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第八話

みなとみらいに来るのは、久しぶりだった。

観光地らしい人の多さに、琥珀は少しだけ身構えたが、碧は楽しそうに歩いている。


ショッピングモールの中は明るく、音楽が流れていた。

服を見て、雑貨を見て、必要でもないものを手に取っては戻す。


「これ、似合いそうじゃない?」


碧が差し出したシャツを、琥珀は鏡の前で当ててみる。

悪くない。

でも、今すぐ必要というわけでもない。


「今日は買わなくていいかな」


そう言うと、碧は笑った。


「うん。見るだけでも楽しいし」


その言葉に、琥珀は少し胸が軽くなる。

目的がなくても一緒にいられる時間。

予定を決めなくても、成立する一日。


フードコートで軽く食事をして、外に出る。

海の方へ歩き、公園のベンチに腰を下ろした。


風が強く、遠くで観覧車がゆっくり回っている。


琥珀は、しばらく黙っていた。

碧も、急かさない。


「……考えてたんだ」


そう切り出すと、碧は顔を向けた。


「子供のこと」


碧の表情は変わらない。

驚きも、期待も、押し付けもない。


「BMPTの話を聞いてから、ずっと。

できるかどうか、じゃなくて……

やるべきかどうかを」


琥珀は、海の方を見たまま続ける。


「正直に言うとさ。

“できる”って言われた時、安心したんだ。

選択肢があるってだけで」


でも、と琥珀は息を吐いた。


「今の生活を思い返すと、

この時間を壊してまで欲しいものか、わからなくなって」


碧は、静かに聞いている。


「この前、子供連れの家族を見て、

 いいな、って思ったのも本当だよ。

 でも、それはひとつの“あこがれ”であって、

 今の自分が背負いたい未来かって言われると……」


琥珀は、ようやく碧を見る。


「今は、作らない道がいいと思ってる」


言葉にすると、不思議と迷いが減った。

胸の奥が、静かになる。


碧は、少しだけ間を置いてから言った。


「……そう言ってもらえて、正直ほっとした」


その声には、安堵が混じっていた。


「私も、考えてた。

 もし琥珀が選んだら、私もって決めてたけど……

 同時に、怖かった」


碧は自分の手を見つめる。


「自分の体も、心も、

 今とは全然違う場所に行く気がして」


琥珀は、うなずいた。


「無理もさせたくない」


「うん。それにね、今の私たちが好きだから」


碧はそう言って、少し照れたように笑う。


二人の間に、沈黙が落ちる。

でも、それは重くなかった。


決断は、大げさなものではない。

こうして並んで座って、同じ風を感じて、

言葉を交わした結果だった。


琥珀は思う。

選ばないことは、何も失わないことでもある。


今の生活を、

今の二人を、

そのまま続ける。


それが、今の答えだ。



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