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お弁当を作っていただけなのに……「料理人紛いの令嬢は要らない」と捨てられたので食堂を開きます!

作者: 黒羽 ジン
掲載日:2026/08/07

ご訪問ありがとうございます!

愛情を込めて作った料理を泥に捨てられた令嬢が、貴族を辞めて下町で食堂を開くお話です。

ざまあ・料理・ギャップ萌え騎士様が好きな方に届きますように。

「喜んでくれるといいな……」


レティシア・ハイゼルは、両手で抱えた木箱のバスケットを持ち直し、足早に王立学院の中庭へ向かった。


17歳の彼女には、同じ年頃の令嬢には絶対に明かせない秘密がある。料理が何より好きだ、ということだ。


この国では貴族が厨房に入るなんて「下人のすること」と笑われる。

けれど、仕込みからじっくり手をかけた肉の香りや、食べた人が思わず笑顔になる瞬間を知ってしまうと、いくら取り繕ってもやめられなかった。


今日の弁当は、婚約者のエドワードの好みを考えて何晩も試作したものだ。

ハーブと蜂蜜で漬け込んだ肉をこんがり焼いて、手作りのパンと野菜で挟んだ特製サンドイッチ。

忙しい彼でも片手でサッと食べられるように作ってある。


東屋が見えてきて、見覚えのある黄金色の髪が目に入った。


……が、エドワードは一人ではなかった。見たこともない派手なドレスを着た令嬢が、これ見よがしに彼の腕に抱きついている。


「エドワード様……?」


声をかけると、振り返ったエドワードがわかりやすく嫌そうな顔をした。


「レティシアか。……なんだ、その汚い箱は」

「あの、お忙しいかと思って……。サンドイッチなら、すぐ召し上がれるかと」


バスケットを開けると、焼き立てのパンと香ばしい肉の匂いが広がった。

だが、エドワードの顔は苛立ちで引きつるだけだった。


「……ハッ。下人が作るような下品な飯か。僕は貴族だぞ、貴族。格というものがあるんだよ。それを理解していないのか?正気か貴様」


エドワードは歩み寄るなり、レティシアの手から乱暴にバスケットを奪い取り、そのまま地面へ投げ捨てた。


ベキッと嫌な音がして、木箱が割れる。

湿った土の上に、丹精込めて作ったサンドイッチが転がり出た。


「きゃっ……!」

「見苦しいんだよ! 貴族の癖に平民の真似事なんてして恥ずかしくないのか!? マリアのドレスに匂いがついたらどうする。嫌がらせのつもりか!ああ、ごめん、ごめんよマリア……!」


彼はもう、隣の令嬢にしか眼中にない。


レティシアは地面を見つめたまま、固まっていた。

火加減に気を配り、一番おいしいタイミングを見極めて挟んだ肉が、泥まみれになっていく。


「嫌がらせなんて……ただ、美味しいって言ってもらいたくて……」

「言い訳はいい!」


エドワードは隣の令嬢を抱き寄せ、吐き捨てるように言った。


「いつもいつもそうだ!一体貴族をなんだと思っているんだ!お前のせいで婚約者である僕の評判までっ!……ああ、いや、そうか、もう気にしなくてもいいのだったな」

(……?)


エドワードの真意を理解出来ないレティシア。そんな彼女をよそに、彼は宣言する。


「貴族の恥晒しのお前など、俺の婚約者にふさわしくない。今日限りで婚約は破棄だ。……行くぞマリア、ゴミを見てたら気分が悪くなってきた」

「ええ、エドワード様」


二人は二度と振り返らず、笑い合いながら去っていった。


一人残された中庭で、レティシアはしばらく泥だらけのサンドイッチを見つめていた。

胸の中で何かが、今までじっくりと温め続けた心が冷めていく。


(……あんなに火加減気をつけて焼いたのに)


一口も食べずに泥へ捨てるなんて。

悲しいというより、素晴らしい食材を、命と呼べるものをぞんざいにされた事になんだか猛烈に腹が立ってきた。


(なにが貴族の誇りよ。私の料理を、大切な命をゴミ扱いする男のために、なんで好きなことを隠さなきゃいけないの?)


レティシアはしゃがみ込み、泥のついた手をスカートで雑に拭うと、割れた木箱を拾い上げた。


「……やめてやるわ。貴族なんて」




数日後。


怒り狂う両親を突っぱねて籍を抜き、溜めていた小遣いと最小限の荷物だけで家を出た。


辿り着いた下町は、貴族街とは正反対の場所だった。あちこちから漂う煙の匂い、威勢のいい声。何より「うまいものを食う」ことを誰もバカにしない。


路地の空き店舗を借りて掲げた看板は、食堂『れてぃの店』。


「いらっしゃいませ!」


貴族としての知識と徹底的に鍛えた腕で作る飯は、あっという間に下町の人たちの胃袋を掴んだ。

スープを一口飲んで固まる客、肉を頬張って豪快に笑う客。汗だくで厨房に立つ毎日は、これまでにない充実感があった。


そんなある日の昼下がり。

客が引いて一段落した店内に、重い足音が響いた。


ドアが開く。

入ってきた男の姿に、残っていた客がざわついた。


背が高く、引き締まった体に鎧を纏った男。頬には傷がある。

王立騎士団長のジークハルトだった。


(……うわ、本物だ。貴族時代から噂には聞いていたけど、こうして見るとすごく強そうね)


一瞬身構えたものの、レティシアはすぐにエプロンで手を拭き、カウンター越しの席を指した。


「いらっしゃいませ。そちらへどうぞ」


ジークハルトは無言で頷くと、小さめの椅子に腰を下ろした。


「……日替わりを」

「はい、すぐ出しますね」


奥から煮込んでおいたスープを出して差し出す。ごろっとした野菜と柔らかい豚肉を入れたコクのある一品だ。パンも添える。


ジークハルトは黙ってスプーンを取り、一口口へ運んだ。


……そのまま、ぴたりと動きを止める。


(口に合わなかったかな……?)


レティシアがヒヤッとした、そのときだった。


「…………うまい」


ぼそっとつぶやかれた声と同時に、ジークハルトの厳めしい顔が一気に緩んだ。

目を見開き、どこか落ち着かない様子で勢いよくスプーンを動かし始める。パンをスープに浸し、夢中で口へ放り込んでいく。


「……うまい、うまい……うまい……」

(……あ、ギャップがすごい)


思わず口元が緩む。

噂通りの口下手だが、無邪気に、料理を心から味わっていることは伝わる。

圧倒的な食いっぷり。ここまで熱心だと、作った方が嬉しくなる。料理人冥利に尽きるというものだ。


「ごちそうさまでした。……本当に美味しかった」


きれいに空になった皿を戻し、ジークハルトはレティシアをまっすぐ見た。


「ジークハルトという。……明日も来ていいだろうか」

「もちろんです。いつでもどうぞ」


それから、騎士団長は毎日のように店へ通うようになった。




店を開いて数ヶ月。

すっかりこの生活にも慣れた頃、あいつがやってきた。


「おい、レティシア! どこだ!」


乱暴にドアが開く。立っていたのはエドワードだった。服こそ立派だが、なんだかやつれていて髪もボサボサだ。


「エドワード様……? なんでここに」

「フン、本当にこんな汚い街で店をやっていたとはな。本当にみすぼらしい。お前にぴったりじゃないか」


客からの目線はもちろん冷たい。憩いの場を小馬鹿にされたのだ。当然だ。

だがエドワードは空気が読めない。彼は店の中を嫌そうに見回すと、レティシアの前で腕を組んだ。


「感謝しろよレティシア。特別にお前を許してやる。もう一度俺の婚約者にしてやってもいい」

「……はい?」


何を言っているんだこの男は。


実はエドワード、ここ数ヶ月まともに飯が食えていなかった。高級店の料理もマリアの手料理も口に合わず、自分が知らず知らずレティシアの料理に慣らされていたことに気づいたのだ。

―――もちろん、そんな事情をレティシアが知る由もないのだが。


「お前の飯が食えなくなってどんだけ困ったか! だから特別だ。専属の料理人として屋敷に戻してやるから、さっさと店をたたんで来い」


あいた口がふさがらない。あまりにも愚かすぎる。


(流石に、流石に貴族として、頼むときの態度でこれはどうなの?)


散々言われた貴族としての振る舞いに疑問を持つレティシアの手首を、エドワードが掴もうと手を伸ばす。


次の瞬間、横から伸びてきた大きな手がエドワードの手首をがっちり掴んだ。


「――私の大切なシェフに、気安く触れるな」


低い声が響く。

見上げると、冷ややかな目をしたジークハルトが立っていた。


「じ、ジークハルト騎士団長……!? なぜここに……」

「くだらないことを聞くな」


ジークハルトはそのまま手首を力任せに捻り上げた。


「痛っ……! な、なにを……!」

「以前、彼女の料理を踏みにじって捨てたのはお前だな」

「なっ……! 痛い痛い!」

「彼女がどれだけの思いで作っているかも、まして命の重みすら知らん奴に、彼女の料理を食べる資格はない」


ジークハルトはエドワードの襟首を掴むと、そのまま外へ押し出した。


「二度と近づくな。次はないぞ」

「ひっ……! す、すみませんでした!」


逃げていくエドワードの背中に、店内の客から歓声と拍手が上がった。


ドアが閉まり、静かになる。

ジークハルトはふうと息をつくと、照れくさそうに首の後ろを掻いた。


「……すまない、店内で騒がしくした」

「ううん、ありがとうございます。助かりました」


レティシアが笑うと、ジークハルトは少し視線を泳がせてから言った。


「……あんな奴の言うことなんて気にしなくていい。君の料理は一番うまい。私にとって、特別な味だ」


今までの無口からは想像も出来ないほどまっすぐな言葉。

一体どれだけの思いが込められているのだろう。

レティシアは頬がとろけるほどに熱くなるのを感じた。


「……はい! ありがとうございます」


嬉しそうにするレティシアを見て、ジークハルトもどこか安心したように微笑んだ。


自分の「好き」をバカにされたあの日のことは、もう気にならない。

ここには、私の料理をちゃんと喜んでくれる人がいる。


奥の鍋からは、今日もいい匂いが漂っていた。

今日も明日も、ずっと繁盛するだろう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
あれほど婚約者が料理するのを嫌っていたのにマリアにも手料理作らせていたんですね。 どんなに高額な慰謝料よりも胃袋を奪われる方が辛いですね。
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