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『君の笑顔が好きだった!』  作者: 優貴(Yukky)


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第12話 『雨音の中で、近づきすぎた距離』

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴っても、桐谷兼次郎はその場から動けなかった。

窓を叩く雨音が、さっきより少し強くなっている。

灰色の空。

濡れた校庭。

曇った窓ガラスに、ぼんやり映る二人の影。

「……意識するに決まってるじゃん」

阪上玲緒菜の言葉が、まだ耳の奥に残っていた。

その一言だけで、呼吸の仕方がわからなくなる。

阪上も、少し困ったように笑ったまま、その場を離れない。

頬はまだ赤い。

視線だけが落ち着かなく揺れていた。

「……授業始まるよ」

先にそう言ったのは阪上だった。

でも、その声も少し震えている。

桐谷はやっと声を出す。

「……ああ」

それだけ。

それ以上は、何も言えなかった。

午後の授業。

窓に打ちつける雨の音がずっと続いていた。

ザーッ、と一定のリズム。

教室の中には少し湿った空気。

制服の袖が肌に張りつく感じ。

教師の声は遠い。

ノートの文字も、今日はまともに書けなかった。

前の席。

阪上の後ろ姿。

肩が小さく揺れるたびに、胸がざわつく。

(意識してる)

その言葉を思い出すたび、耳が熱くなる。

ふと。

阪上が少しだけ振り向いた。

目が合う。

一瞬だけ。

でも今度は、すぐ逸らされない。

彼女はほんの少し唇を噛んで、それから目を伏せた。

その仕草が可愛すぎて、桐谷は息を詰める。

「おい」

小声で天野太将が話しかけてくる。

「お前ら今日どうした?」

「……何が」

「何がじゃねぇって。阪上、お前のこと見すぎ」

「気のせいだ」

「気のせいじゃない」

寺田一将が即答した。

「昼休みから空気変わってる」

「見てたのかよ」

「見えるだろ。目の前なんだから」

ぐうの音も出ない。

放課後。

雨は止んでいなかった。

むしろ朝より強い。

校舎の屋根を叩く音が響いている。

窓の外は水色に霞んでいた。

部活へ行く生徒たちは、傘を広げて駆けていく。

桐谷は席でカバンを持ちながら窓を見ていた。

傘、持ってきてない。

朝は曇りだっただけだから。

「最悪……」

小さく呟く。

その時。

「桐谷くん」

声。

振り向く。

阪上が傘を持って立っていた。

透明なビニール傘。

雫がぽたぽた落ちている。

「傘ないでしょ?」

図星だった。

「……なんでわかった」

阪上は笑う。

「顔に書いてある」

その笑顔は、もう完全に本物だった。

「入る?」

自然にそう言う。

桐谷は一瞬固まる。

「え」

「帰り道、途中まで一緒だし」

さらっと言う。

でも、その頬は少し赤い。

彼女も平静じゃないのがわかる。

天野が後ろで吹き出す。

「お前ら隠す気なくなったな」

「黙れ」

桐谷が即答すると、寺田が珍しく笑った。

「頑張れ」

「何をだよ」

答えは返ってこない。

校門を出る。

傘の下。

二人。

世界が狭くなる。

透明な傘越しに、灰色の空が揺れていた。

雨の匂い。

濡れたアスファルトの匂い。

すぐ横で聞こえる彼女の呼吸。

近い。

近すぎる。

肩が何度も触れそうになる。

そのたびに、お互い少しだけ距離を調整する。

でも、傘が小さいから結局近い。

「ごめん、狭いね」

阪上が少し寄る。

肩が当たる。

その瞬間、体が固まる。

柔らかい感触。

制服越しでもわかる体温。

「……平気」

声が裏返りそうになる。

阪上が笑う。

「平気じゃなさそう」

「うるさい」

でも、耳まで熱いのが自分でもわかる。

歩く。

雨音が傘を叩く。

トントン、と細かい音。

その中で、二人だけが小さな世界にいるみたいだった。

「ねえ」

阪上が小さく呼ぶ。

「……何」

「さっきの」

その声に、また心臓が跳ねる。

「昼休みのこと」

言われると思っていた。

でも実際に来ると苦しい。

阪上は前を向いたまま言う。

「ちょっと恥ずかしかった」

「……」

「言うつもりなかったのに」

雨音が二人を包む。

街灯に雨粒が光る。

桐谷は少しだけ視線を下げる。

彼女の手。

傘を持つ指が少し白くなっている。

その指先まで綺麗で、見てしまう。

「でも」

阪上が続ける。

「言ってよかったかも」

その言葉に、呼吸が止まる。

「……何で」

聞くと。

阪上は、少しだけこちらを見る。

近い。

本当に近い。

睫毛まで見える距離。

「だって」

その声は小さい。

雨に消えそうなくらい。

でもはっきり届く。

「桐谷くん、嬉しそうだったから」

その瞬間。

足が止まる。

阪上も止まる。

雨だけが降り続いている。

傘の外は白く霞んでいた。

桐谷は言葉を失う。

否定したい。

でもできない。

本当に、嬉しかったから。

彼女が同じ気持ちだったことが。

胸が苦しくなるくらい。

嬉しかったから。

阪上は少し笑う。

頬が赤い。

そして、静かに言った。

「……私も、嬉しかった」

桐谷の胸が大きく鳴る。

言葉にならない。

雨音すら消える。

目の前の彼女しか見えない。

その時。

風が吹く。

傘がぐらっと傾く。

阪上がバランスを崩した。

「きゃっ」

反射で腕を掴む。

引き寄せる。

そのまま。

距離がゼロになる。

傘の下。

息がかかる距離。

彼女の顔がすぐ目の前。

驚いた瞳。

濡れた髪。

震える唇。

そして。

桐谷の腕の中に、阪上玲緒菜がいた。

二人とも、動けなかった。

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