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ダンジョン運営奮闘記  作者: 優樹
魔王降臨編
13/46

13.セレナの戦い

 恐ろしい力を持った魔族──誓いの言葉で言っていた名前からするとメリルというらしい──から解放された後、アタシは自身が使える数少ない魔術の一つ、敏捷強化を行なってキリネ村へと急いでいた。

 魔族から与えられた時間は一ヶ月、ここからキリネ村は寄り道をせず進めば数時間で到着するが、その後辺境都市リドルまでは徒歩で通常一週間はかかる。更にそこから商業都市チャントまで行くのにはもう一週間は必要だ。

 往復することを考えると、ゆっくり行っては間に合わない。そのため、なるべく急ぐ必要がある。

 まずはキリネ村で馬を調達し、辺境都市リドルに向かう。馬を使えば恐らく三日でたどり着けるだろう。その後はリドルで馬を交換し、チャントまで向かう。チャントに着いたら十分な準備を行なってから貴族の屋敷に侵入し、妹──リーゼ──を助け出す。そこからはリーゼに負担をかけないように気をつけながら、再びダンジョンを目指す。

 元々貴族から渡されていた支度金を節約していたのが良かった。もし散財してしまい馬を手配出来ないとしたら、最悪徒歩で戻る可能性もあったのだから。

 とはいえ、あまり貴族のことばかり考えてもいられない。まさか誓いの言葉を反故にするような馬鹿な魔族ではないと思うが、最悪の場合は制約に逆らってでもリーゼを生かす方法を探らねばならない。

 ああ、まさか貴族の次は魔族に目をつけられるなんて、一体アタシの人生はどうなっているんだ。

 それに貴族の屋敷からリーゼを助けだすのだって簡単ではない。見つかれば高い実力を持つ子飼いの部下と戦うハメになるだろうし、戦闘能力のないリーゼは真っ先に標的にされるだろう。

 アタシの実力では子飼いの部下と一対一なら拮抗出来るかも知れない程度である、複数が相手ではジリ貧だ。

 そして無事逃げおおせても、追手がかかる可能性もある。これまで貴族の依頼で汚れ仕事をいくつもこなしてきたのだ、口封じをしようとするのは想像に難くない。

 皮肉にも、戦うのも逃げるのも頼みの綱はあの魔族から渡された黒い結晶だ。恐るべき魔力を秘めた美しくも恐ろしい魔力結晶。それをどう使うかで、リーゼを救出する作戦の成否は大きく変わるだろう。

 アタシはリーゼを助け出す作戦を練りながら、商業都市チャントへとひた走った。


 そして、ダンジョンを出てから一週間が経過した。

 アタシは悪いとは思いつつも馬を酷使し、限界まで急いだ。その結果、なんとか商業都市チャントへ余裕を持って到着することが出来た。

 商業都市チャントは名前の通り、商業を中心に発展してきた街だ。

 辺境都市リドルよりも王都に近い位置にあり、各街を繋ぐ要衝として、昔から多くの商人たちが行き来している。

 そのため街中には様々な商店が立ち並び、通りを喧騒で埋め尽くしていた。

 しかし、そんな人の多い街でも、一歩大通りを外れると明確な貧富の差が見て取れる。

 この都市では、持たざる者はただひたすらに搾取されるしかないのだ。

 アタシやリーゼも、この商業都市で搾取される側の存在だった。

 そんな商業都市であるが故に、貴族の力以上に商人の力が強い。

 もちろん、表立っては貴族の方が権力を持っているのだが、裏側では大商人や豪商達が貴族よりも大きな力を振るっていることがある。

 アタシを捕まえて無理やり働かせている貴族は、そんな商人達が大きな顔をしているのが気に食わないらしく、よく商人達の不利益になる汚れ仕事を命令してきた。

 まぁ、今からその貴族を裏切るアタシには、両者の関係などもはやどうでもいいのだが。

 とりあえず、一週間ずっと馬に乗っており流石にアタシも疲労が溜まっている。そのため、今日は宿をとってゆっくりと休むことにした。リーゼを一刻も早く助け出したい気持ちはあるが、焦っては成功するものもうまくいかなくなる。ただでさえ上手くいく可能性は高くないのだから。

 命をかけた綱渡りをするのに極度の緊張は禁物。今は体と心を休める時だ。

 そう考え、アタシは十分な休息をとった。


 翌日の深夜、アタシは貴族の屋敷に侵入していた。

 リーゼが監禁されている場所はわかっている、本邸ではなく(はなれ)の奥、日当たりの悪い裏手側の二階だ。

 本邸に比べ警備網が薄いため、離までは見つかることなく侵入出来たが、ここからが問題だ。

 正面から突破するのは危険がありすぎる、かと言って二階から侵入するのも問題がある。アタシはなんてことはないが、リーゼは戦闘能力を持たない一般人だ、二階から脱出するのは苦労するだろう。それに物音を立てずに脱出するのは難しく、恐らく途中で気づかれるだろう。

 アタシが気付かれないように離に侵入して、内部の兵を無力するという手もあるが、見回りの周期や交代の時間がわからない、時間をかけて調査することも不可能なので、安全性に欠ける。

 ではどうするか、そこで考えたのが魔力結晶を使った案だ。

 魔力結晶はアタシが使える魔術を準備無しに発動させることが出来る、そうなれば、普段はとることができない行動も出来る。それに貴族お抱えの魔術師は本邸の方にいるはずだ、離での魔術行使には恐らく気づかないだろう。

 アタシはリーゼが監禁されている部屋の一階部分、窓の外に来て魔術を発動させる。

「<<我が求めるは静寂、我が身は大気と共にある>>」

 発動した魔術は無属性下級魔術サイレントラン、これにより数分間、アタシの半径一メートル程は何かしても、その音が他人に伝わることはない。

 魔術を発動したアタシは屋敷の壁を登り、二階の部屋の窓に取り付く。

 部屋の中を覗くと明かりは点いておらず、動きまわる人影もない。寝台は膨らんでいるので、恐らくリーゼは寝ているのだろう。

 アタシはもう一度部屋の中を確認してから、窓ガラスを切断し、鍵を開ける。しかし部屋にはまだ入らず、そのまま蝶番も破壊して窓そのものを外した。昔から窃盗を繰り返してきたアタシは手癖が悪く、この程度の作業は朝飯前である。

 部屋の中に入り込んだアタシは扉の前まで近づいて、廊下側の気配を探る。手早く兵がいないことを気配で確認した後に寝台へ近づき、リーゼを揺さぶって起こす。

「えっ、おねえちゃ……」

 喋ろうとしたリーゼの口を塞ぎ、静かにするように伝える。リーゼが頷いたのを確認してから、寝台から離れて部屋の中央に行く。そしてサイレントランが効力を発揮している間に、薬を撒き、陣を敷く。今度は魔力結晶を使わないで魔術を発動するのだ。

 少し待ってから、自身にかかったサイレントランの魔術が切れたのを確認して、小声で魔術を発動する。

「<<我が肉体に宿るは鬼人の力>>」

 発動したのは筋力を二分ほど増加させる無属性魔術、レッサーパワーである。これにより通常は持てないような重い物も持てるようになる。

「<<我が求めるは静寂、我が身は大気と共にある>>」

 すかさず魔力結晶用いてサイレントランを発動し、無音の空間を生成する。

 そしてアタシはリーゼを抱き上げた。何事かを喋ったようだが、サイレントランの効果範囲内に入っているため、何を言っているかは聞き取れない。まぁ、突然抱き上げられて驚いているのだろう。

 レッサーパワーが効力を発揮しているため、リーゼを抱きかかえていても羽根のように軽く感じる。その感触を確かめてから、アタシは壊した窓から屋敷の外へ飛び降りた。

 着地音はやはり魔術の効果によって消され、私とリーゼは無事に離を脱出することに成功した。

 次は貴族の屋敷がある敷地から脱出しなければならないが、どうするべきか。当初は警備の隙をついて脱出する予定だったが、やはり正面から行くのは見つかってしまうのではないかという不安がよぎる。

 ならば塀を乗り越えるか。レッサーパワーの効果が続いている間ならなんとかいけそうだ。

 そう思ってリーゼをおぶさり、石造りの塀を登り始めるアタシだったが、もう少しで乗り越えられるというときに魔術が解除されるのを感じた。

「しまった、塀にアンチマジックがかかってやがった!」

 やはり魔術が解除されたのだろう、サイレントランの効果時間はまだ残っているはずだったのに、自分の声が聞こえる。

「お姉ちゃん!」

 そして、自分を呼ぶリーゼの声も。

 その声を聞いて我に返ったアタシは、レッサーパワーが切れたことで急に重さを増したリーゼをなんとか担ぎ直して塀を気合で乗り越える。しかしアンチマジックの発動で侵入者がいることに気づいたのだろう、兵が集まってきてしまった。

「くそっ、こうなりゃこのまま街を出てやる!」

 アタシは塀を飛び降りてから即座にレッサーパワーを発動し直し、全力で馬を繋いである小屋へと走った。


 商業都市チャントを出て二日、追手を避けるように可能な限り急いで移動し続けたため、アタシ達は疲労困憊だった。

 あの後、追ってくる兵士を投げナイフや煙玉で牽制し、必死に都市の外に繋がる門へ向かって馬を走らせた。商業都市はその性質上昼夜問わず人の行き来があるために一日中門が開いている。そのお陰でなんとか都市を出ることが出来た。普通の都市なら門が開いておらず捕まっていたところである。

 とはいえ門番の呼び止める声も何も無視して都市を出てきたため、もはや戻ることは叶わない。

 そして馬に乗ってしつこく追ってくる貴族子飼いの兵士達には、魔力結晶を使った閃光魔術などを食らわせ強引に振り切った。

 だが、リーゼは着の身着のまま都市を飛び出したので、昼夜の気温変化に体力を奪われている。アタシの外套を渡してあるが、元々繊細に出来ている娘だ、それでも堪えるのだろう。それに靴も無いためまともに歩くことも出来ず、ほとんど馬に乗った状態かアタシがおぶった状態で過ごしている。

 今までは文句も言わずについてきてくれているが、流石にどういう状況なのか訊きたそうにしている。

「……お姉ちゃん、どこに向かっているの?」

 二人で馬に乗った状態で、リーゼが訊いてくる。

「まずは辺境都市リドルに入る」

 アタシは真相が言いづらく、当面の目的地のみを伝えた。

「それからどうするの? きっと兵士たちは追ってくるよ」

 リーゼはアタシが何かを隠していると思ったのだろう、更に追求を強める。

「捕まる前に、今度はキリネ村に行く」

「キリネ村?」

「何もない寂れた村さ」

「そこで暮らすの?」

 次々とされる質問に、もう隠し通すことは出来ないと思ったアタシは真実を告げるしかなかった。

「いや、そこからダンジョンに入る」

「えっ……?」

 何のために、という顔をしてアタシを見つめるリーゼ。それには答えず、アタシは問う。

「なあリーゼ、魔族の仲間になっちまった姉ちゃんをどう思う?」

「魔族の……仲間?」

 話の展開についていけないのだろう、アタシの発言を繰り返すリーゼ。

「ああ、ほら」

 胸に刻まれた、茨の紋章を見せる。

「ダンジョンに住んでる魔族を裏切ると、死んじまう呪いがかかってんだ」

 自嘲の笑みを浮かべ、それを告げた。

「そんなっ!」

「姉ちゃんヘマしちまってよ、ダンジョンに突入したらあっさり捕まって、一緒にいた奴らは全員殺されちまった」

「どうして、お姉ちゃんだけ助かったの?」

「それがわかんないんだ、人間の情報をもらうとか、ダンジョンの防衛を手伝ってもらうとか言ってたけど、それが本当の目的じゃないみたいだ、ダンジョンに戻ってきたら説明するって言われてるけど、さ……」

「……私達、一体どうなるの?」

「リーゼの身の安全は保証してもらったよ。ダンジョン内だけどさ」

「私は!」

 突然リーゼが大声を上げる。

「私はっ……お姉ちゃんがいないと嫌だよ……」

 絞り出すようにリーゼが答える。

「アタシだってそうさ! でも、いつもいつも上手くいかない! アタシには、リーゼを守ってやる力はないんだ!」

「そんなことないよ! お姉ちゃんはいつだって私を守ってくれていた! 甘えてばかりいた私が悪いの!」

「それはいいんだ! リーゼがいるからアタシは頑張れたんだ! ……結局、こんなことになっちまったけど」

「もう、逃げられないの?」

「リーゼがそれを望むなら、キリネ村に住めるようになんとか頼み込んでみる。アタシは一緒にいられないけどね……」

 胸の紋章を見ながら呟く。

「嫌っ、お姉ちゃんと離れるくらいなら、私もダンジョンに行く!」

「リーゼ……いいのかい? もうきっと、人間の世界には戻れない、肩身の狭い思いもするだろう。それにアタシは人間相手に戦うことになって、恐らく恨みを買う。裏切り者だと罵倒されることだろう」

「いいの! お姉ちゃんがいれば、私には何もいらない!」

 そこまで言わせてしまったことに、こんな状況になってしまったことに、全てを呪いたくなるほどの激情に駆られ、アタシは存在するのかわからない神への罵倒を心のなかで並べ立てる。

「ごめんね……、こんな姉ちゃんで……」

「ううん、私にとっては最高のお姉ちゃんだよ」

 どうしてこうなってしまったのだろう。生まれた時から、不幸の星の元に生まれついていたのだろうか、アタシにはもう、どうしていいのかわからない。


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