5.次なる一手
──天界某所──
壁際にいくつも置かれた本棚に、壁に貼られた地図。一目見て高価だとわかる机には、幾つもの書類が重ねて置かれている。それらの配置は雑然としているようでもあり、不思議な統一感があるようにも感じられる。
そんな室内に、女性の声が響く。
「エレーナ様、カイン、ロナ、イレーヌ、マイルの四名が参りました」
「部屋に入れなさい」
答えたのはこの部屋の主である少女、エレーナだった。部屋の奥、入り口から向かって机の反対側に置かれた、机に負けずとも劣らない豪奢な椅子に座っている。
光の当たる角度によって違った煌めきを放つ美しい金髪。そしてそれに見劣りせぬ天使の様な美貌。細身の体を包むのは、糊の効いたシャツに、金糸により見事な刺繍の施されたグリーンのズボン、そして、背中から生える純白の羽根。
それぞれのパーツが見事な調和を見せて、見るものを惹きつけてやまない。そんな少女だ。
そして扉から入ってきて、机を挟んで少女の反対側に立っているのは、統一感のない四人の男女。
一人目は白い羽根を生やし、グレーの短髪を逆立てた、粗野な雰囲気を漂わせる見る人に不良といった印象を与える男だ。身長は高く、190cm程はあるだろうか、かなり鍛えられた体をしている。左頬には矢じりのような刺青を入れており、グレーの瞳が持つ目付きの鋭さも相まってかなりの凶相である。
二人目も白い羽根を生やしており、青の髪に青の瞳、小柄な体躯を持つ。見るからに弱気という空気を纏っており、顔にも怯えが見える少女だった。
三人目は羽根がなく耳の長い男。緑の髪に緑の瞳、高い身長に細身の体をしている。つり目がちな顔には、神経質そうな空気が伝わってくる。
そして最後の四人目は黒い髪に黒い瞳、黒い羽根を持つ女性である。身長は高く、一目見たら忘れない美しさを持っているにも関わらず、その表情は常に暗く、感情というものがないようにも見える。
白い羽根を持った男女はカインとロナ、耳の長い男はマイル、そして黒一色の女性がイレーヌという名前だった。
カイン以外は、皆一様に暗い顔をしており、この場に呼ばれたことについて歓迎していないことが伝わってくる。
「あなた達に指令を与えるわ」
エレーナがそう発言すると、やはりカインを除き、他の三人は緊張の姿勢を見せる。
「内容は<奇人の住処>の攻略。可能であれば結界陣を破壊せず、存在するものは全て殺しなさい。まぁ、魔王がいたらきっと勝てないでしょうから、その場合は結界陣破壊を優先するといいわ」
ただし、とエレーナが続ける。
「恐らく魔王は居ないわ。理由は魔王会議が開かれるという情報が入ってきているから」
そこでエレーナは意地の悪い笑みを浮かべて続けた。
「この任務を与えられたあなた達は、天界から追放という扱いになるわ。だから何をしても天界には関係ないってわけ。もちろん、拒否は許さないわ」
「そんな!」
「お、横暴じゃないか!」
「あぁ……」
「……」
それぞれ三者三様の反応をする四人。
その中の一人、横暴だと叫んだマイルが次なる抗議の声をあげようとすると、エレーナが口を開いた。
「黙りなさい。今この場で死にたいの?」
その言葉は声を荒げない普通の声色だったが、隠し切れない威圧の気配があった。逆らえば本当に殺される、それを何よりも伝えてきていた。
「ひっ……」
その圧力を受けて、マイルが怯えたように声をひきつらせる。
「一つだけ情けをかけてあげるわ。あなた達が結界陣の破壊に成功した場合は、天界に再び迎え入れてあげる。待遇も良くしてあげるわ」
簡単でしょう? と続けるエレーナに、絶望したような顔を向けるカイン以外の三人。
「もちろん、逃げたらどうなるかわかっているわね? あなた達はもうこの場で死ぬか、<奇人の住処>に行くか、どちらかしかないのよ」
今この場で死ぬか、わずかな可能性に賭けるか。選択肢は、初めからないようなものだった。
「じゃあ、任務は伝えたわ。あなた達が裏切らないうちは、追手も出さないであげる。一応カインの階級が一番上なのだし、隊長として他の三人を指揮すること」
さあ、行きなさい、と続けようとしたエレーナに、今まで沈黙を保っていたカインが声をかける。
「おい、何でオレは選ばれたんだ?」
あまりにも失礼な問い方に、エレーナの部下が思わず動こうとする。それを制止して、エレーナは答える。
「あなたが犯罪者一歩手前の厄介な兵士だからよ」
「なんだと?」
「同じ兵士でも戦ってみたいと思えば喧嘩を仕掛け、上官の命令は聞かなくて当たり前。逆に上官に殴りかかって大怪我をさせたと思えば、スラムに住むような悪党どもとつるんでいる、そんなあなたの扱いに苦慮した部隊長が、私に相談してきたのよ、あいつをどうにかしてください、ってね」
「けっ、そういうことかよ」
カインが吐き捨てるように呟く。
「わかったかしら? 同じ質問をされるのも嫌だから先に言っておいてあげるわ。ロナ、あなたは孤児で身内がいないし、階級が低いから。マイル、あなたはエルフの混血、ハーフブラッドだから。イレーヌ、あなたは黒の色を持つ忌み子だから。まぁ、言われなくても予想はついているでしょうけどね」
言われた三人が、歯を食いしばりうつむく。自分でもわかっていたのだろう。
「もう質問はないでしょう、さっさと行きなさい」
まるで犬でも追い払うように、しっしと手を振るエレーナ。
「あぁ? オレはてめえをぶっ倒してから行ったって構わねえんだぞ?」
怒気と共にエレーナを睨みつけるカイン。
「……折角穏便に済ませてあげようとしているのだから、その厚意は無駄にしないことね」
極寒の視線をまとわせ、カインを見つめるエレーナ。
「……ちっ、今のオレじゃ勝てねえか。くそが、帰ってきたら必ずぶちのめしてやるからな」
「ふん、そういうのは帰ってきてから言いなさい」
もう話はないのだろう、カイン達が部屋を出ていく。
そして彼らが出ていってから数分後、部下がエレーナに尋ねる。
「よろしかったのですか?」
「何がかしら?」
「あのような者達を独断でダンジョンに送り込むなど……」
部下が困惑の表情を浮かべる。
「いいのよ、奴らは裏切っても不思議ではない存在。誰も疑問には思わないでしょう。後は私が裏切ったという報告を少し遅らせればいいだけ」
追手を出さないというのは嘘だ。これは上層部に承認を受けた作戦ではない、よってエレーナに追手を出させないという権限など存在しない。
「腐っても天界の兵。結界陣の破壊までは望まないけれど、弱小ダンジョンの幹部一人くらいは討ち取れるでしょう、そうなれば前回の作戦失敗についてもお姉さまに言い訳が出来るというもの」
そのためにあんな奴らと口を聞いたのだ。それくらいはやってもらわねば困る。
「彼らはうまくやりますかね」
「さあ、でもカインは性格に問題があるけどそれなりにやるわ。きっと奴らに痛手を与えてくれるでしょう」
魔王会議に誰か幹部でもついていくなら、攻略出来る可能性も上がるし、とエレーナは考えながらカイン達が出ていった扉を見つめた。




