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第8話:毒見のブラフと心理戦 × バーボンでの消毒

挿絵(By みてみん)

王宮の東翼に位置する、美しいステンドグラスから七色の光が差し込む「孔雀の間」。そこでは今日も、選ばれた上位貴族の令嬢たちによる、優雅で致死的なティータイムが開かれていた。



侯爵令嬢のセシリアは、目の前にことりと置かれたマイセンのティーカップを見つめ、完璧な淑女の微笑みを崩さないまま、脳内で冷徹な計算を走らせていた。



「セシリア様。こちらの紅茶は、我が領地で特別にブレンドしたものですの。ぜひ、温かいうちにお召し上がりになって」



向かいの席で扇子を揺らす伯爵令嬢ダイアナが、猫撫で声で勧めてくる。その瞳の奥には、隠しきれない暗い歓喜と嗜虐の色がギラギラと渦巻いていた。



セシリアはゆっくりとカップを手に取り、ふわりと立ち上る湯気を吸い込む。最高級のダージリンの香りに混じって、ごく僅かに、本当に微かにだが、特有の青臭い刺激臭が混じっていた。



()()()()()()()ね。しかも、かなり濃い)



セシリアは幼い頃から植物学と薬学に精通しており、この程度の毒物など一瞬で見抜くことができた。これを飲めば、数分後には全身の筋肉が麻痺し、舌がもつれ、椅子から無様に転げ落ちることになる。淑女としての威厳は完全に失われ、「お茶会で醜態を晒した」という致命的な悪評と共に、社交界から永久に追放されるだろう。



ダイアナは、自身の派閥を脅かし始めたセシリアを、物理的かつ社会的に抹殺する気なのだ。



(さて、どう料理してあげましょうか)



セシリアはカップを口元に運ぶふりをしながら、反撃のシナリオを組み立てる。あえて一口飲んだふりをして唇にだけ薬をつけ、ダイアナの目の前で「この紅茶、少し味が……ダイアナ様も一口いかが?」とカップを差し出し、毒見を強要するブラフ(心理戦)を仕掛けるか。



それとも、わざとカップを落として割り、騒ぎに乗じて彼女の侍女を拘束するか。セシリアが扇子の陰で冷酷な笑みを深め、いざ心理戦の火蓋を切ろうとした——まさにその瞬間だった。



「…なんだ、ずいぶん気の抜けた匂いだな」



突如として、孔雀の間に不躾な低い声が響き渡った。令嬢たちが弾かれたように入り口のアーチへと振り返る。彼が令嬢たちの輪へと歩みを進めると、そこに響き渡ったのは、貴族の華やかな広間にはおよそ似つかわしくない、重鈍で荒々しい足音だった。



コツ、コツ、コツ。



磨き上げられた大理石の床を乱暴に叩くウェスタンブーツ。そして彼の胸元では、今日も「右上がり」の伝統的なレジメンタルタイではなく、反逆の象徴である「左上がり」のアメリカンストライプのネクタイが緩く結ばれていた。グランチェスター公爵家の異端児——テリーだ。



彼は令嬢たちの驚愕の視線など全く意に介さず、ズカズカとセシリアの背後まで歩み寄ると、彼女がまさに唇に触れさせようとしていたティーカップを、横からスッと強引に奪い取った。



「あ……テリー様!?」


「喉が渇いてたんだ。もらうぜ」



テリーは奪い取ったティーカップの匂いを直接嗅ぎ、フン、とつまらなそうに鼻を鳴らした。そして、あろうことか自身のジャケットの裏ポケットから銀のスキットルを取り出すと、セシリアのカップになみなみと注がれた紅茶の中へ、琥珀色の液体をドバドバと注ぎ込み始めたのだ。



「なっ……!?」


「テリー様、何を……!」



優雅な紅茶の香りが、一瞬にして強烈なアメリカン・バーボンの野性的なアルコール臭に上書きされていく。令嬢たちが悲鳴のような声を上げる中、テリーはスキットルをしまうと、悪びれる様子もなくニヤリと笑った。



「変な匂いがしたからな。消毒には、酒が一番だろ?」



言うが早いか、テリーはそのヤバい液体——大量の痺れ薬と度数の高いバーボンの混合液——を、まるで水でも飲むかのように一息に呷った。



「えっ……!」



セシリアが思わず声を漏らす。しかし、最も絶望的な顔をしていたのは、毒を盛った張本人であるダイアナだった。彼女の顔からは完全に血の気が引き、白蝋のように青ざめている。



(あ、あんな量の痺れ薬を一気飲みするなんて……! 普通なら数秒で泡を吹いて倒れるはず……っ!)



ダイアナはガタガタと震えながら、テリーが床に転がり落ちるのを待った。公爵家の跡取りを毒殺未遂(あるいは事故死)させてしまったとなれば、ダイアナの家門ごとただでは済まない。恐怖で歯の根が合わず、扇子を取り落とす。



しかし、十秒経っても、二十秒経っても、テリーは倒れなかった。



「……ッハァ。少しパンチが弱えな。もっと強い酒はねえのか?」テリーは首をポキッと鳴らし、口元を手の甲で乱暴に拭った。倒れるどころか、顔色一つ変えていない。



彼はガタガタと震え上がり、今にも失神しそうになっているダイアナの顔を覗き込むと、すべてを理解した上で、氷のように冷たく、そして腹の底から馬鹿にするような声で鼻で笑った。



「ケッ。悪巧みするなら、もっとマシなもん用意しとけ。くだらねえ」



圧倒的なプレッシャーと、常軌を逸した生命力。ダイアナはついに恐怖の限界を超え、白目を剥いてその場に気絶してしまった。



「ダイアナ様!?」



パニックに陥る令嬢たちをよそに、テリーは「チッ」と舌打ちをした。そして、呆然と彼を見上げているセシリアに向かって、軽く手を上げる。



「しらけたぜ。酔いが回る前に帰るわ」


「……え?」



テリーは背を向けると、来た時よりも少しだけ覚束ない、わずかにフラフラとした千鳥足で歩き出した。どれだけ強靭でも、さすがに致死量の痺れ薬とバーボンのカクテルは少し効いたらしい。



セシリアは、自分が仕掛けるはずだった緻密な心理戦が、圧倒的なパワープレイで木っ端微塵に粉砕されたことに、どこか清々しさすら感じていた。彼女は、乱暴に空になったティーカップを見つめ、思わずクスッと小さく吹き出してしまう。



孔雀の間を抜け出し、王宮の庭園に出たテリーの顔は、ほんのりと赤く染まっていた。



「ヒッ……」



小さくしゃっくりを一つこぼす。木の下には、彼がいつも乗り回している漆黒の愛馬が大人しく主を待っていた。テリーは手綱に手を伸ばそうとして——ふと動きを止めた。彼は愛馬の艶やかな首筋を大きな手でポンポンと優しく叩くと、困ったように頭を掻いた。



「……飲んだら乗るなってな」



一人と一頭きりの庭園に、馬の小さないななきが応える。テリーは「ヒッ」ともう一つしゃっくりをこぼし、夕日に染まる王宮の門へ向かって、手綱を引いたまま上機嫌な千鳥足で帰っていくのだった。



(第8話 完)

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