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第3話:型落ちドレスの逆襲 × 引き裂かれたレース

挿絵(By みてみん)

王宮の西翼に位置する、壁一面の鏡が美しい大広間。そこは最新の流行を競い合う、令嬢たちの華やかな戦場だった。



「まあ、クロエ様。そのドレスの膨らみ……ずいぶんと懐かしいシルエットではありませんこと? 素材も、ずいぶんと素朴な……ふふっ」



クスクスという扇子の裏からの嘲笑が、何枚もの鏡に反射して響き渡る。クロエは俯き、膝の上で色褪せたドレスの裾をぎゅっと握りしめた。継母によって意図的に用意された、三年前に流行遅れとなった安価なコットンドレス。



周囲の令嬢たちが身に纏う最新のシルクや艶やかなサテンと比べれば、そのみすぼらしさは一目瞭然だった。これもまた、家からのネグレクトを証明し、社交界で孤立させるための陰湿な罠なのだ。



(……泣いてはいけない。ここで泣いたら、お母様の形見のブローチまで笑われるわ)



クロエは必死に顔を上げ、持参したささやかなレースのリボンを腰元に当てて、少しでも見栄えを良くしようと試みた。しかし、その健気な行動すら、令嬢たちの格好の的となってしまう。



「あらあら、ご自分で仕立て直しですか? 涙ぐましい努力ですこと。お裁縫の練習なら、ご自宅でなさればよろしいのに」



容赦なく飛んでくる言葉の刃。息の詰まるような同調圧力が、クロエの心を完全に折りかけた。 ——と、その時だった。



「くだらねえ品評会だな」



開け放たれた広間の入り口から、不躾な声が投げ込まれた。令嬢たちが弾かれたように一斉に振り返ると、そこには、豪奢な扉の枠に背中を預け、腕を組んだテリーが立っていた。



彼が令嬢たちの輪へと歩みを進めると、そこに響き渡ったのは、貴族の華やかな広間にはおよそ似つかわしくない、重鈍で荒々しい足音だった。



コツ、コツ、コツ。



磨き上げられた寄木細工の床を乱暴に叩くウェスタンブーツ。そして彼の胸元では、今日も「右上がり」の伝統的なレジメンタルタイではなく、反逆の象徴である「左上がり」のアメリカンストライプのネクタイが緩く結ばれていた。



「テ、テリー様……!」



扇子で口元を隠していた令嬢たちが、動揺のあまり一斉に顔を上げた。グランチェスター公爵家の威光と、彼自身の放つ危険な野性に当てられ、先ほどまでの陰湿な空気は一瞬で吹き飛んでしまう。



テリーは令嬢たちの媚びるような視線を完全に無視し、大広間の中央で立ち尽くすクロエの真っ直ぐ前で立ち止まった。彼はクロエの震える手にある小さなレースと、色褪せたコットンのドレスを値踏みするように見下ろす。そして、ふっと鼻で笑った。



「なんだ、ずいぶんと退屈なカタログだな。どいつもこいつも、金で買った流行に着られてるだけのマネキンばかりじゃねえか」



「マネ、キン……?」



言葉の意図が掴めず目を白黒させる令嬢たちをよそに、テリーはおもむろに自身の肩に引っ掛けていた漆黒の最高級ベルベットのジャケットを手にとった。そして次の瞬間——。



ビリィッ!!!



大広間に、布が乱暴に引き裂かれる音が響き渡った。令嬢たちが「ひっ!」と短い悲鳴を上げる。テリーはなんと、自分のジャケットの裏地に縫い付けられていた深紅の最高級シルクを、躊躇いもなく力任せに引きちぎったのだ。



「テリー様、何を……!?」



驚きで固まるクロエの腰に、テリーはその深紅のシルクを無造作に、だが絶妙なバランスで巻き付け、キュッとラフな結び目を作った。



色褪せた素朴なコットンドレスに、突如として加わった最高級シルクの鮮烈な深紅。それは、計算し尽くされたかのようなアヴァンギャルドで大胆なシルエットを生み出し、クロエの持つ本来の飾らない美しさを爆発的に引き立てていた。



「あっ……」



「うん、こっちの方がずっとワイルドで似合ってるぜ」テリーは自身の「作品」に満足そうに頷き、クロエの耳元に顔を寄せて低く囁いた。



「胸張ってろ。お前のそのドレス、ここのどのマネキン共の服よりもイカしてるぜ」



至近距離で香る、微かなタバコとバーボンの匂い。クロエの顔が、腰に巻かれたシルクと同じくらい真っ赤に染め上がる。テリーは呆然と立ち尽くす令嬢たちを振り返り、挑発的な笑みを浮かべた。



「新しい流行トレンドってのは、こうやって作るもんだ。……じゃあな、可愛いお針子さん」



クロエにウインクを一つ残すと、彼は引き裂かれたジャケットを再び肩に掛け、大広間に背を向けた。遠ざかる荒々しいブーツの足音。やがて窓の外から、馬の嘶きと「パカラン、パカラン……!」という蹄の音が遠ざかっていくのが聞こえた。



大広間に残されたのは、圧倒的なセンスを見せつけられ、自分たちの着飾った姿が急に滑稽に思えて押し黙る令嬢たちと——腰に巻かれたテリーの熱の残る深紅のシルクを、愛おしそうにきゅっと握りしめるクロエだけだった。


(第3話 完)


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