第64話『答えの前で、時間だけが伸びる』
帰り道は、さっきより長く感じた。
同じ道、同じ街灯、同じ風景なのに、まるで違う場所みたいだった。
桐谷と玲緒菜は並んで歩いている。
でも、会話はほとんどない。
沈黙が重いというより、慎重だった。
触れたら崩れそうな沈黙。
桐谷(……考えろって言われてもな)
頭の中で何度も同じ言葉が回る。
「付き合うか」「やめるか」
単純な二択のはずなのに、どちらも現実味がない。
玲緒菜「ねえ」
桐谷「……何」
玲緒菜は前を向いたまま言う。
玲緒菜「今さ」
桐谷「またそれかよ」
玲緒菜は少しだけ笑う。
でも、すぐに真顔に戻る。
玲緒菜「考えてくれてる?」
桐谷は一瞬詰まる。
桐谷「……考えてる」
玲緒菜「ほんとに?」
桐谷「ほんとだよ」
玲緒菜はそれ以上追わない。
でも、その沈黙が逆に圧になる。
玲緒菜「私さ」
桐谷「うん」
玲緒菜は少しだけ間を置く。
玲緒菜「答え、欲しいって言ったけど」
桐谷の足が少しだけ止まりかける。
玲緒菜「急かしたいわけじゃない」
桐谷「……」
玲緒菜「ただ、このまま曖昧なまま進むのが怖いだけ」
その言葉は、さっきより静かだった。
責めるためじゃなく、自分の話として言っている。
桐谷は視線を逸らす。
桐谷(怖い、か)
その感覚は、分かる気がした。
桐谷「……お前はどうしたいんだよ」
玲緒菜は少しだけ驚いた顔をする。
玲緒菜「私?」
桐谷「ああ」
玲緒菜は少しだけ考える。
玲緒菜「本当は」
玲緒菜「ちゃんと付き合いたい」
その言葉で、空気が少しだけ揺れる。
玲緒菜「でも」
一拍。
玲緒菜「今のままでも、嫌いじゃない」
桐谷は黙る。
矛盾しているのに、嘘じゃない。
それが一番厄介だった。
玲緒菜「だからね」
玲緒菜「桐谷くん次第」
桐谷「……俺かよ」
玲緒菜は少しだけ笑う。
玲緒菜「うん」
あまりにも簡単に言う。
でも、その実は重い。
桐谷はため息をつく。
桐谷「ずるいな、それ」
玲緒菜「知ってる」
即答。
桐谷は少しだけ空を見る。
街灯の光が滲んでいる。
桐谷(決める、か)
今までずっと避けてきたもの。
避けてきた結果、ここまで来てしまった。
桐谷「……なあ」
玲緒菜「うん」
桐谷は言葉を探す。
でも、うまく出てこない。
桐谷「俺さ」
玲緒菜「うん」
桐谷「ちゃんとしたこと、よく分かんねえ」
玲緒菜は少しだけ笑う。
玲緒菜「知ってる」
桐谷「でも」
一拍。
桐谷「このままも、違う気がしてる」
玲緒菜の足が止まる。
桐谷も止まる。
夜の道。
車の音が遠くを通る。
桐谷「……まだ決めねえ」
玲緒菜「うん」
桐谷「でも逃げてるつもりもない」
玲緒菜はじっと見ている。
桐谷は続ける。
桐谷「ちゃんと考える」
玲緒菜「……うん」
少しだけ声が柔らかくなる。
桐谷「だから」
一拍。
桐谷「少しだけ待て」
玲緒菜はゆっくり頷く。
玲緒菜「うん」
その一言で、少しだけ空気が軽くなる。
でも、問題は何も解決していない。
ただ、“先送り”が許されただけだ。
二人はまた歩き出す。
距離は同じ。
でも、その距離はもう、ただの距離じゃなかった。




