第5話 重装騎兵と農民兵
納屋の四隅に置かれたこのガラクタを結んだ線の内側が、結界ということなのだろう。
結界の外には出るな、と言われても、人の家の納屋に勝手に入り込むわけにもいかない。 エイカンは、できるだけ体を建物に寄せて座り込んだ。
今日一日の出来事を反芻しながら、ぼんやりと、畑の向こうに沈んでいく夕日を眺める。
自分の身に何が起こったのか。
考えすぎて、頭がしびれたようになっていた。
久しぶりに畑仕事をしたおかげで、体はたっぷりと疲れている。
もう眠ろう。
考えるのは、明日にしよう。
エイカンは地面に身を横たえ、そして静かに目を閉じた。
◇
甲冑を身につけ、馬に乗って疾走していた……
はるか右の前方には、あの方の姿もある
あの方も、困ったお人だ
いつも先頭に立とうとする
お守りする兵の身にもなってくれ
あの方が抜刀した
いよいよ、はじまる
戦いの時だ
気持ちが、どんどん昂たかぶっていく
……なんだ?
なぜ、あの方が赤い光をまとう?
嘘だろう?
なぜ?
なぜあの方が、神に抗う、赤い光を……?
見ろ。俺は青い光に包まれている。
安息の光だ。
ネネ様の光だ。
なぜ? あの方は赤い光をまとうのだ?
俺は、あの方と戦う運命にあるというのか?
──そのとき突然、獅子の顔をした人外が現れた。
『何を青い光などまとっている?
あいつを、人界の王たらしめよ!
それが、お前の務めぞエイカン!
いいか、忘れるな!
その青い光、我が貴様から剥ぎ取ってくれる!』
獅子の顔をした人外が大きく口を開き、その鋭い牙で俺に襲いかかってきた。
「やめろっ! お前になど、俺は従わんっ!」
エイカンはガバリと跳ね起きた。
全身に、じっとりと嫌な汗をかいていた。
◆
「お、重い。
それに、視界がほとんどないじゃないですか……」
いきなり、甲冑を着せられて、馬に乗れと命じられた。
ゴドフリーのやり方は、スパルタそのものだった。
「なかなか安定しているじゃありませんか」
エイカンの文句など聞こえないふりをして、ゴドフリーは話を進めた。
「この馬は少し歳を取っていますが、とても賢く優しい子だ。
この子に任せておけば、なんとかなる」
甲冑を着てまたがる馬は、とても乗りにくいものだった。
少し油断しただけでバランスを崩し、落馬しそうになる。
しかも、甲冑の中は蒸し風呂だ。
しかし、その重さと不安定さに慣れろと言って、ゴドフリーの訓練はそのまま始まった。
1日目。常歩ウォーク
何度か落馬はしたものの、夕方にはなんとか馬の背に張り付いていられるようになった。
2日目。速歩トロット
揺れる馬の背中から、再三にわたって滑り落ちた。そのたびに馬は、心配そうにエイカンを見下ろした。
「戦場では、馬から落ちれば死にますぞ。絶対に落馬してはなりません」
3日目。速歩トロットから駈歩キャンターへ
落馬の回数は減ってきた。
馬との呼吸を合わせて、ひたすら走り込む。
夕方には、騎槍ランスを抱えて駈歩キャンターに挑戦した。当然のように落馬した。
4日目。駈歩キャンター
思い切り落馬して、ひとつ甲冑をダメにした。
「なにを緊張なさっているのです?
馬に任せて、ゆったり構えておいでなさい。
馬が、エイカン様を連れて行ってくれます」
5日目。襲歩ギャロップ。
必死で、馬の背中にしがみつく。騎槍など持っていられない。何度も落馬しそうになって、思わず騎槍を取り落とした。
ゴドフリーはそれでいい、と笑った。
「戦場では、まわりの馬と密集して進みます。落馬しようと思っても、左右に隙間もありません。
騎槍が邪魔だと思ったら、その場で落としてしまいなさい。周りの兵にはあきれられましょうが、それでも落馬をするよりははるかにましだ」
そして最後にこう付け加えた。
「この馬は賢い。
乗り手の技量も、あっという間に見抜きます。
今のエイカン様を乗せたまま、敵にぶち当たっていくことはせぬでしょう。
それでも念のため、敵に当たる直前には、そっと手綱をお引きなされ。
馬が、速度を緩めてくれましょう。
大丈夫です。
エイカン様は、きっと立派に重装騎兵としての役割を果たされます」
そんな頼りない”重装騎兵”でも、甲冑を着けて騎槍を抱え、疾走する馬の背に掴まっている姿を見て、ネネ・グレイスは涙を流して喜んだ。
「まるで、死んだ兄を見るようです!」
やっと脱いだ兜を脇に抱え、汗だくになったエイカンが答えた。
「喜んでいただけたなら、まずは良かった。
戦場で役に立つかは、いささか心許なくはありますが……
グレイス家に恥をかかせないように、精一杯やってまいります。
して、ネネ殿…… お願いしていた件は、いかがなりましたでしょうか?」
レスタロス侯の命令は、重装騎兵三騎。
だが、用意できるのは、エイカンという即席の重装騎兵ただ一騎のみ。
足りない二騎を補うために、エイカンはある秘策を考え、ネネに協力してくれるよう、頼んでいたのである。
◆
出立の日。
グレイス屋敷には、70名を超える農民が集まっていた。
まともな甲冑を身につけている者はひとりとしていない。
鎖帷子くさりかたびらやメタルの胴をつけていればいい方で、中には鉄鍋を頭にかぶっている者すらいる。
その手には斧や鉈が握られて、まともな剣を持っている者がいるとすれば、それは、ネネがグレイス屋敷の武器庫を開け放って配った剣に違いなかった。
ネネ・グレイスが、村のすべての家々を回って声を掛け、今日までに集めた彼ら農民兵は、家督を継ぐ長兄の影で、自分の農地を持てるあてなどなく、嫁も取れず、ただ働き手としてのみ人生を過ごす農家の次男や三男坊たちだった。
彼らを集め、戦場に立たせたら、何が起こるか?
それが、エイカンの思いついた秘策だった。
一人前の人間として、家を持ち畑を持ち家族を養う見込みのない彼ら。
だが、戦場で功を挙げた者には、褒美として所領が配られるかもしれない、と言われたら?
一家を構え、嫁を取り、子供をもうけ、自分の土地、自分の畑を耕して、生きていくことができると言われたら?
立身出世の道がある、と聞いて、次男坊、三男坊たちの目は、みな野心でギラギラと輝いていた。
この農民たちひとりひとりを見れば、武芸の心得もなく、ひどい装備で、とても戦力になるものではない。
それを組織として運用し、戦術的な働きをさせれば、立派な戦力になるはずだ、というのが、エイカンの構想だった。
昔からそんなことを考えていた気がする。
ただ、それを実践する機会がなかっただけ……そんな気がしてならないが、定かなことは思い出せないままだった。
自身の重装騎兵の訓練でいっぱいで、とても農民たちの訓練をする時間がなかったことが惜しまれる。
カーレントの城へ行く道中、戦場へ向かう道中で、最低限のことは仕込まなければ……
エイカンは、士気は高い農民兵たちを見ながら、まだまだやることは多い、と気を引き締めた。
◇
道中、沿道にいた人々は、バラバラに歩く農民兵を見て、指をさして笑った。
エイカンは農民兵たちに号令をかけ、隊列を組んでまっすぐ歩けと命じた。
つぎに沿道に現れた人々は、まるで刑場へ連行されていく罪人の列のようだと指さした。
エイカンは、うつむくな! 胸を張れ! 前をしっかりと見て腕を振って歩け!と農民兵を叱咤した。
レスタロス侯爵の居城カーレント城の門をくぐるときには、バラバラな装備にバラバラな武器を携え、しかし歩調を合わせて堂々と行進する歩兵集団に、「一体やつらは何者か?」と人々から驚きの声が上がるようになっていた。
◆
カーレント城の内門は城の一部になっていて、門の上から、格子のはまった窓越しに、下の様子を見ることができる。
城主にして、カーレント地方を治める侯爵、ダリオン・レスタロスが、その窓から次々と参集してくる重装騎兵たちを眺めていた。
「なにやら、もめているようですな……」
レスタロス侯に語りかけたのは、老軍師バルトラム・グレイウッドだ。
その出自は不明ながら、先代レスタロス侯の時代から重用され、代が変わって『愚昧卿』と呼ばれていたダリオンがレスタロス侯爵を受け継いでからも、変わらず忠義を尽くしている。子爵。
「農民を兵として連れてきたらしい。ジルベールが止めている」
「ほう……農民を、兵に」
「お主が、ずっと言ってきたことだな」
「はい……」
「連れてきたのは、どうも新参の騎兵のようだ。
どうだ? ここで試してみるか? 失敗しても、新参者なら切り捨ててしまえばそれで済む」
「御意」
レスタロス侯が、窓を小さく開いて叫んだ。
「ジルベール! 構わん! その者を通せ!」
「はっ! し、しかし……」
「構わん! その農民ごと、中へ入れろ!」
「はっ! 承知いたしました!」
エイカンたちは内門の中に入り、広場を埋め尽くす重装騎兵の列の後ろに並んだ。




