竜王、現状を把握する
うぬぬ……。
とっさに使った禁忌の魔法。
まさか今の余がそのまま幼生体に変異してしまうとは……不覚じゃ……魔法の構成に誤りがあったか? そもそも元からそういう魔法であったのか?
使われた記録もほとんど残っておらぬからのう。今となってはもはや確かめる術もない。
余は先ほどの男に抱っこされ、どこかの街の見張りもいない寂れた門をくぐり、住処であろう家に連れて来られた。
体中の汚れなどもぬぐってもらい、ずいぶんと綺麗になれたようである。
ふむ。人間とはいえ、なかなか良い手際である。褒めてやろう。
逃げている時に感じたように、致命傷となったはずの傷もすでに塞がっているようじゃ。あの魔法のおかげで命を落とさずに済んだのは間違いないのう。
「すり傷だらけだけど、大きな怪我はしてないみたいだね。良かった。……でも今まで見たこともないトカゲだ……生息地からはぐれて出てきちゃったのかな? ……しばらくうちでゆっくりしていくかい?」
沈思黙考している余をしげしげと見ながら、男は一人で呟いておる。
竜王である余をトカゲと勘違いするとは許せぬが……しかし今の余では下級モンスターにすら勝てぬ。
なにしろ、連れて来られる最中にこの男の腕を振りほどくことすら、何度試してもできなかったからの……。
非力になったうえに、かつて使えたさまざまな能力も失っておるようじゃ。
下級モンスターどもは、今の余が竜王であるということに気づくような知性は持っておらぬであろうし、今の姿で外をうろつくのは危険か……。
やむを得ぬ。幸いこの男もその気であるようだし、しばらくこの家に身を隠すとするか。
その褒美として、余が力を取り戻して元の姿に戻った暁には、我が手で惨たらしい最期をくれてやろう。竜王直々に殺される栄誉に震えながら死んでいくがよい……!
「となると、ご飯の用意をしなくちゃね。大人しく待っててね。とってくるから」
余が心のうちで考えていることなど知る由もあるまいが、男はのんきにそう言うと、何やら身支度を整えて外に出ていってしまった。
ドアが閉まる音を最後に、家の中はしんと静まり返る。
好奇心にかられて中を歩き回ってみたものの、この家にはあの男以外、誰も住んでおらぬようじゃ。
余としては好都合じゃの。
一人暮らしにしては思ったより広くて部屋の数も多く、窮屈に感じることもなさそうじゃ。まあ、余が住んでいた城と比べればあばら家同然じゃが。
一通り屋内の探索も終わり、手持無沙汰になった余は、あらためて自分自身の境遇を振り返る。
竜王である余は勇者の一味に敗北し、とっさに使った魔法でなんとか生き延びたものの、その副作用か幼生体となってしまった。
くやしいが、姿はあの男が言った通り、トカゲと大差ない。
トカゲとしては大きいほうじゃが、竜王どころか配下のモンスターどもほどの威容すらなくなってしまった。
身体の大部分は緑色、全身には鱗がびっしりと生え、頭には鱗が変異したような小さな突起がいくつか角のように生えておる。
現状、戦闘能力は皆無。四肢にもちろん爪はあるがまだ小さく、人間やモンスターと戦うには心もとない。
外の危険を考えると、出歩くわけにもいかぬ。
せめて、せめて直属の四天王と連絡を取る手段さえあれば……奴らなら余の窮状にも気づいてくれるであろうに……。
……詮の無い願いか。そもそも、奴らが無事かどうかも分からぬ。なにしろこの余が負けたのじゃからな……。
やはり、余が本来の姿と力とを取り戻すことが肝要か。いや、それだけでは足りぬ。以前よりも遥かに強大な力を手に入れねば……。
なにしろ初めて使った魔法じゃから、今後どうなるか推測も難しいが、うまくいくことを信じるしかないじゃろう。
ふう、これ以上悩んでもきりがない。
まずは腹ごしらえかの。色々とあってお腹ぺこぺこじゃ。
ご飯を用意してくれるようじゃし、大人しく奴の帰りを待つか。
甲斐甲斐しく仕える気があるのなら、終わりを迎える日まで下働きとして存分にこきつかってやるとしよう。




