竜王、逃げ延びる
はあ……はあ……。
まさか、竜王である余がここまで追い詰められるとは……。
傷は深い……今の余は、もうじき絶命するじゃろう。
じゃが、もはやこれまでと、苦しみの中必死に唱えた魔法……。使うならば死の間際を置いて他に無いと、まさに禁忌として扱われていた最後の手段。
言い伝えでは、今の命を捨てることを代償に、新たな命を得ることが出来るという。
この魔法の力によって、余はふたたびこの世に顕現するはずじゃ。
覚えておれ、勇者ども。そして人間ども!!
必ず、この屈辱を百倍にもして返してくれる!!
……。
ううむ、しかし……。
なにぶん初めて使った魔法ゆえ、いまいち勝手が分からぬが。
なんというかこう、パーッと光に包まれて傷ついた肉体を捨て去り、その光の中で新たな肉体を得た余が誕生する……みたいなことが起こると思っておったんじゃがの……。
結局、変わったことは何も起きずに走り続けておる。
とはいえ、追手が迫っておるやもしれぬ。
足を緩めるわけにもいかぬが……。
現実的な問題が新たに生まれてしまったようじゃ……ここがどこなのか、さっぱり分からぬ!
枝葉の天蓋に覆われた森は、ろくに日が差さぬし目印となるような物もない。
無我夢中で逃げてきたし、ずいぶんと遠いところにまでやってきてしまった気がするのう。
それと他にもおかしいことがある。
なんだか、周りの景色がずいぶんと大きく見えるのじゃ……。
そもそも、勇者が剣から放った光に貫かれた時、余は人の姿をとっていたはず。
だというのに、いつの間にか両手と両足で地面を蹴っておるではないか?
傷の痛みもまったく感じぬ……。
いったい何が起こっておるのじゃ……。
やがて下生え茂る森を抜けたのか、突然視界が広がり、明るい光が余の目をさす。
戸惑って足を止めた余は、急に大きな力で持ち上げられた。
な、なんじゃ!?
目の前に、人間の男の顔がある。幸い、先ほどの勇者の一味ではないようじゃ。格好も容姿も平凡で、どこぞの街か村の住人といった感じじゃの。
驚きに目を見開いておる。くく、恐れておるのか? 竜王である余を。
ちょうどよい、人間どもに対する我が恨み、ここで晴らすとするかの。
貴様から見ると八つ当たりであろうが、己の不運を呪いながら死んでゆくがよい……。
余が腕を振り上げようとした瞬間、男の口が動いた。
なんじゃ、命乞いなら聞いてやらん事もないぞ……聞くだけじゃがなあ……!
「これは何と可愛い……」
か、可愛いじゃと? ま、まあ確かに余が人の姿をとっていた時は、配下からも絶世の美女と讃えられたものであるが……人間にしては見る目だけはあるようじゃ。褒めてや
「……トカゲだ!」
……竜王じゃ!!




