竜王、びびる
余がこの家に流れ着いた時から数日が経ち。
この体、そしてこの家での生活にも少しは慣れ始めた。
慣れてきたのはいいが、退屈ということでもある。
変化といえば、余の体がほんの少し大きくなったかと感じるくらいじゃ。
まだ家の外には連れていってもらえぬし……。
次にあの男が外出する時、無理矢理にでもついていくべきかの?
余がそんな考え事をしていたちょうどその時。
玄関の戸を叩く音がして、男が応対の為にそちらへ向かった。
余は特に気にせず床に寝そべっていたのだが、戸を開けた男の声が何やら明るくなったことに興味を抱く。どうやら、尋ねて来たのは仲の良い相手らしいの。
余は息をひそめ、耳をそばだてる。
そんな余のところにまで、来客の声が鮮明に流れてきた。
「久しぶりね、ポルテ。元気だった?」
ほう、あの男の名はポルテというのか……。
漏れ聞こえてくる声からして、その客は人間の女のようであった。
どれ、どんな奴が来たのか、ちょっと見てみるかの。
余はのそのそと歩いて玄関のほうを覗き込む。
男……ポルテを前にして笑顔でやりとりをする女。
そしてその女の顔と格好とを見た瞬間、強烈な記憶が余の脳裏によみがえった。
こ、こやつは……あの時に余を討った勇者一味の女魔法使いではないか!?
栗色の長い髪、水晶のような宝玉がついた杖、金の意匠が施された黒いローブ、お揃いの黒い三角帽子……間違いない!
そのことを確信した余は……とっさに物陰に隠れてしまった。
……ば、馬鹿な。何を恐れておる!
余は偉大なる竜王だというのに……こんな状態でさえなければ、ここで会ったが百年目とたちまち引き裂いてやれるものを!
苦悩する余の耳に、男女の足音が近づいて来るのが聞こえた。どうやら、あの女が客として上がり込んできたようじゃ。
「そういえば、つい最近大きなトカゲを見つけてね。傷だらけで迷子みたいだったから、連れて帰って保護してるんだけど」
「ト、トカゲ……? 相変わらず変わった趣味ね……」
く、これはまずい。
余は慌てて家具の下へと身を潜めた。
竜王とばれることはあるまいが、念のためじゃ。
やがて居間に入って来たポルテと女。
「あれ、どこにいったのかな?」
こ、こら、探すでない!
余を女に紹介したいらしいポルテが、余の姿を求めてうろうろし始めた。
くう……余のことなど忘れて仲良くおしゃべりでもしてくれれば良いものを!
「あ、いたいた」
願いも空しく余はあっさりと捕まり、ポルテによって引きずり出された。
ぐぬ……くやしいが、無害なトカゲを装うしかあるまい……。
「ほら、この子だよ。可愛いよね?」
ポルテは自信満々に余を女に突き付ける。
余はなるべく自然体になるようふるまいつつ、女魔法使いの様子をうかがった。
さすがに、いきなり出てきた大きなトカゲに戸惑っておるようじゃ。
が、しかし……。
余の姿を見せられてひきつった笑みを浮かべていた女の顔が、やがて怪訝なものになり、みるみる険しいものへと変化していく……!
「……そいつから離れて」
さきほどポルテと話していた時とは想像もつかないような冷たい声が、その口から漏れ出た。
そう……勇者と共に余を追い詰める時に発していたものと同質の、厳しく敵意に満ちたあの声じゃ!
「え?」
ぽかんとするポルテを一瞥することもなく、女は余から目を逸らさない。
「そいつはただのトカゲじゃないわ……モンスターよ」
歴戦の女魔法使いは、手にする杖を余に向けて戦闘態勢をとりつつ、そう言い切った。
杖の先端にある宝玉に淡い光が灯る。
あの時の戦いにおいて、余の体を何度も痛めつけた魔力の光線。
今の余があんなものを喰らえば、ひとたまりもないであろう!
窮地から逃げ延びたというのに、結局はここで死ぬのか!?
絶望が襲ってきた余を強く抱きしめる力があった。
「何をしてるの? 早く離れて!」
「駄目だ!」
女魔法使いの叫びすらかき消すような、大きな声がポルテの口から飛び出した。一緒に生活をしている間、一度も聞いたことのなかった強く激しい声音じゃ。
ポルテはさきほどまで女に突き出していた余を、今では隠すように、守るようにぎゅっと胸にかき抱いておる。
「君の言う通り、ただのトカゲじゃなくてモンスターかもしれない……でもこの子は……何も悪いことはやってない!!」
「今はまだ何もやってないかもしれないわ……でも、いつかきっと人間に仇なす存在になる」
「もしそうだったとしても、この子を君の手にかけさせるわけにはいかない!」
「なぜ?」
「君は、いつか邪悪になるかもしれないからって、まだ何の罪も犯していない子供を殺すのか?」
そ、そうじゃ! もっと言ってやれ! 命をかけて余を守るのじゃ!
その後、しばらくにらみ合いが続いた。
長い沈黙が続いているが、生きた心地がせぬ。
やがて、女がふうっと大きな息を吐いた。
「……そうね……あなたの言うことが正しいわ。ごめんなさい」
目を伏せ、杖を下ろす女魔法使い。宝玉に灯っていた光も、それにつれて消え失せた。
「……ありがとう。受け入れてくれて」
「もう……相変わらず言い出したら聞かないんだから……」
ほっとしたように小さな笑みを浮かべる男と、困ったような顔で口をとがらせる女。
一触即発の空気は去った。どうやら、助かったようである。
ふ、ふははっ……、び、びびらせてくれおって……! こ、このことは忘れんからな! いつか貴様を剥製にして玉座の間に飾ってくれるわ!
余が心の中で毒づいている間に、ポルテは余を抱いたままソファーに腰かける。ならって、女魔法使いも対面に座った。
二人は、やがてどちらからともなく口を開いた。
喋りはじめるにつれ、さっきのこともあって最初は少しぎこちなかった二人も、次第に自然と笑顔が浮かぶようになる。
「あ、そうだ。ちょっと飲み物をとってくるね。いつものでいい?」
「ええ、お願いするわ」
思い出したように尋ねるポルテに、女は気安い応えで返す。
女の了承を得たポルテは余をソファーの上に置き、飲み物を取りに行ってしまう。
もちろん、余と女とがこの場に取り残される形となる。
こ、この女魔法使いと二人きりにしてほしくないんじゃが……。
女はじっと余のことを見ておる。先ほどまでポルテに向けていた優しい目つきが嘘のように、とても冷ややかな瞳で。
余はその視線に気づかぬふりをして、無害なトカゲをよそおった。
余……余は竜王なんかじゃないですよー……ただのトカゲですよー……。
しかし、内心冷や汗ダラダラである。
見つめ返すのもどうかと思ってこちらは時折ちらちらと視線を投げるだけなのじゃが、この女は一度も目をそらさず、余を凝視し続けておる!!
は、はやく……はやく戻ってきてくれポルテ……! こやつが再び変な気を起こしたらどうするつもりじゃ!
針のむしろに座っているかのような時間に必死で耐えていると。
女は小さく息を吐き出し、それと共に凍てついたような空気もわずかにゆらぎ。
「さっきは怖がらせて悪かったわ……ごめんね」
女は気まずそうに目を逸らしながら、なにやら小声で呟いたようであった。




