17.調査団派遣
セレナとリーゼがダンジョンで暮らし始めて数日、俺はメリルとセレナの三人で会議を行なっていた。
「セレナからの情報でこの辺境の地を治めるランドール王国から、ダンジョンの調査団が派遣されることが判明いたしました」
メリルが現時点でわかっている情報を述べていく。
「戦力はどの程度か判明しておりませんが、過去の情報から五十名から百名程度の兵力がよこされると考えられます」
「五十名から百名!? そんなの守りきれるのか!?」
通常冒険者達は三名から八名程度の人数でやってくる。それもいくつものグループが申し合わせて来ることはない。宝物の奪い合いになるからだ。それであるからこそ限られた戦力で撃退を可能としてきた。
「我々が使える戦力からすると、厳しいと言わざるを得ません」
メリルが大判の紙を広げ、戦力を記入していく。
ゾンビドッグ:三匹
スケルトンウォリアー:四体
スケルトンメイジ:二体
ゴブリン:五体
ホブゴブリン:三体
オーク:四体
ゴースト:三体
ランドリザードマン:三体
ガーゴイル:四体
人間:セレナ
ダークエルフ:メリル
魔王:俺
他に火の魔狼とスケルトンが二体いるのだが、魔狼はモフ助で、スケルトンはスケ蔵とスケ道である。彼らは力の弱い魔物である上、ペットだったり雑用だったりと戦力としては計算していない。
また、以前いた他の魔狼やヴァンパイアバットなどは、度重なる戦闘で倒されている。
ゴブリンやスケルトンウォリアー、オークなども元々はもう少し数がいたのだが、やはり少しずつ冒険者達に倒されていった。
「この中で結界陣防衛のガーゴイルを除くと、我々が使える魔物は現時点で二十七体。調査団がこのダンジョンにたどり着くまでどの程度かかるかわかりませんが、既に編成が終わっているとしても恐らく三週間ほどは猶予があるでしょう。その間に召喚される魔物、防衛で失う魔物を予想すると、最終的な戦力は三十五体程と思われます」
相手は最低五十名の部隊だ、魔物一体当たり一人以上の兵士を倒す必要がある。相手が百名なら二人以上。正直厳しいと言える。
「王国軍の兵士ともなれば、練度も高いでしょう。恐らく冒険者相手よりも苦戦すると思われます」
今ダンジョンに来ている侵入者は、主に辺境都市リドルに在籍する冒険者達だ。辺境都市リドルはそれほど難度の高い依頼は発生せず、その結果依頼達成料もそれほど高くない。そのため冒険者の練度はそれほどでもなく、凄腕と呼ばれる冒険者達はまず在籍していない。そしてレベルの低い冒険者達は金を稼ぐのに苦慮すると野盗になったりすることもあるという無法ぶりだ。
「こちらの戦力は魔物の種族が統一されておりませんので、種族間の連携はあまり期待出来ません。同じ種族はそれぞれ固めて配置することでそれなりの連携を見せると思われますが、それでも三体から八体のグループにしかならないという状態です」
最大八体のグループはゴブリンとホブゴブリンのグループだ、それ以外はほとんど四体以下のグループである。
「つまりどういうことなんだよ?」
セレナが焦れたように問う。
「魔物のみを使った防衛では、ダンジョンを守れません」
「というと……」
「我々が前線に出る必要があります」
会議室を沈黙が包む。
「俺たちが出るとどうなる?」
人間と直接戦うことの迷いを頭を振って振り払い、メリルに尋ねる。
「ダンジョン内で戦った場合、うまくやれば私一人で大半の兵士は殺し尽くせるでしょう」
もちろん、魔物の援護ありでですが、と続ける。
「もし魔王様が直接戦う場合、身体能力と使える魔法から考えて、一騎当千の強さがあります。それこそ一人で全員を撃退することも可能でしょう。あくまでも、そうなれる可能性があるという話ですが」
実際には圧倒的に不足している戦闘経験と、人を傷つけることの迷いから、その能力を活かし切ることは出来ない。
それはこの場にいる三人とも認識している。
「それならメリル、アンタが戦えば楽勝とは言わないものの、問題ないんじゃないの?」
セレナがアタシいらないじゃん、とぼやく。
「いえ、ですがそうはいかないのです」
「他にも何か問題があるのか」
「はい、調査団はこのダンジョンに魔王がいるか、そしてダンジョンは出来たばかりか、拡張程度はどうなっているか、どのような魔物がいるかなどを確認し、国へ報告するのが目的です」
「彼らは戦闘が目的じゃないってことか?」
「そういうことになります」
「そりゃあ、逆に好都合なんじゃないのか?」
労せず撃退出来るなら、それに越したことはない。
「そうか、アタシも思い出したけど魔王サマ、そうはいかねーんだよ。ダンジョン調査団がこのダンジョンは攻略可能だと判断してそれが国に伝わると、今度は魔王征伐軍を結成して、ここに膨大な兵力を送り込んでくる」
「魔王征伐軍?」
「ああ、文字通り魔王サマをぶっ殺しに来る軍だ。規模は最低でも千名以上」
「千名!?」
最低五十名だという調査団ですら、どうやって撃退するべきか頭を悩ましているのに、千名以上? とても勝ち目があるとは思えない。
「はい、そうなると勝ち目はほぼありません。ダンジョンを守るために戦うとなると、恐らく魔王様と私以外が生き残る可能性はゼロでしょう」
メリルは恐らく私も生き残れませんが、と言う。
「じゃあどうすればいい?」
「まず一つは、調査団にこのダンジョンは攻略不可能だと思わせることですね」
「戦力の差を見せつけるってことか」
「はい、それが一番確実ですね」
「それはメリルや俺が戦うことで見せつけられるんじゃないのか?」
「残念ですが一般的なダンジョンでは、魔王や幹部は前線に出てこないものなのです、大量の魔物で侵入者の対処は事足りてしまい、そもそも前線に出るような機会がないとも言えますが」
「つまり俺たちが前線で暴れても、それが戦力を見せつける結果にはならないと」
「はい、ですがもう一つ戦力の差を見せつける方法があります」
「それはなんだ?」
「我々が調査団を皆殺しにすればいいのです」
え……?
「調査団を皆殺しにすれば、誰も王都へ帰るものはいません。当然情報を持って帰ることは出来なくなり、王都は誰も帰ってこない調査団の結果を見て、すぐさま魔王征伐軍を結成することはなくなるでしょう」
「だけどそれはっ……!」
「魔王様のお考えはわかります、しかし戦力に乏しい我々が今後も安全を確保するためには、最低限の犠牲でより多くの戦果をあげなければならないのです」
「ふん、そういうことならアタシにも出番はありそうだな」
「セレナッ!!!」
何の迷いも見せないセレナに、思わず俺は激昂した。
「なんだい魔王サマ」
セレナは睨みつける俺に堪えた風もなく、見返してくる。
「なんで……そんな簡単にっ!」
苦しげに絞り出した声は、逆にセレナを激怒させた。
「人間を殺すことがどうした! アタシはリーゼを守るためにここにいるんだ! リーゼさえ守れるなら同じ人間だろうが一人残らず殺してやる!!」
襟首を掴みあげ、セレナの凄まじい眼光が俺を射抜く。それは覚悟を決めたものの瞳だった。
「ぐっ……」
「アンタは何のために戦っている! 綺麗事だけじゃこの世界は生きていけないんだよ! アンタがどんな甘い世界から来たのかは知らないけど、もしアンタが迷ったせいでリーゼが死ぬような目にあったら、刺し違えてでもアンタをぶっ殺してやる!」
「そこまでにしなさい」
このまま俺を絞め殺しそうなセレナをメリルが止める。
「……魔王様、私が出せる案は以上です、準備の関係もありますので、ご決断は早めにお願いいたします」
俺はそれには答えることが出来ず、うなだれる。
そんな俺をセレナは一瞥して、会議室から出ていった。
そしてメリルも一礼すると、無言で会議室を出ていく。
俺は、考えに深く沈んでいった。
……
思い返してみれば俺は守られてばかりだった。
侵入者の撃退に立ち会って、気分が悪くなって、責任を負ったつもりになっていただけ。
俺自身は一度も手を汚していない。
それが良いとか悪いとかの話ではなく、俺には人の命を奪う覚悟がなかったということ。
日本よりも命を守るのが難しいこの世界で、俺は守られてばかりで代償を払ってこなかった。
俺がこの世界で守らなければならないものは何か。メリルやアーシャの顔、そして最近仲間になったセレナ、リーゼの姉妹が浮かんでくる。
彼女達が冒険者や王国の兵士に殺されるところなど、俺は見たくない。
俺が守るべきはこのダンジョン、そこに所属する者達。
なればこそ、自身の手を汚すことを厭うてはならない。
俺は、俺の意思で調査団を壊滅させることに決めた。
……
「メリル」
夕食後、魔王様が私を訪ねてこられた。調査団の件だろう。
「調査団を、壊滅させる」
「よろしいのですね?」
「ああ、俺はこのダンジョンにいる皆を守りたいんだ」
「……セレナを止めなかったこと、恨んでおりませんか?」
私はセレナが魔王様に掴みかかった時、それを止めなかった。強引だったが、今後もここで生きていくために魔王様の優しさを踏みにじったのだ。
「いや、俺はメリルに守られてばっかりで、人の生き死にも、きっとどこか他人ごとだったんだ」
「そんなこと……」
魔王様は少し前までとても苦しんでいたことを、私とアーシャは知っている。
「だが、今は覚悟を決めた。俺はこのダンジョンを守るために、やってくる兵士達を殺す」
「……」
「俺はこれからも大勢の人間を直接、間接問わず殺すだろう、そしてメリル達の手も汚すことになる。それでも俺は、心は人間でいたいと思っている、そんな俺を軽蔑するか?」
「いえ、私は魔王様を支持しますよ」
魔族では悩まないことで悩み、人間と魔王の間で揺れ動く魔王様、驚かされたり、不思議だったりすることはあるが、嫌な気分にはならない。
「そうか、ありがとう」
「礼なんてする必要はありませんよ、私は魔王様の補佐が仕事なのですから」
泣きそうな顔をしている魔王様に笑いかけて、優しく抱きしめる。
「……ありがとう」
肩に落ちた水滴は、見なかったことにしてあげた。
……
ランドール王国、国軍司令部。
飾り気のない殺風景な部屋に、大陸の地図や様々な書類が散らばっている。そんな中、一人の男が傍らに控えた兵士に質問する
「辺境の地フェニアにあるとされるダンジョンへの対処はどうなっている」
「は、ラザドス少将、そちらはシール少佐率いる軍の中から、兵士八十名、魔術師十名、補給部隊十名、他サポートに数名及び魔術院の学者を組み込んで既に編成完了しております」
「出発はいつになる」
「編成は終わっておりますので、物資の積み込みが終わる二日後には出発出来るかと」
「人数を増やせ、最低でも五割増しだ」
「増員ですか? そこまでされる必要はないと思うのですが……」
「貴族からの横槍だ、うちの兵も入れろと言ってきている」
「全く厄介なことですね、ダンジョン内の貴重品狙いですか。そうなりますと編成に再び時間を使いますので、出発には一週間程時間をいただきますが」
「良い、ゴネられて先走られるよりはマシだ」
「それもそうですね……」
「魔王征伐は国是だ、他国との争いもあるが、ダンジョンという人類共通の脅威の対処に手を抜くわけにもいかん」
「今回見つかったダンジョンが攻略可能だとすると、一体いつぶりの魔王征伐軍になるのでしょうね」
「前にあったのは数百年前だと聞いている」
「気の遠くなる話ですね」
「我々の時代に魔王征伐が出来るとなれば、多くの利益を生むことになるだろう……内政、外交問わずにだ」
「それを狙って貴族も暗躍しておりますが」
「ああ、俺達の邪魔だけはしないで欲しいものだがな」
「全くです」
この日から一週間、膨れ上がった調査団の人数は、総勢百六十名にもなったという。
そして、その調査団が辺境の地フェニアにあるダンジョン<奇人の住処>に向けて進軍を開始する──