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ダンジョン運営奮闘記  作者: 優樹
魔王降臨編
19/46

19.決戦-後半-

 アタシ達は鬱蒼と樹木が生い茂るダンジョンの外で、調査団に見つからない位置に潜んでいた。

 魔王サマは魔力が大きすぎるので、発見される危険を考えてアタシ達はかなり遠い位置で待機している。そのため正直アタシの目には調査団などどこにも見えない。周りは木ばかりだ。

 だが魔王サマは遠見の魔法でしっかりと位置を把握しているらしい、便利なものだ。その魔王様が虚空を眺めながら声をあげる。

「野営地の設置に入ったみたいだ」

「どんな感じだい?」

 これから野営地の設置を始めるなら数時間はかかる、今の時刻は昼過ぎだから、今日調査隊の派遣はないだろう。恐らく明日まで待機になる。

「やはり練度は高そうだな、もう少し落ち着くまで待つとしようか」

「了解だよ」

 そう返事したところで、魔王サマがおや? っと呟いた。

「なんかあったのかい?」

「何十人かダンジョンに向かっていくんだけど」

「野営地の設置も終わってないのに、もう調査隊を派遣したのかい」

 随分気の早い連中だ。ダンジョンなど大したことがないと思っているのだろうか。

「えーと……三十人くらいか? どうしたもんかな」

「アタシらはまだ出てくタイミングじゃないし、メリルに任せるしかないね」

 普通に魔物を使えば苦戦する数だが、メリルならきっとうまくやるだろう。

「ああ、大丈夫だといいが」

「きっと問題ないさ」

「そうだな、メリルならなんとかしてくれるだろうし、俺達はこのまま待機しよう」

 アタシ達の出番はまだ先だ、今は力を温存せねばならない。


 明朝、調査団の野営地に動きがあった。

「セレナ、調査団が動いた」

 その声に気づいて、アタシは横たえていた体を起こす。

「調査隊の派遣かい?」

「ああ、補給部隊もしばらくしたら動きそうだ。仕掛けるなら今だな」

 魔王サマは昨日から寝ていないはずだが、その姿は思ったほど疲れているようには見えない。やはり魔王だからだろうか。

「それじゃあ一仕事しますかねっと」

 アタシは体を伸ばして、装備を身につける。

「じゃあ俺が魔法を使ったら、計画通り頼む」

「あいよ」

 返事をしながらアタシは配置につく。


 調査団殲滅の計画はこうだ。

 まず調査団が固まっているタイミングで仕掛ける。相手の戦力を分散させるため、可能なら調査隊がダンジョン内に派遣されている状態がいい。

 仕掛けるタイミングが決まったら、魔王サマが大規模上級魔法を使い、誰も逃げられないように野営地ごと閉じ込める。

 その後は魔王サマが野営地の人間を殲滅する。ダンジョン内の人間はメリルが担当し、アタシは魔王サマの魔法範囲外、キリネ村の方角に待機して、万が一逃亡者が出た場合にそいつらを始末する。

 誰も生存者を残さないため魔王サマは常に生命探知の魔法を使い、アタシも事前に渡された魔力結晶を使い常に身体強化と生命探知の魔術を発動する。

 これで調査団を全滅させれば、防衛は完了だ。


……


 俺は調査隊がダンジョンに入っていったのを確認して、魔力の集中を始めた。

 そして十分に体内で魔力を練った後、呪文を詠唱する。

「<<我招くは無慈悲なる地獄の川、ここに顕現せよ、全てを包む死の牢獄となれ>>……」

 そこまで唱えて、そのまま魔力の集中を続ける。野営地の方でも急激に膨れ上がった俺の魔力に気づいたものがいるようだ。にわかに慌ただしくなる。

 この魔法を発動すれば後戻りは出来ない、それでも俺は、ダンジョンを守るため、皆を守るためにこの魔法を使用する。

「……コキュートス」

 瞬間、世界は一変した。


 バキバキバキバキッと物が凍る音を数百倍にした、凄まじい音が当たり一帯に鳴り響く。

 ターゲットは野営地の中心、事前に設置した魔力マーカーに沿って、高さ五メートル以上はあろうかという氷の壁が出現する。壁が出現した地点の周囲に居たものは、一瞬にして壁に取り込まれ、氷漬けになる。

 大規模上級魔法、コキュートス。

 それは広範囲を凍りづけにする死の魔法。

 氷の中に囚われたものはまず助からない。

 ダンジョン周辺に影響を与えすぎるため、コキュートスの範囲内全体を凍らせるのではなく、氷の壁を作り出す方向で使ったが、それでも少なくない数の兵士が今の一瞬で死んだ。

 初めてこの魔法の存在を教えられた時、こんな恐ろしい魔法があるのかと恐怖した。そしてそれを使えるようになってしまう自分にも。

 異世界に来て、魔王になって、ファンタジーの世界にあるような魔法を覚えて、舞い上がっていた。

 だが、多くの上級魔法やほとんどの大規模上級魔法は心底恐ろしい。

 地球の兵器、ミサイルや爆弾にも匹敵する凄まじい威力の魔法を、個人で使えてしまうことがあまりにも恐ろしかった。

 そして自分が紛れもない化物になってしまったことを実感して、悲しかった。

 それでも俺は、ダンジョンを守るためにこの魔法を使い、自分の手で初めて人を殺した。

 そして、これからは直接殺す。

 剣を引き抜くと、俺は野営地の生き残りに向かって走りだした。


……


 ダンジョンの外で魔王様のコキュートスが発動されたのを確認して、私はダンジョン内に侵入した兵士達に近づいた。

 外でうねりをあげた恐ろしいほどの魔力に兵士達も気づいたのだろう。慌てて外に様子を見に行こうとする。私はそれを止めるために声をかけた。

「外へは行かせませんよ」

「何者だ!?」

 恐らく隊長格なのだろう、周りよりも上質な装備をした一人の兵士が、私に向かって声をあげる。

「ダンジョン<奇人の住処>所属、メリルです。皆さんにはここで死んでもらいます」

 敵にわざわざ名乗ってやる義理はないのだが、時間稼ぎのために付き合ってやる。

「ふざけるな! だが……幹部だと!? まさか、外にも幹部が!!」

「ご明察です」

 外にいらっしゃるのは魔王様ですけどね、と心の中で続ける。

「くそっ、撤退しろ!」

「外へは行かせません、と言ったはずです。<<焦熱の炎よ、壁となりて立ちふさがれ>>」

 会話のうちに魔力の集中を終わらせて、火属性中級魔法バーニングウォールを発動する。

 立ち上る炎の壁は狙い通りに兵士達の背後に発生し、彼らの退路を塞ぐ。

 彼らはまとまってダンジョン内に侵入してきたばかりで、背後を塞がれてしまえば後は進むしか出来ない。

「隊長! 退路がっ……!」

「わかっている! こうなれば仕方ない、応戦しろ!」

 私を倒さねば逃げることが出来ないと理解したのか、五十人もの兵士が私を向いて身構える。

「では、戦いましょう」

 そして私が指示すると、背後に控えていた魔物達およそ四十体が前へと進む。

 温存に温存を重ねて、どうにか捻出したダンジョンのほぼ全兵力だ。これを殲滅されてしまうと、かなりまずいことになる。

 少しでも消耗を抑えるため、私も全力で援護せねばなるまい。

「射撃隊はあの魔族に矢を放て! 魔術師は魔術の準備だ! 歩兵は我に続けぇー!!」

「「「了解!!」」」

 やはり、練度が高い。ある程度の被害は覚悟しておく必要がありそうだ。

「亜人部隊は前へ、メイジは単体魔法を発動し、スケルトン達は矢を防ぎなさい」

 相手の歩兵にはゴブリン、オーク、ランドリザードマンをぶつける。

 単純な力の強さ、耐久度などはこちらに分があるが、技量、装備の質、連携などを考えると、長引けばこちらが不利だ。

 前線では早速亜人達が人間に押し込まれている。早く援護をしなければ。

 私はスケルトンの防御をすり抜けた矢を避けながら、魔力の集中を行う。

「<<暗闇よ全ての光を飲み込め>>」

 闇属性下級魔法ナイトカーテンを発動する。

 この魔法は濃い闇を生み出す魔法で、相手の光源すら飲み込むほどの闇を発生させる。

 人間というのは不便なものだ、光がないだけで視力が塞がれてしまうのだから。

 だが亜人達は元々暗い洞窟を好んで住処とするため、暗闇はほとんど障害にならない。そして、私にも影響はない。

 アンデッドモンスター達も視覚ではなく、生の気配や魔力で敵の位置を把握しているため、闇は何の問題にもならない。

「くそっ、闇が!」

 暗闇の中では矢を放つことも出来ず、私に飛んでくる矢がほとんどなくなる。

「魔術師! ライトの魔術を使え!」

「わ、わかりました! <<暗黒を照らす一筋の光明よ、我のもとに明かりを灯せ>>」

 魔術師が魔術を発動させた一瞬光が発生したが、すぐに闇に飲み込まれ効果を失う。

「駄目です! 効果がありません!」

 当然だ、人間の魔術と魔族の使う魔法では、効力が天と地ほども違うのだ。

「今のうちにたたみ掛けなさい」

 更に指示を出し、スケルトン達も前進させる。

「後は一人ずつ仕留めましょう」

 そうして敵が全滅するまで、それほどかからなかった。


 戦闘が終わってみれば被害は思ったよりも多く、十体以上もの魔物が倒されていた。

 特にナイトカーテンが発動するまで前線を支えていた亜人達は、かなりの数を減らしてしまった。

 スケルトン達は比較的軽傷だが、後方に控えていたメイジ達は私を狙った流れ矢が何本か当たってしまっていた。

 だが、これくらいの被害で抑えられたのを良しとするべきなのだろう。

「さて、あなたには質問があります」

「ひぃっ」

 一人だけ生け捕りにした兵士に質問をする。

「あなた方は何名でこのダンジョンを調査しに来たのですか?」

「ここ、答えるから殺さないでくれ!」

「質問に答えなさい」

 兵士を睨みつけると、答えを促す。

「ひゃ、百六十二名、だ」

「間違いありませんね?」

「間違いない! 間違いないぞ!」

「では次の質問です、最初にこのダンジョンに入ってきた集団は、何が目的だったのですか?」

 彼らは簡単に全滅してしまったため、未だに目的がよくわからなかった。

「あ、あいつらは貴族子飼いの兵だ、調査団が入る前にダンジョンの宝を手に入れようっていう、め、迷惑な輩だよ」

「なるほど、それで誰も帰ってこなくても反応がなかったのですか」

「そ、そうだ……」

「では最後に、調査団に追加の兵力はありますか?」

「ない! 今ここにいるので全員だ!!」

「わかりました」

「な、なあ、質問には答えたんだから、助けてくれよ? な?」

「……敵になったものに情けなどかけると思いましたか?」

 私は兵士の額に指先を当てる。

「待ってくれ! 待って……!」

「<<炎の矢>>」

 ばかんっ、と兵士の頭が破裂する。

 私はそれを一瞥もせず、考える。

「さて、後は魔王様次第ですが……」


……


 アタシは魔王サマが使った魔法の範囲外で待機していた。

 作戦では魔王サマが大規模上級魔法を使って野営地を封じ込めると簡単に言っていたが、今のこの状態を見るまでは本当に出来るのかと半信半疑だった。

 だが、実際はどうだ。見渡す限りの氷の壁が、調査団の野営地を完全に取り囲んでいる。高さもかなりあるから、乗り越えるのは至難の業だろう。

 これでは元から魔法の範囲外に居ない限り、脱出は不可能に思える。

 もちろん兵士が来ないからといって、気を抜くような真似はしない、既にレッサーパワーやレッサーアジリティ──敏捷性を上げる魔術だ──、そして生命探知──ディテクトライフ──も発動している。

 アタシの発動する生命探知ではあまり広い範囲の探知は出来ないため、目視での確認も怠らない。

 そうして数分、周囲の警戒を続けるアタシだったが、キリネ村の方角から近づいてくる影に気がついた。

「まずいな……近くで狩りでもしていた村人か?」

 身を隠しながら人影を観察し続けると、どうやら兵士が一人でダンジョンの方に向かっているようだった。

「なぜ一人でここにいる……? ちっ、別働隊が居たのか?」

 だが、それにしても一人というのは変だ、他に兵士が潜んでいるようにも見えない。

「何にせよ、始末するしか無いわけだ」

 手元のダガーを確認し、気配を殺しながら兵士へと近づいていく。

 アタシは元々正面切って戦うよりも、このような隠密や暗殺を得意としている。だから油断している兵士の一人くらい一撃で倒せると思っていたのだが

「ふっ……」

「うおっとあぶねぇ!!」

「なっ、避けただと!?」

 兵士は直前でアタシの攻撃に気づいたのか、紙一重で回避を成功させた。

 こいつは油断ならない相手だ……アタシはダガーを構え直して、兵士に正対する。

「なんだあんた、なんで人間がこんな場所にいる? 冒険者か?」

「答える義理はないね」

「ちっ、なんとなく嫌な予感がしたから野営地から離れた場所でサボってたってのによぉ……なんか野営地は大変なことになってやがるし、通り魔には襲われるし、ついてねえな。こりゃ、野営地の様子を見ようなんて考えないで、さっさと逃げちまえばよかったか。でもなぁ、俺はだたでさえ成績わりぃし、サボったら今度こそクビになっちまうよなぁ……」

 ぶつぶつとつぶやき続ける男を無視して、アタシは考えていた。サボっていたということは、つまりこいつは別働隊でも斥候でもなんでもなく、ただ離れた場所にいただけだっていうのか?

 どうにもふざけた気配を漂わせる男が信用ならなくて、アタシはとりあえず殺してから考えようと思い直す。

「はぁっ!」

「うおお!?」

 体のバネを利用して瞬時に加速したアタシは、必殺のタイミングで男の首を狙ったが、再び紙一重で攻撃を回避されてしまう。

「なんだ、アンタ? 妙な動きをする」

「ああ!? いきなり二度も切りかかってきて、質問することがそれか?」

 憤慨した男が怒鳴り返す。

「俺は普通の兵士だよ! てめえこそなにもんだよ!!」

「何、ちょっとした暗殺者だよ」

「ふざけてんのか?」

「至って真面目さ」

「くそったれ、やるしかねえってか」

 男がそう言い、長剣を腰から引き抜く。

 アタシはそれを見届けず、男へと走りこむ。

 そのまま逆手に持ったダガーを、首に向かって叩きつけるように振る。

「っ!」

 ガキリと金属同士のぶつかり合う音が響き、男の持った長剣が横に流れる。

「なんだっ! この馬鹿力は!」

 アタシには筋力を増加させる補助魔法がかかっているため、筋力では負けていない。しかし使用している獲物がダガーのため、長剣を使用している相手に距離を離されると不利になる。そのため、ひたすら接近戦を望むしか無い。

「はぁっ!」

 体勢の崩れた相手に向かって、瞬時に引き戻したダガーを突きこむ。

「ぐぅう!」

 男はそこでも限界まで身を捻り、アタシの攻撃をかすり傷を負うのみで回避する。

 そのまま男は飛び退り、一度距離を離す。

「やべえ、今死線が見えたぜ……」

 ぜいぜいと息を吐きながら男が漏らす。

 技量では私が勝っているようだ。相手の間合いではまだわからないが、それでもこちらのほうが動きは早い。だが男の異様に働く直感が、勝負にどのような影響をもたらすかわからない。

 このままでは身体強化の魔術が切れる、ここは出し惜しみをせず一気に攻め立てるべきだ。

「<<我が肉体に宿るは鬼人の力>>」

「なっ? いつの間に魔術の準備をした!?」

 準備はしていない、魔王サマから貰った魔力結晶を使っているからだ。しかし、それをわざわざ相手に教えてやる必要はない。

「<<我が肉体に宿るは風精の速さ>>」

「くそっ! させるか!」

 続けて魔術を使おうとするアタシを止めようと男が剣を振りかぶるが、既に遅い。

 振り下ろされる男の剣を掻い潜り、今度は避けられないように、体ごとぶつかるようにして相手の脇腹にダガーを深く突き込み、素早く距離を取る。

「ぐっ、うぅ……」

「勝負あったね」

 脇腹を押さえてうずくまる相手に向かって、アタシは告げる。

「くそっ、ついてねえな……こんなところで死ぬなんてよ……」

「ああ、全くそう思うよ」

 崩れ落ちる男の顔は、見なかった。


……


 怒号と悲鳴が入り乱れる野営地に、俺は風のような速さで飛び込んだ。

「足が! 足が氷の中から抜けねえ! 助けてくれ!」

「なんだよ! なんなんだよこれは!?」

「撤退だ! とにかく撤退しろ!」

「見渡す限り氷の壁でどこに逃げりゃいいんだよ!?」

 誰も彼もが混乱し、冷静でいるものなどどこにもいなかった。

 俺は剣を振るい、目に入った兵士の首を飛ばす。

 首を飛ばされた兵士は不思議そうな顔をしたまま、切断面から鮮血を溢れさせる。

 体の方は一瞬動こうとしながらも、数秒後にはバランスを失い地面へと倒れこんだ。

 その瞬間生き残りの兵士達が一斉に俺を見た気がした。

「て、敵襲だ! 敵襲ううぅぅぅ!!!!」

「守れ! 敵を近づけさせるな!」

「嫌だ! 殺さないでくれ! 頼む!」

 それぞれ別の反応をしながらも、誰もが俺から目を離せないでいた。

 俺は吐き気を堪えながらも無言で剣を振るい、死体をどんどん増やしてゆく。

「うわああああ!!」

「ぎゃあああああ!」

「魔術だ! 魔術を使用しろ!! このままじゃ全滅するぞ!!」

「なんだよあの化け物は!? 動きが早すぎる!!」

 化け物という声が俺の心を抉る。思わず力の配分をミスして、手に持った剣がぼきりと中程から折れた。

 俺は折れた剣を投げ捨て、死体が持っていた剣を拾い、再度殺戮を始める。

 剣を振るい、人間を殺す、剣が折れ、死体から剣を奪う。

 何度も、何度も、何度も何度も機械のようにそれを繰り返す。

 吹き上がる鮮血が俺の体を染めていき、死体の数がどんどん増えていく。俺を見つめる兵士の瞳は恐怖に濁り、自棄になり正気を失った兵が俺に突っ込んできて、首を剣ごとはねられる。

 がむしゃらに戦っていた俺には少なくない数の攻撃が当たっていたが、ほとんどは身につけた防具に弾かれ、あたった幾つかも俺に致命傷を与えるまでは至らなかった。……頑丈さも、強化されているらしい。

 そうして戦い続けて数十分、俺はコキュートスの範囲内にいた人間を、残らず皆殺しにした。

 皆殺しにしてしまった。

 もう、動くものは自分以外誰もいない。うめき声一つ、上がらない。生命探知を使い全員の息の根を止めたからだ。

 その事実に呆然としながらも、俺はダンジョンに向かって歩き出す。

 ダンジョンに到着して、ダンジョン内にも周囲にも人間の生命反応がないことを確認──セレナとリーゼには反応しないようにしている──して、俺は魔法を解除する。

「……解除」

 すると強固にそびえ立っていた氷の壁が、ビデオテープを巻き戻すように地面へと消えていく。

 俺はそれを眺めながら、頭を振って一つため息をついた。


 ダンジョン内に戻りアーシャから怪我の手当を受け、服を着替えてから会議室に行く。

 そこには既にメリルとセレナがいた。

「……魔王様、大丈夫ですか?」

 メリルが俺を気遣う。

「ああ、大丈夫だ、報告を始めてくれ」

「……はい、それでは報告いたします」

 こほんっ、と咳払いをすると、メリルが報告を始める。

「戦闘の結果ですが、調査団の殲滅には成功しました、セレナにも生命探知の魔術を使いながらしばらく見回りをさせましたが、生き残ったものはいないということです」

 セレナがそれに頷く。

「こちら側の被害は魔物が十八体倒され、生き残ったものもほとんどが負傷しました」

 結構な被害だが、全滅しなかっただけ良かったと思うべきなのだろうな。

「調査隊は二回派遣され、一回目三十名程、どうやら宝を探しているようでしたが、油断していたために被害は出ませんでした。二回目は五十名程、練度の高い兵と正面からぶつかったため、被害が拡大してしまいました」

「いい、全滅しなかっただけで十分だ」

「ありがとうございます」

 メリルが礼をする。

「地表には残った八十名前後がおりましたが、魔王様の活躍により全滅いたしました。それ以外にキリネ村方面から野営地に向かってきた兵士の一人をセレナが始末いたしました」

「範囲外に兵士がいたのか? 生き残りは本当にいないんだろうな?」

「残った死体の数と私の尋問した兵士の答えた数が一致したため、間違いないかと思われます」

 メリルは言わないが、当然尋問した兵士も始末したのだろう

「そうか、皆、ご苦労様だった」

「いえ、魔王様もお疲れ様でした」

「そうだぜ、アンタは一番キツイところで戦って、アタシらを守ったんだ、もっと誇っていい」

 セレナが慰めるようなことを言ってくれる。

「ああ、ありがとう」

 こうしてダンジョンは無事守られた。これでしばらくは国から兵を派遣されることはないだろう。俺達は勝ったのだ。


 夕食後、俺は執務室でぼんやりしていた。

 報告が終わってからは戦いの後片付けをして、アーシャ達が作ってくれた夕食を食べていた。きっと気を遣ってくれたのだろう、いつもよりリーゼがはしゃいでいたし、アーシャもわざとらしくボケたりしていた。

 その心遣いがありがたくもあり、そうでもないような複雑な気分だった。

 覚悟を決めて人を殺したことに後悔はない、皆を守ることが出来て良かったと心から思っている。しかし、気分は晴れない。

 いつかそれにも慣れていくのだろうか。

 それは少し、怖い気がする。

「魔王様」

 考えにふけっていると、メリルが訪ねてきた。

「何か用?」

「入ってもよろしいでしょうか」

 問いには答えず、メリルが訊いてくる。

「ああ、いいよ」

 特に何をしていた訳でもないので、扉を開けて招き入れる。

「ありがとうございます」

「うん」

 席に戻った俺はメリルを見るが、メリルは特に何も言い出さない。

「えーと、何か?」

「お酒でも飲みませんか?」

 唐突にメリルが言う。

「あ、ああ、いいよ」

 後ろ手に持っていたのか、白ワインとグラスを取り出すと、俺に注いでくれる。

「じゃあ、メリルも」

「はい、ありがとうございます」

 メリルの持つグラスにもワインを注ぐ。

 しばらくワインを飲みながら、無言で過ごす。

「魔王様はよく頑張られました」

「……どうしたんだ突然」

 突然メリルがそう言う。

「私の立てた作戦に参加してくださって、感謝しています」

「それが、一番確実だったからな」

「ええ、魔王様が参加されなかった場合の案も考えておりましたが、今回の調査団の規模では厳しかったでしょう」

「そうだろうな」

 まさか百六十名もの人数で来るとは予想していなかった。

「ですが、魔王様の望まぬことを強いたのもわかっております」

「ああ……」

「なので、私を叱責してくださっても構わないのですよ」

「……そんなことは、しない」

「そう、ですか」

 またしばらく無言になる。

 しばらく後に、俺は話しだす。

「戦った兵士が俺のことを化け物って言ってたよ」

「そんなこと……!」

「いや、いいんだ、俺だって自分のことをそう思ったんだから」

「……」

「きっとメリルの知ってる人には、俺程度の力を持っている人が沢山いるんだろうし、別に特別なことじゃないのかもしれない」

 俺は続ける。

「でも、俺が元いた世界で、個人でこんな力を持っている人はいないから、気持ちはよくわかるんだ」

「だから、俺は自分が怖いんだ」

 剣を振って兵士達を切った感覚が蘇り、手がガタガタと震える。

「それに、力を振るうことに慣れてしまうのも怖い」

「人を殺すことに慣れてしまうのも」

「じいさんはどうして、俺を魔王に選んだんだろう?」

 そこまで言った時、メリルの手が震える俺の手を包み込んだ。

「悔しいですが、私では魔王様の悩みを取り除いてあげることが出来ません」

「ですが、私が魔王様の負担を減らしてあげることは出来ます」

「え?」

「魔王様が力を振るう場面は、私が指示したものです。ですから、その苦しみは私のせいにしてください」

「だけど……」

「いいのです、それで魔王様の気が楽になるのであれば」

「そんなの、だめだっ」

 思わず声をあげる。

「……魔王様は、お優しすぎます」

「そんなことは、ない」

「では、では、どうすれば魔王様の気は楽になりますか?」

 焦ったようにメリルが問う。

 俺はこんなにもメリルを心配させていたのか。そう思うと申し訳なさが沸き上がってくる。

「……じゃあ、たまにこうやって晩酌に付き合ってくれよ」

「そんなことで、良いのですか?」

「ああ、いっぱい愚痴らせてもらうからさ」

 ぎこちない笑みを浮かべると、おどけたように俺は言った。

「わかりました、私は魔王様の補佐が仕事ですから」

 メリルも少しぎこちなく、笑みを浮かべた。

 俺の手の震えは、いつの間にか止まっていた。


次回は、エピローグになります。

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