い聞かせている。
この数日でダンジョンに何度か冒険者達がやってくることはあったが、それについてはアタシが姿を見せるまでもなく魔物だけで撃退することが出来た。
このまま何事も無く魔王サマの帰還を待つことが出来ればいいのだけど……と思っていたアタシだったのだが、どうやらそうもいかないようだ。
急に騒がしくなった魔物達の空気を感じ取り、アタシは自分が待機していた第一層の魔物詰所を出た。
現在のダンジョン内の防衛体制についてだが、まず第一層にはゴブリンなどの亜人達に守らせている。これは、ゴブリンリーダーやオークリーダーなどの、各群れをまとめる存在がいるため、アタシが細かく指示を出さなくてもある程度臨機応変に戦うことが出来るからである。
そして第二層も同じくリザードマンを中心とした亜人達に防衛を任せている。こちらは群れの能力的に、ゴブリン達よりも手強い相手になっている。
変わって第三層はアンデッド系の魔物が詰めている。彼らは命令には忠実に従うものの、臨機応変な戦いは出来ないため、なるべく細かく指示を出す必要がある。
アタシは基本的に第一層、第二層は魔物の判断に任せて防衛を行い、それを突破してきた相手を、直接アンデッド系の魔物に指揮をしながら戦うことにしている。
これまでの数日、第二層まで突破してくるような相手はいなかったが、今侵入してきた者達はそれを越えて第三層まで来るかも知れない。そう魔物達の騒ぎ具合から判断する。
「魔王サマが帰ってくるまで、しっかりダンジョンを守りますかね……っと」
アタシは身につけた装備を確認すると、第一層の出口に向かって歩き始めた。
剣戟の音が聞こえてきた当たりで、アタシは気配を殺して様子を確認した。
すると、四人の侵入者がちょうどゴブリンのグループと戦っているところだった。
アタシは目を凝らしてどんな人物か見定めようとしたが──
「なんだありゃ? 羽根?」
四人のうち三人の背中に羽根が生えている。
しかも、かなりの手練が混じっているようだ。
「これはヤバイな……特にあの斧槍持ちと長杖持ちが強い」
斧槍持ちは凄まじい武器さばきだ。一振りするごとにゴブリンたちが紙のようにちぎれ飛んでいる。叩きつけるようなその攻撃は、例え刃の部分でなくても当たればかなりの手傷を負わされることだろう。
そして長杖持ちは短い詠唱で次々と攻撃魔術のようなものを繰り出している。一応魔術のようなものといったが、あれは人間が使う魔術の威力と発動速度ではない。恐らく魔界ないしは天界の兵が使う魔法と同様のものだろう。
「姿形からして人間じゃない……なんであんな奴らが来るんだっ」
アタシは悪態をつきながら、一旦後方へと下がる。
第一層の魔物詰所に戻ったアタシは、残っている亜人達を集めて指示を出した。
優先することは、殲滅ではなく時間稼ぎ。そしてとにかく相手に疲労を蓄積させるための戦いだ。
かつてダンジョンの調査団に魔王サマが使ったような大規模上級魔法とやらを奴らが使えるとしたら、真正面から全ての魔物をぶつけるには危険すぎる。そのため、とにかく時間を稼いで対処法を考えたい。
アタシはそう考えて魔物に指示を出した後、すぐさま第四層へと向かった。
「アーシャ、まずい敵が来た」
第四層に到着したアタシはすぐにアーシャとリーゼを捕まえて、現状を説明した。
「純白の羽根を持った二人と、黒い羽根を持った一人ですかぁ?」
「ああ、心当たりはないか?」
あれは人間界の種族ではないような気がする。
「魔術とは思えないものを使っていたとなると、それはきっと天界の兵士ですねぇ。羽根の無い人物についてはわかりませんけどぉ」
アーシャがアタシの考えを裏付ける答えを出す。
「くそっ、やっぱり天界の兵だったか! なんでそんなものが攻めてくるんだ! 今までは人間の冒険者達しか来ていなかったのに!」
「少人数ということですからぁ、軍隊で攻めて来ているのではないでしょうー、多分、今いる人数しかいないと思いますー。それとぉ、天界の兵士が攻めてきたということは、目的は間違いなく結界陣だと思われますぅ」
軍隊が背後にいないというのは朗報だが、それが無くてもかなりの強敵が攻めて来ていることは間違いない。
「天界兵ってのは皆強いのか?」
見た限り斧槍の男と黒い女以外はそれほどでもないようだったが……
「まぁ、天界の兵士とはいえピンキリですけどぉ、人間の冒険者なんかよりは遥かに強いはずですねぇ。それに、セレナの報告が確かならその黒い女ってのはまずいかもしれませんー」
「どういうことだ?」
「天界では黒は忌み子の証。ですが黒を持つ者は魔族のように闇魔法に高い適正があってー、比較的魔力も多くなる傾向がありますぅ」
あたしではとても敵いませんねー、とアーシャは続ける。
「ちぃっ……! とりあえずアーシャはリーゼと一緒に結界陣まで避難してくれ! アタシは意地でもダンジョンを守り通す!」
「わかりましたぁ、あたしもメリル様に連絡を取りますー」
「ああ、頼んだ」
そこで不安そうにアタシを見ているリーゼへと向かう。
「お姉ちゃん……大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫さ。アタシには魔王サマから貰ったこれもあるしね」
そう言いながら見せるのは膨大な魔力を込められた魔力結晶。
アタシが使える魔術を、複数回準備無しで使用することが出来る切り札だ。
「……絶対絶対、死なないでね……」
リーゼが目に涙を溜めながら懇願する。
「リーゼを残して死ぬもんか、絶対に生き残ってやる!」
そう力強く告げた言葉には、アタシ自身の願望も混じっていた。
「うん、待ってるから……!」
抱きついてきたリーゼの頭を撫でながらアタシは考えた。
これは、今までで一番厳しい戦いになるかもしれない、と──
……
「ははっ、こんなものか!」
獰猛な笑みを浮かべ、カインがハルバードを振るう。すると進路上に居たゴブリン達が凄まじい勢いで壁に叩きつけられ、ぐしゃりと体を潰れさせながら絶命する。
そして別のゴブリンに標的を変え、再度ハルバードを振り下ろす。
今度はハルバードの斧頭が当たった部位がはじけ飛び、臓物をあたり一面にぶちまける。
「もっと強い奴はいないのか!!」
カインは戦闘に、殺し合いに狂喜していた。
天界ではそうそう味わえぬ命をかけた戦い、それに興奮していた。
「このグループはもう終わりですね」
そんな血の匂いが充満するダンジョン内でも冷静さを失わぬイレーヌが告げる。
見れば出会ったばかりのゴブリン共は既に死ぬか逃げ去ってしまったようだ。
「なんでぇ、こいつらももう終わりかよ。思ったより歯ごたえがねえな」
戦闘が終わってしまったことでカインの興奮は少し収まり、残念そうな表情を見せる。
「まだ、先は長いですよ」
言外に気を抜くなと伝える。
「わかってらあ」
鼻息も荒く、カインは頷く。
「ぼ、ボク達、いらないんじゃないかな……」
「ああ……あの二人はとんでもないな……」
一方ロナとマイルは、カインの戦闘に圧倒されていた。
イレーヌのように的確に魔法を使うタイミングも見定められず、ほとんど見ているだけだったのだ。
「でも、何があるかわからないから気合を入れなきゃ」
ロナが頬をパンと叩き、ダンジョンの奥を見据える。
「そうだな、僕達は僕達で出来る事をやろう」
マイルもロナに同意し、気を引き締める。
だが、セレナがアーシャ達に話を聞きに行った僅かな時間で、もう第一層は半分以上も制圧されていた。
配置されていた魔物も、ゴブリン達はほぼ全滅に近く、残っているのはゴブリンリーダーとその部下のみという状況である。
まだオーク達は比較的被害が少ないが、カイン達がこれ以上奥に踏み込んでくる場合、次にぶつかるのは彼らだ。
未だかつて無いダンジョンを攻略されるという危機が、<奇人の住処>には迫っていた──




