9.出張商会員
試着室を出てきた俺達を迎えたのは、服飾担当のキルミさんと、受付嬢の女の子だった。
「いかがでしたか?」
早速キルミさんが感想を訊いてくる。
「ええ、いい出来ですね。ですがいくつか修正していただきたい点がありますので、そちらを……」
綺麗に折りたたまれた服を持ちながら、メリルが答える。
俺は相変わらずメリルに作業を任せっきりで、その姿をぼんやりと眺めていた。
すると、店の奥から体格のいい男性がこちらに近づいてくるのが目に入る。
「ん? あれは……」
疑問の声をあげようとしたところ、受付嬢の娘が先に声を出した。
「あ、店長!」
「おう、ティアリス、しっかり商売してっか」
どうやらこの立ち上がった熊を思わせる男性がトレンティア商会魔界本店の店長らしい。
「今<奇人の住処>様に商品をお渡ししたところです!」
チラリと横目で俺とメリルを確認した受付嬢の娘──ティアリスという名前らしい──が元気に答える。
「おお、そうかそうか、っと、挨拶が遅れちまったな。わしはこの店の店長をやっとる、グランツというもんだ」
毛むくじゃらで大きな体を縮こまらせるようにして、グランツさんは礼をした。
「あ、ああ、どうも、俺は<奇人の住処>の魔王です。あっちはうちの迷宮大将をやっているメリル」
見た目にそぐわない丁寧な礼をされて少し呆気にとられた俺は、まごつきながら挨拶を返す。
「魔王様とお会いするのは初めてですな。ランドゲルズ様からは代替わりをされたとか」
顎髭をさすりながらグランツさんが確認するように訊く。
「ええ、実は魔界に来るのも初めてでしてね……」
「なるほど。どうですかな、魔界は?」
「人間界とは違うことばかりで新鮮ですね」
赤い月といい、人間以外の種族といい、驚かされることばかりだ。
「はっはっはっ、そうでしょうな! この機会に是非とも魔界を堪能してくだされ」
体を揺らしながら豪快に笑うと、グランツさんはそう言えば、という顔をした。
「そちらのダンジョンにうちのもんはいましたかね?」
「……? いや、いないと思いますけど……」
トレンティア商会の人間がいないかって意味だよな? それなら居ないはずだ。うちにいるのは魔王である俺、補佐のメリルとその専属メイドであるアーシャ、そして人間のセレナ、リーゼ姉妹だけだからな。
「やはりそうでしたか、でしたら、この機会に出張商会員を派遣いたしましょうか?」
「出張商会員?」
うちに商会の人が来るってことだろうけど、何のために?
「出張商会員は人間界にあるダンジョンに派遣されるトレンティア商会の商会員です。トレンティア商会との各種取引の際便宜を図り、また、様々な取扱商品についての情報を提供してくれる存在です。とは言えこちらにとっていいことばかりではなく、トレンティア商会にとっては商会とダンジョンとの結びつきを強固なものとし、より多くの商品を買ってくれるようにという思惑があります」
説明してくれたのは、服についての注文が終わったのか、キルミさんと別れてこちらに向かってきたメリルだった。
「その通りですな。どうです、便利なもんでしょう?」
そう言われれば確かに便利な存在である。まぁ、助かるのは主に補給を担当しているメリルだろうけど。
「なるほどねぇ、その出張商会員ってのは、すぐに派遣してもらえるのか?」
そもそもどういう感じで誰が派遣されるのかもよくわかっていないが。
「そうですな……、でしたらこのティアリスなんかどうでしょう?」
「えぇ! あたしですか!」
俺も驚いたが、横にいたティアリスもいきなり話題を振られてびっくりしている様子だった。
「お前さん、随分と<奇人の住処>様が気に入ったみたいじゃねえか。良い人達だったって」
過去に会った二回でそんな評価をされていたのか、ちょっと照れくさい。
「そ、それはそうですけどぉ……」
しかし急すぎる話に、ティアリスはあまり乗り気ではなさそうだ。
「いや、別に急ぎってわけでもないんで」
無理強いするのもなんだしと思って、つい断ろうとした俺をグランツさんが制する。
「魔王様のところは、どんな魔物がいらっしゃるんで?」
「……えっと、亜人とか獣とかアンデッドですね」
質問の意図はわからないが、素直に答える。現在ダンジョンにいる魔物は、ゴブリンやオーク、リザードマンを代表とする亜人、それから今はほとんど居ないが、魔狼などの獣。そしてスケルトンやゾンビなどのアンデッドが大体の魔物を占める。
「ならちょうどいいですな。ティアリス、お前さん確か亜人の言語は大体理解出来るはずだな?」
「は、はい……」
亜人の言語がわかる魔族なんているのか。初めて知った。俺はダンジョン内の魔力を通して亜人達に命令は出せるんだけど、会話は言語が違いすぎて無理なんだよな。奇妙な鳴き声にしか聞こえない。
「お前さんはうちに来てからよく働いている。しかし、これからもトレンティア商会で働いていくなら、一度はお客様のところで働いて経験をつまにゃならん、わかるな?」
グランツさんがまるで父のような表情を浮かべ、諭すように言い聞かせる。
「はい……お客様の立場に寄り添って、何が求められているのかを肌で感じるため、ですよね」
「そうだ。そして派遣の権限は店長であるわしにある。そのわしが、今がそのタイミングだと決めたんだ」
断定口調でグランツさんは意思を伝える。
「……わかりました! あたし、<奇人の住処>様のところで頑張ります!」
そうして迷いを振り切ったのか、一度頭を強く振ると、ティアリスは元気よく返事をした。
「おう! やっぱりお前さんは元気じゃなきゃな!」
元気な返事に満足したのか、グランツさんが大きく頷く。
それを眺めながら俺達は──
「なぁ、俺達って外野?」
「そのようですね、まぁ、円満に解決したようなのでいいのではないでしょうか」
若干の疎外感を感じながら、ぼそぼそと会話をしていた。まぁ、メリルが疎外感を感じているかどうかは怪しいが。
「あたし、ティアリスって言います。これからよろしくお願いします!」
そんな俺達に向かって、ティアリスが改めて挨拶をする。
「ああ、よろしく」
「よろしくお願いします」
お互い挨拶が終わったところで、グランツさんが言葉を発する。
「魔王様がたはこれから魔王会議に出られるだろうし、ティアリス、お前さんは会議終了までに準備を終わらせて、魔王様がお帰りになる際に一緒に連れて行って貰え」
「は、はいっ!」
「じゃあ、帰るときになったらここに来ればいいのかな?」
会議終了後だと後十日程先になるだろうか。
「ええ、それで構いません。少々慌てん坊な娘ですが、能力はあるので色々と使ってやってください」
「わかりました。頼りにさせてもらいます」
メリルと共に頷く。
その後、ティアリスやグランツさんと雑談をしていたら、キルミさんが手直しの終わった服を持ってきた。
「商品はこちらになります」
綺麗に折りたたまれ、袋に入れられたそれをメリルが受け取る。
「助かりました。急ぎでとお願いしてしまい、すみませんでしたね」
「いえ、久しぶりに腕の振るいがいのある仕事をいただけて、こちらとしても刺激になりました」
キルミさんは優雅にお礼を述べる。
「ティアリス。<奇人の住処>に行っても頑張るのよ」
俺達の話が聞こえていたのだろう、キルミさんがティアリスに声をかける。
「はいっ、キルミさんも、頑張ってください!」
「ええ、任せておいて」
まるで姉妹のように仲の良い二人を眺めながら、俺はまた一段とダンジョンが賑やかになりそうだなと思った──




