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第4話 徴兵令

 その騎士に気づいたネネが、エイカンの隣で明らかに動揺していた。




「ああ、どうしましょう。お城から、騎士様がおいでになるなんて……」




 騎士は、瞬く間に近づいてきた。


 ネネ・グレイス嬢の前で馬を止め、兜を脱いだ。




「屋敷へ行ったら、馬丁に、当主は畑に出ていると聞いてな。


 騎士グレイス家当主、ネネ・グレイスはそなたか?」




「はい! わたくしにございます。


 私が、ネネ・グレイスでございます」




 ネネはふたたび両手でスカートをつまむと、優雅に膝を折った。




「騎士グレイス家当主ネネに、領主ダリオン・レスタロス侯爵からのご命令を伝える。


 一週間後、重装騎兵三騎とともに、カーレント城へ参集せよ。


 今度の敵は侮りがたい。屈強な兵を用意せよ!」




 ネネの顔から、血の気が引いた。




「そ、そんな……


 去年、父も兄たちも亡くなりました。


 もう、騎兵は……」




「騎兵を出せなければ、そのまま領地召し上げ、騎士剥奪になるだけだ。


 レスタロス侯のご命令、しかと伝えたぞ!


 この村を守りたければ、ご命令を果たすよりほかにない。


 よいな? ネネ・グレイス!」




 騎士はそう言い捨てると馬の腹を蹴り、嵐のように去っていった。




 ネネ・グレイスは呆然として、立ち尽くすことしかできなかった。


 しばらくそのまま佇んでいたネネが、突然、ハッと気がついたようにエイカンに向き直った。




「エイカン様!


 今日お目に掛かったばかりのエイカン様にこのようなことをお願いするのは心苦しいのですが、他に頼れるお方がおりません。


 どうか、グレイス家の重装騎兵として、ご出陣いただけませんか!」




「私が、ですか!?


 私に、重装騎兵になれ、と!?」




「ええ。ぜひ、お願いします!


 エイカン様しか、お願いできる方がいないのです!


 これまで、父とふたりの兄が重装騎兵として、レスタロス侯のご出陣には参陣して参りました。しかし昨年、みな亡くなってしまいまして……


 もう重装騎兵を出すことなど叶わないのです。


 しかしこのままでは、レスタロス侯の御不興を買うは必定。


 エイカン様、どうか、グレイス家をお救いいただけませんか?」




 目の前の可憐な少女に、重装騎兵として戦いに出てくれと頼まれて、エイカンは答えに詰まった。


 甲冑を身につけ、騎槍を抱えて、密集隊形で足並みをそろえて敵へと突進する重装騎兵。


 自分に、あんなことができるのか?


 


「兜も、甲冑も、槍も剣も馬も、すべて父や兄が使っていたものから、どれでもお選びください。


 馬のことなら、馬丁のゴドフリーにお聞きになれば、なんでもエイカン様のお望みのままに……」




 馬には、乗れていた気がする。


 だが、甲冑を着て戦場に出ろと言われても……




「ネネ様、申し訳ない。


 実は私は、この地方の者ではありません。異国から参った者。


 甲冑を着て馬に乗るなど、とてもとても……」




「まあ……」


 


 ネネが、がっかりして悲しそうな顔になってしまった。


 この娘をこれほど失望させた自分に腹が立つ。




「せめて、ゴドフリーに会っていただけませんか?


 父も、兄たちも、馬丁のゴドフリーの手ほどきを受けて、重装騎兵になったそうです。


 どうか、お願いです。


 ゴドフリーが無理だというなら、私も諦めます。 でも、どうかひと目だけでも……」




 エイカンはためらったが、その願いを受け入れることにした。


 困り果てている少女を、このまま放っておくわけにもいかないし、その馬丁が「無理だ」と言えば、納得するのだろう?


 それにエイカン自身、どんな目的で、どこへ向かおうとしてグレイス村にやってきたのか、まったく思い出せない状態では、今これからどうしていいのか、まったく見当がつかないのだ。




 ◇




 エイカンはネネに乞われるまま、グレイス家の門をくぐることにした。


 広大な屋敷に住まっているのは、ネネ・グレイスと、そのゴドフリーという、年老いた馬丁の二人だけだという。


 それ以外の家族や使用人は、昨年起こった大きな事件(どんな事件だったのか、ネネはあまり語りたがらなかった)で亡くなったか、生き残った数少ない者たちも、当主と跡継ぎを失ったグレイス家を見限って、みな出て行ってしまったのだと聞いた。




 ゴドフリーは、突然現れた青年を、うさんくさそうな目で見回した。




「お前さん、重装騎兵の訓練は?」




「いえ……実は、まったく定かではありませんで……」




「ふむ……


 重装騎兵として戦場に出た経験がないとすれば、その者を一週間で重装騎兵に仕立て上げるというのは……


 いくらお嬢様の頼みでも、ちと無理というものでしょうなあ……」




 ほれみたことか。


 エイカンは大きくうなずいた。


 ネネは大きく肩を落とし、今にも泣き出しそうな顔になった。


 その顔を見たゴドフリーは、慌ててエイカンに言った。




「若者さん。お前、ちょっと馬に乗ってみな」




 ゴドフリーが馬屋から一頭の馬を引き出してきた。


 言われるがままに、エイカンは馬にまたがった。


 馬上から見下ろす世界は、高く見晴らしが良くて、それは見慣れた景色のようにも思われたし、まったく初めての新鮮な景色のようにも思えた。




「ふむ……


 馬には乗れるのだな?」




 ゴドフリーが大きなため息をついて言った。




「お嬢様がそこまでおっしゃるなら、ひとつやってみますか?


 六日で、エイカン殿を立派な重装騎兵に仕立てる。


 難題ですが、やってやれないことはない……」




「本当!?」


「そ、そんなっ!!」




 ネネとエイカンが同時に叫んだ。


  


 


   ◆


 




「今、客間を作って参りますので、こちらで少々お待ちください」


 


「いやいや!


 女性お一人の家に、上がり込むわけには参りませんよ!」




 慌てたエイカンは周囲を見回した。


 門の内側に、小さな納屋が見えた。


 あの軒先を借りればいい。あそこなら表の通りからも男の姿はよく見える。


 独り身の女性の家に上がり込んだわけではない、と、村の人々にもわかるだろう。




「ネネさん。あの納屋の軒先をおかりできませんか?


 私にはあれで十分です」




「いけません!


 もう間もなく日が暮れます。


 夜は魔物の統べる刻とき。


 外でお休みになっていたら、魔物に襲われてしまいます!


 どうか、屋敷の中へ!」




 魔物? なんだそれは? と思ったエイカンの脳裏に、あの、赤い光の中で、獅子の顔をした異形の姿が浮かんだ。


 ここは、あんな奴らが跋扈する世界だっていうのか?




「ありがたいお申し出ではあります、が……」




 ゴドフリーが険しい顔をして首を振った。


 おそらく、家族に先立たれてたったひとりこの屋敷に残ったネネのことを、娘か孫のように慈しんでいるのだろう。


 ゴドフリーは、突然現れた見知らぬ青年を、はっきりと警戒していた。




 屋敷には上がるな。


 ネネ様のおそばから離れろ。




 老馬丁の目は、まるで娘の父親であるかのように、はっきりとそう言っていた。




「やはり、お屋敷に上がるのはやめましょう。


 若い女性がお一人で暮らす屋敷です。


 ネネ様の評判にかかわる」


 


「……やはりエイカン様は、何より名誉を重んじる騎士でいらっしゃるのですね」




 いや、ゴドフリーというあなたの騎士ナイトに殺されたくないだけです……


 エイカンはそう思ったが、賢明にも口にはしなかった。




「では、あの納屋に結界を張ります。


 少々お待ちください!」




 ネネは屋敷の中に入ると、ガチャガチャと色々な物を持ってふたたび現れた。燭台、水差し、壺のようなもの、そして、大きな剣。




 それらを納屋の四隅に据え付けると、ネネは何やら祈りを捧げ始めた。


  


 ガラクタがほんのり青く光を帯びて輝きだした。


 エイカンは驚いてネネを見た。


 両手を胸の前で組み、必死に何かを唱えている。


 馬丁のゴドフリーも、目を閉じて真剣な顔で祈っていた。




 やがて、ネネのつぶやきが消えて、彼女が顔を上げた。


 


「これで、大丈夫」




 ネネが向き直って言った。




「エイカン様。


 明日の朝日が昇るまで、結界からは決してお出になりませんように。


 魔物たちに襲われてしまいますので」




「気をつけます」




 ネネとゴドフリーが、おやすみなさいと言って去って行った。


 くれぐれも、結界の外には出ないように、と、ネネは最後まで繰り返していた。

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