10.魔王会議-一日目-
累計100,000PV達成ありがとうございます!
これからも頑張ります!
遂にやってきた魔王会議の開催日。これから一週間近くにわたって、会議が開催されることになる。
トレンティア商会で注文した正装に着替え、宿を出た俺達は帝都グランヴェインの中心地、某有名テーマパークにあるものよりも遥かに巨大な城──ヴェイン城というらしい──がそびえ立つ区域にやってきた。
「会議ってあのでかい城でやるのか?」
「いえ、皇帝がいらっしゃる初日と最終日だけですね。それ以外は別の場所になると思います」
なるほど、偉い人にわざわざご足労願うわけにはいかないということか。
「初日は参加者の紹介だけで終わるって言ってたけど……」
「はい、参列者はほとんどが魔界貴族であり、紹介を省略することはいたしません。そのため、一人ひとり紹介していくとかなりの時間がかかりますね」
俺、寝てしまわないか心配だ。学生の頃も校長の長い話とかほとんど寝て過ごしていたしなぁ。
「さて、ではまず受付をいたしましょうか」
宿から長いこと歩いてようやく城の入り口にたどり着いた俺達は、門に居た衛兵に身分と目的を告げ、城内に入った。
広々としたロビーに目もくらむような豪華な調度品が飾られ、床には毛足の長い絨毯が敷き詰められている。壁には歴代の皇帝だろうか、年齢、種族、性別様々な人物の肖像画がかけられている。写真と見紛う程の完成度をしたそれらは、過ぎ去った年月を感じさせない色鮮やかさを保っていた。
ロビーの奥にはサービスカウンターのような物が設置されており、そこに何名かの兵士と受付嬢らしき人物が立っていた。その姿は今朝方出てきた宿を彷彿とさせる。
「なんか宿みたいな作りになってるのか?」
「ヴェイン城には多くの訪問者が訪れるので、混乱しないように専用の受付が設置されているのです。ですが、皇帝の居館は非常に厳重な警備が敷かれており、許された一部の者以外は立ち入ることが出来ません」
「なるほど」
色々とイベントがあるんだろうし、専門の受付も必要か。
「我々もあちらで受付を行います」
そう言いながら、二人で歩いて行く。
「ようこそいらっしゃいました。本日はどのような御用でしょうか」
丁寧に挨拶をする受付の女性。内心はどうだか知らないが、得体の知れない俺と、ダークエルフのメリルを見ても慇懃な態度は崩さない。
「本日開催される魔王会議に参列するために参りました。<奇人の住処>の魔王と、迷宮大将のメリルです」
「承っております。魔王様のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「はい、魔王様の名前はア……」
「アースだ」
メリルが答える前に割り込んで発言する。
「……魔王様?」
訝しげな顔をするメリル。
「いい。俺はアースだ」
メリルには以前に名前を伝えている。もちろん、日本で使っていた苗字と名前をだ。しかし、それを公の場で使う気にはならない。日本での俺の名前は、地球でのみ使われるべきだ。親から貰ったこの名前を、魔王としてこの世界に広めたくはない。だから俺は、この世界では魔王アースと名乗ることにした。
「……わかりました」
俺の考えを察した訳ではないだろう。しかしメリルは深く追求することはなく引き下がった。
「では、魔王アース様。魔王会議の会場は大会議室となります。ご案内は必要でしょうか」
「ああ、頼む」
俺が頷くと、控えていた衛兵の一人が歩みだし、俺達をついてくるように促す。その表情は被っている兜のため伺い知れない。
「魔王様、行きましょう」
「わかった」
そして俺達は大勢の参加者が集まる、大会議室へと歩き出した。
大会議室に俺達が足を踏み入れると、それまでざわついていた会場が途端に静かになった。代わりに会場内を支配したのは、ひそひそと話しあう声、そして俺達を無遠慮に眺める視線だ。
「なんか、落ち着かないな」
「仕方ありませんね……面と向かって罵声を浴びせられないだけ良かったと考えるべきでしょう」
少し周りの会話に意識を向けてみれば、ダークエルフがなんだのとか、あの得体のしれない男が新しい魔王かとか、ランドゲルズは何を考えているんだとか、好意的な話題は一切聞こえてこない。こういう状況になると、魔王になって身体能力──聴力もだ──が強化され、こんなひそひそ話が聞こえるようになってしまった自分が恨めしい。
一度頭を振って不機嫌になりそうな自分を諌めると、俺達は用意されている席へと向かった。
大会議室は非常に広く、席数だけで千近くはあるだろうか。日本の国会を思わせる席の配置をしており、中央には演説台が設置されていて、更にその奥には恐らく皇帝が座るであろう席が設けられている。
「こちらのようですね」
俺達に用意された席は会議室の中央近く、最前列の席だった。魔王会議という名前の通り、魔王が主役なので目立つ位置の席なのだろう。
既に他の魔王も何名か到着しており、やはり俺のように共を連れて席に座っている。
彼らからもチラリと視線を感じたが、今は好奇心を満たすよりも会議に集中するべきだと考えて俺は努めて見ないようにした。
そうして待つことしばらく、会議の開催時刻になると、今まで開いていた会議室の扉が閉まっていった。
扉が閉まると同時に、一人の魔族が演説台に立ち、声を発する。
「これより魔王会議を開催いたします、まずは、ジル・グラン・ウィルラード・アランドル皇帝陛下よりご挨拶がございます」
そう告げられると会場内は一気に静まり、注目が皇帝の席へと向かう。
しかし、当の皇帝はその席には座っておらず、俺は一体どこを見ているのかと疑問を感じた。
「魔王様、その奥を御覧ください」
「奥?」
視線を皇帝の席よりも奥に向けると、御簾によって区切られた空間があり、その中に人影が見える。
なるほど、あの中にいる人物が皇帝なのだろう。
「皆の者、よく集まってくれた」
響いた声は少年のようでもあり、少女のようでもある中性的な声だった。
「此度の魔王会議は普段と違い、大魔王の選出を目的としたものではない。忠臣であったランドゲルズが亡くなり、その後継者として指名された魔王の就任式を行うためじゃ」
その言葉が会場内に伝わった途端、俺に向かって無数の視線が集まった。
「余も顔を合わすのは初めてじゃ、そなたの能力、見極めさせてもらうぞ」
俺は周りの視線を気にすることはなかった。何故ならば、それよりも強い力を持った瞳に射抜かれていたからだ。御簾に隠れてその表情をうかがい知ることは出来ないが、俺に対して強い興味を持っていることだけが伝わってくるような視線だった。
知らずに唾をごくりと飲み干し、手の内ににじみ出た汗を握りつぶす。
「余からは以上じゃ。後は任せるぞ」
皇帝がそう告げると、演説台に立った魔族がその後を引き継ぐ。
その瞬間俺が感じていた奇妙な重圧はなくなり、息をつくことが出来た。
「なんか、嫌な予感がするなあ……」
会議の初っ端から、波乱を予感させる出来事にぶつかって俺は恐々としていた。
「……頑張りましょう」
メリルも表情を固くさせながら、俺を励ます。
その後の参列者紹介は、ほとんど頭に入って来なかった。




