第8話 ネネの褒美
戦は終わり、水路に水が帰ってきた。
畑には作物が、競い合うように青々と芽吹いていた。
その緑の向こうに、隊列が姿を見せた。
「おい!」「来たぞ!!」
銀色に輝く甲冑を纏って馬上にあるのはエイカンだ。
その後ろに、戦利品の甲冑やら宝飾品やら、思い思いに掲げて歩いてくる、農民兵たちの姿が見えた。
「おーい!」「おかえりい!」
口々に叫んで手を振る村人に、兵士たちも大きく手を振り返している。
待ちきれない人々が、隊列へと駆け出し、我が子、我が夫、我が父を見つけて泣き笑う人々の嬌声が村に響いた。
ネネも、エイカンの顔を見つけて、思わず駆け寄っていった。
「おかえりなさいませ! エイカン様」
「ただいま戻りました」
「ご無事で何よりです。お疲れでございましょう?」
「ええ。でも、ネネ様のお顔を見たら、疲れは吹っ飛びました」
「まあ……」
ネネが、頬を赤らめた。
「今日は、村のみんなが総出で、宴の支度をしてくれました。
どうぞ甲冑はお脱ぎになって、思う存分、お楽しみください」
「おお!それはありがたい。皆も喜ぶでしょう。
だが、その前に……」
エイカンが、ネネのもとを離れ、息子の姿を探す壮年の男のもとへ向かった。
「トマス!
トマスはいませんか!
トマス・スミスは!? トマス!」
エイカンは、決然とした表情でその男に声を掛けた。
「トマス・スミスの、お父様でいらっしゃいますね?」
「あ? ああ! そうです!
エイカン殿、でいらっしゃいますな!
このたびの戦は、エイカン様のご活躍で大勝利だったと聞きました!
素晴らしい! いや素晴らしい!
うちのトマスはお役に立ちましたか!?
いやあ、あいつは兄貴と違って昔から鈍くさい奴でねえ!
戦なんかに出たら、足手まといになるんじゃないかと心配してたんですけどね?
どうですか? トマスは、手柄を立てましたか?」
饒舌に語りながら、スミスの父はキョロキョロと息子の姿を探し続けていた。
「ええ。
トマスは、立派でした。
堂々と、勇敢に、私のすぐ隣で、戦ってくれました」
「おお! そうでしたか!
あの馬鹿息子がねえ…… へへへっ、あいつも、やるもんだ!
褒めてやらなきゃ、いかんですなあ!」
エイカンは、息子を見つけようと歩き出したトマスの父の腕に、そっと手を添え、正面から向き合った。
「私の、力不足です。
息子さんを…… トマスを……
連れて帰ることが、できませんでした……」
トマスが身につけていた、誰かの手作りであろう、組紐のブレスレットを差し出した。
「あんた、トマスは見つかったかい?
あ! エイカン様? あなたがエイカン様ですか!?
息子が世話になっちまいましたね!
穀潰しが、一気に自慢の息子になった、って言って、もう昨日からこの人大興奮で……」
母親が、夫の握っている組紐に気がついた。
夫は、肩を揺らして泣いている。
母親も、何が起こったのか、すべて察したようだった。その目から、ボロボロと涙がこぼれる。
「馬に蹴られた仲間を助けようとして……
トマスは、優しい男でした。
男気のある、とても勇敢な兵士でした……
すぐに後方へ連れて下がったのですが、そのときには、もう……」
「うっ……ううう…… トマス! トマスゥううううう!」
「苦しまずに…… 痛がらずに、逝ったんですかねえ?
あいつは…… 痛い思いをするのが…… 嫌いだったから……」
泣き崩れる妻を、父親が優しく抱き寄せた。
「それほど苦しまずに、逝ってしまったと思います……
申し訳、ありません……」
「謝らないでください…… 戦だ。これは戦だ。
手柄を挙げて帰ってくるって……
そう言って勇んで出て行ったあいつを、送り出したのは、私たちです……
……エイカン殿!
宴が……待っておりましょう?
大将がいなかったら……宴も……はじまらんでしょう?
みんなのところへ、行っておあげなさい……
私たちは……
少し……」
そこまで言うのが精一杯だったのだろう。
トマスの父は、大きな肩を震わせて、母が息子のために編んだ組紐を握りしめながら、妻を抱きしめ、泣き崩れていった。
◆
宴は盛り上がった。
農兵たちも村人も、みな大いに飲んで大いに食らい、そして大いに語り合った。
多くの勇猛な戦いぶりが語られ、多くの武勲が自慢された。
敵の武将から奪った兜や甲冑、剣や騎槍、金銀宝石や金貨、銀貨が次々に披露され、そのひとつひとつに武勇伝が語られた。
「ヘンリーが、エイカン様を探しに重装騎兵の密集に飛び込んで行ったのは驚いたぞ!」
「軽業師か何かのように、馬の上をひょいひょいと跳んでな」
「さすがヘンリー。クーパー兄弟随一の跳躍力をもつ男だ」
「しかし白眉は、なんといってもエイカン殿の下馬と檄であったな」
「あれはすごかった! 思わず震えたわ」
広間の真ん中に、お調子者で知られるクーパー兄弟の三男坊・リチャードが飛び出した。
「やあやあ貴様らよぉく聞け!
敵の騎兵を恐れるな!
騎兵を狙うな馬こそ狙え!
馬の脚こそ薙ぎ払い、落ちた兵ども狙い撃ち!
敵討ち取れば褒美をくれよう!
大将討ちとる大功績には、この駿馬にて報いよう!!」
節を付けて再現した戦場でのエイカンの様子に、人々は手を叩き指笛を吹き、床を打ち鳴らして喜んだ。
ただひとり。
エイカンの顔には、笑顔はなかった。
戦で死んだ三人の兵たち。
彼らの顔と、彼らを失ったことを知った家族の顔が、繰り返し脳裏に浮かんでくる。
「エイカン様……
お加減でも、すぐれませんか?」
ネネが気にして、声を掛けてきた。
「ああ…… いえ。
少し、考え事をしていまして」
「大丈夫ですか? 無理をなさらず。
寝床はお作りしてあります。
どうぞ、客間をお使いください」
「ありがとう、ネネ様。
でも、大丈夫です……」
そのとき、お調子者の、リチャード・クーパーの声が耳に飛び込んできた。
「して、エイカン様! 褒美の方は、いついただけるのでしょうか!?」
エイカンはゆっくりと顔を上げた。
そうか、褒美か。
褒美を出すと、言ったのだったな。
「……すまん。褒美は、ない」
そのあまりに沈痛な物言いに、宴の座は一気に静まり返った。
エイカンの言葉を冗談だと思ったか、クーパーはひとり場違いな笑い声をあげて、すぐに赤面して黙り込んだ。
「すまぬ。
私は、流れ者の騎士だ。甲冑も馬も剣も騎槍も、すべてネネ様からお借りしたもの。
諸君らの武勲に応える褒美など、はじめから持ち合わせてはいなかったのだ。
嘘をつくつもりはなかったが……すまん」
エイカンの目から、涙が溢れた。
それは、死んだ三人を思っての涙だったか、褒美を配れぬ悔し涙であったか。
「褒美ならございますっ!」
毅然として立ち上がり、言い放ったのは、ネネだった。
全員が驚いてネネを見た。
「皆さんは、我がグレイス家のために戦ってくださったのです。
褒美は、私から差し上げます!
所領というわけにはいきませんが、父ヒュー・グレイスが身につけた甲冑、兄アルフォンス・グレイス、ジュリアン・グレイスの武具・甲冑!
他にも先祖代々受け継いだ名品が多数ございます!
それにほら!
銀の燭台に銀の皿!
銀の匙とフォークにナイフもございますわ!
どうぞみなさん!お持ちくださいっ!
グレイス家の名のもとに、わたくしは皆様に、感謝を形でお示しします!」
広間にいた者すべてが呆気にとられてネネのことを見つめていた。
静まりかえった広間の中央に、この戦い一、二を争う活躍を見せた、ウィリアム・カーターが進み出た。
カーターは、ネネとエイカンの前にひざまずき、大きくひとつ息をしてから、朗々たる声で、村人全員を代表して話し始めた。
「ネネ様、エイカン様。
われらグレイスの領民一同、褒賞を求める気持ちが先走り、度が過ぎておふたりのお心を乱したこと、伏してお詫び申し上げます。
ネネ様のお役に立てること、エイカン様の勇気と知略に従うこと、そのことがすでにわたくしどもの喜びでありました。
それが、まるで褒美のために戦ったかのようになるのは、我々の本意ではありません。
戦場に散った者どもも、口をそろえてそういうはずです。
エイカン様の言葉、ネネ様の言葉、いずれも気高く尊いものでありました。
おふたりのもとに集い、戦い、こうして宴を催せること、それこそが我ら臣民にとって最高の褒美でございます。
なあ! そうであろう!? グレイスの民よ!」
「おう!」
「そうだ!」
「その通りだ!」
「おふたりに祝福を!」
「では、せめて、今日ここへ帰ってこられなかった皆さんに、惜別の品を贈らせてください……
グレイス家の名の下に亡くなった方々への弔いと、残された家族の方への衷心のしるしとして……」
エイカンだけでなく、ネネもすっかり号泣していた。
「エイカン様を担いで、もっと大きな戦に勝ちましょう!
我ら土地なき次男、三男、四男坊、きっとお役に立ちますぞ!
みんな!
いつか、長男が継ぐ土地より広くて肥沃な所領をいただこうぞ!」
「おう!」
「そうだ!」
「やってやるぜ!」
若者たちが、口々に威勢のいい言葉を吐いていた。




