第7話 ブランデルフォークの戦い
重装騎兵の密集の中に現れた少年に驚きながら、騎兵達は苦労して少しだけ隙間を作ってくれた。
「御免!
リック・ジョージ・エイカン、離脱するっ!!」
「おいっ! 貴様っ!
逃げる気か!?」
「敵前逃亡は重罪だぞ!
貴様、グレイス家預かりのエイカンと言ったな!!」
周囲からの、刺すような視線が痛い。
だが、勝つためだ。
今、臆病者に見られたとて痛くもかゆくもない。
「勝つために下がるのです!
通せ! 通してくれい!」
馬が、ジリジリと下がっていく。エイカンはようやく、密集から抜け出した。
「皆々様! すぐに戻って参ります!
今しばらくの奮戦をっ!!!」
◇
エイカンは農民兵を探した。
ほどなくして、呆然と立ち尽くしている農民兵の頭、カーター家のウィリアムを見つけた。
「カーター! 何をしている!」
ウィリアム・カーターは、唯一長男でありながら農民兵に志願してくれた若者だ。
この戦いは、カーターにとっても初陣。
戦場で、何をして良いかわからず固まってしまったのか。
「申し訳ありません。
しかし、いったいどうすればいいか、判断がつかず……」
エイカンは歯がみした。
彼らに十分な訓練も指示もしないまま戦場に連れてきたのは、自分のミスだ。
まだ、誰も死んでいないのが、せめてもの救いだ。
エイカンは、馬を下りた。
それだけでなく、甲冑も脱ぎ捨てた。
「お前らっ! よく聞けっ!
俺が先頭に立つ! 俺をまねろ! 俺に従え!
いいか? 馬の脚を狙うんだ!
脚だ! 馬の脚をなぎ払え!
腹でも構わん! 尻でもよい!
深手を与えようと思うな!
傷つけるだけでよい!
とにかく! 馬の甲冑がない場所を狙うのだ!」
何をすればいいのかを伝えると、農民兵たちの目が急に輝き出した。
「馬に蹴られることだけ気をつけろ!
馬を切って暴れれば、馬上の重装騎兵は落馬する!
地面に落ちた騎兵を仕留めるんだ!
騎兵を馬から落とせば褒美を出す!
敵の将を仕留めれば、あの馬を与えよう!!
貴様ら! 一生かけても稼げぬ褒美を、今ここで手に入れていけ!
行くぞっ! 我に続け!!!!」
農民兵を引き連れたエイカンは、密集の外を大きく回り込んで、敵の背後へと飛び出した。
恐れることなく、大胆に。
おしあい、へしあいしている敵の重装騎兵の後ろから、静かに素早く接近する。
馬の甲冑は、馬上から襲われることしか想定していない。
足下で、水平に剣をはらえば、馬は簡単に驚き傷つき、倒れていく。
「思う存分、暴れて見せろ!!
馬だぞ! 馬の脚を狙え!
そして落馬した騎兵を仕留めるんだ!
馬から落ちた騎兵など、虫けらを刺すよりたやすい敵だぞ!!」
◆
その変化に気がついたのは、ジルベール・フェアヘルム伯爵だった。
バーヴェル軍の後方に砂埃が上がり、なにやら混乱が起こっている。
混乱は広がっていき、やがて、敵も味方もそれに気がつき始めた。
敵の背後で何かが起こっている……そのことが敵を不安にさせ、味方を大いに鼓舞した。
「ここが勝負ぞっ!! 押せ! 押せえええええ!!!」
レスタロス侯の檄が飛んだ。
今や、バーヴェル軍はパニックに陥っている。
後方から雪崩のように崩れていく軍勢。
あれほど分厚かった敵・重装騎兵の壁が、まるで海が割れるように左右にちぎれていった。
その隙間に鼻先を突っ込んだレスタロス軍。
先頭には、レスタロス侯自身が立っている。
「行くぞ! 突破だ!
敵を引き裂け!
左右に引き裂け!!」
レスタロス侯とその軍勢は、どんどん前進していった。
その視線の先に、馬を下り、鬼のように剣を振り回しているひとりの男がいた。
リック・ジョージ・エイカンだ!
「ふっ、あやつ、やりおったわ」
ダリオン・レスタロス侯爵が嬉しそうにつぶやいた。
「エイカンっ! エイカンっ!!」
レスタロス侯の声に気づいたエイカンが顔を上げた。
レスタロス侯は手にしていた剣を高々と掲げ、そしてその剣で右翼の軍勢を指し示した。
エイカンは「承知」とばかりにうなずいて、70人の農民兵を引き連れて脱兎のごとく右翼を目指して駆けだした。
右翼の敵が崩れるのも間もなくだろう。
レスタロス軍は勢いに乗り、完全にバーヴェル軍を圧倒し始めていた。
勝った。
バーヴェルの軍勢を、完全に打ち破った。
ダリオン・レスタロス侯爵が、馬上で鐙あぶみに立ち、天に向かって大声で吠えた。
その咆哮は、大きく、長く、ブランデルフォークの戦場に鳴り響いた。
◆
戦いは終わった。
レスタロス軍の、完勝だ。
レスタロス領内に、水が帰ってくる。
「おい! 慎重にな! 一気に突き崩すと、領内で洪水になりかねん」
エイカンは、バーヴェル侯が作った堰を突き崩している、農民兵に声をかけた。
堰の崩れた部分から、夕日に輝く水がアストラ川に流れ込みはじめていた。
エイカンが連れてきた農民兵は、三人死んだ。
三人の犠牲のおかげで取り戻した、命の水だ……
グレイス村に帰ったあと、三人の家族に、息子たちの死をどう伝え、どう詫びればいいのだろうか。
なんの言葉もない。
ただ、三人を連れて帰れなかった、自分の力不足を呪うしかない。
「エイカン……」
背後から名を呼ばれて、エイカンは振り返った。
ジルベール・フェアヘルム伯が立っていた。
エイカンは慌てて、片膝をついて礼をした。
「今日の活躍、見事だった」
「いえ、重装騎兵の皆様の勝利です。
私と農民は、そのお手伝いをしたまで」
「謙遜するな。
お前と農民の活躍がなければ、こうも鮮やかに勝利することはできなかった。
私の目は節穴だった。
城にそなたがやってきたとき、追い返そうとしたことを詫びさせてくれ」
「とんでもありません……
ジルベール殿のあの対応は、当然のことだったと思います。
しかし、もしお言葉に甘えられるのであれば、ご命令通り重装騎兵3騎を用意できなかったグレイス様のこと、殿にお取りなしをいただけませんか?」
「もちろんだ。
むしろ、素晴らしい農兵を用意してくれたグレイス殿には、礼を言わねばならぬ。
この戦から戻ったら、一度グレイス村を訪ねることにしよう」
◆
グレイス屋敷には、久々に人が溢れていた。
エイカンが戦場へ引き連れていった、農家の次男、三男たちが帰ってくるのだ。
凱旋だという。
大きな戦功をあげてダリオン様からもお褒めをいただいたらしいと、もっぱらの噂だった。
彼らを迎える宴の支度が、着々と進んでいた。
「ネネ様、こんなところで何をなさっているのですか?
厨房はいいんですよっ!
煮炊きは私たちに任せて。
ほら! お嬢様は、広間でくつろいでいてください!」
「お嬢様、何をなさっているのです?
椅子の数は足りております。
先ほどから、何度も数えておりますのでね。
大丈夫ですよ! ご当主たる者、どんと構えていてくださればよいのです。
そういえば、ホールのご準備はよろしいのですか?
英雄を出迎える大切な場所でしょう?
そちらのお支度は?」
「敷き物ですか?
敷物はいったん片付けましたよ?
英雄の帰還といってもね、連中はきっと泥だらけですからね。
あんなご立派な敷き物、うちの穀潰したちに踏ませるわけにはいきませんよ!
ちゃんと丸めて、地下に入れてありますから!
さあさ、こちらは私たちに任せて、ネネ様はどうぞご寝室にでも」
「あらネネ様?
どうなさったのです?
ええ? だって、ほらぁ、今日ばかりはエイカン様を軒下に寝かせるわけには参りませんでしょう?
先ほど客間は整えたのですが……ねえ?
もしかしたら、今夜は、エイカン様はネネ様と一緒にお休みかも?と思いましてね……
ネネ様は殿方と臥所ふしどに入るのは初めて?
……あらあら! 顔を真っ赤になさるなんて、もう、なんと可愛らしい!
さあ! エイカン様がお帰りになる前に湯浴みでもなさって、身体をきれいになさってきてくださいな。
あとで髪も梳かして差し上げますからね。
エイカン様をお迎えするのに、とびっきりお美しいネネ様でいていただきませんと!」
こんなに賑やかなグレイス屋敷は、本当に久しぶりだ。
ネネは少しだけ誇らしく、同時に、この賑わいに父、母、兄たちがいないことに、あらためて深い悲しみを感じていた。




