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第11話 治癒の光


 屋敷にいたおよそすべての者が、エイカンが運び込まれた食堂に集まっていた。




「皆さん、下がって!」




「どうした⁉」


「エイカン様がっ!」


「魔物に襲われたらしい」


「息はあるのか?」


「エイカン様はなんだって外へ出たんだ?」


「ネネ様! どうかエイカン様をお助けください!」




「皆さん、お願いです! 下がってください!」




 ネネの必死の叫びに、村人たちが一歩下がり、テーブルの周りにネネが歩き回れるだけの空間が空いた。




「大丈夫だ。ネネ様が、エイカン様を助けてくださる!」


「ネネ様! お願いします!」


「ネネ様っ!」




 ネネの表情は険しい。


 エイカンの口元に頬をよせ、息があることを確かめた。


 首の左右の、魔物の爪が食い込んだ傷口の様子を幾度も確かめて、そして、ぐったりしているエイカンの頭の脇に、すっくと立った。




「みなさん……お静かに願います」




 村人たちが、一斉にうなずく。


 


 ネネが、胸の前で両手を組み合わせ、目を閉じて静かに祈り始めた。


 


 ネネの手が、徐々に青く輝き始める。




 その輝きが強くなり、やがて、青い光の球がネネの両手に宿った。




 ネネは目を開き、その光が、まるで繊細で壊れやすい薄いビードロの玉であるかのように、そっと、静かに、エイカンの首もとへと運んだ。




 光が、エイカンの傷口を癒やしていく。




 血が止まった。




 だが傷口は残ったまま。


 


 ネネは傷口に手を添えて、ふたたび祈り始めた。




 青い光。




 どれくらい時間が経っただろうか?


 


 窓の外が、白み始めていた。


 


 夜明けだ。




 エイカンの指先が、ピクリと動いた。




「ぐふっ!……」




 エイカンの体が大きく脈打ち、エイカンが意識を取り戻した。




「おお!」


「さすがネネ様!」


「神の御使いのお力よ」


「奇蹟じゃ」「エイカン様!」「お気づきですか!」


「ネネ様に感謝じゃ!」




 ネネが、静かにエイカンに語りかけた。




「エイカン様、大丈夫ですか?


 まだ、痛みますか?」




 エイカンは充血した目で、ネネを見上げた。


 少し、混乱しているようだった。




「私の力ではこれが限界です!




 みなさん、手伝ってください。


 エイカン様を教会へお連れします。


 


 教会の助祭様に、きちんと施術していただきましょう」 




 息こそ吹き返したものの、エイカンはまだぐったりしていた。




 村人たちは、エイカンが横たわる納屋の扉を大人数で持ち上げて、そのまま教会へと連れて行った。




 ◇




 教会の扉は、夜明けとともに開く。


 息せき切って駆け込むと、堂内では教会の助祭たちが、内陣や信者席をピカピカに磨き上げる朝の掃除をしているところだった。




「助祭様! 助祭様!」




「これはこれは大勢で……いったいどうなさいました?」




「魔物に襲われたんだ!


 ネネ様が青い光で治療してくれたんだが、教会へ連れて行かないとダメだって」




「ほう、ネネ様が……


 どれ。拝見しましょう……」




 教会の赤い絨毯の上に置かれた戸板。


 助祭がその上に覆いかぶさるように、エイカンの首の傷口をじっくりと見た。




「これはかなり深い傷ですな。


 魔物に、首をつかまれでもしましたかな?」




「ああ、なんでも後ろから首をつかまれて、宙吊りにされていたそうです……」




「ネネ様が魔物を一喝して、追い払ってくださったんです」




「ほう?


 あの気弱な少女がそのような……」




 助祭が、エイカンの首筋のあたりにじっくりと視線を注いだ。




「ここまでの傷で、よく首の骨が折れなかったものだ。




 この方は運がいい。




 引き受けましょう。


 ただ、この深手ふかでです。


 治療には、それなりの献金が必要になりますぞ……」




 助祭が、村人たちを見回した。




「なんだい!


 教会は、人の命がかかってるっていうのに、金の話をするのかよ!」




「ただで、とは言わねえよ。


 でもよ、この方はグレイス村の危機を救った英雄なんだ!


 なんとかしてやってくれよ」




 村人が口々に教会をなじる中、ひとりが肝心のことを聞いた。




「助祭様、いったい、どのくらいの献金が必要なのでしょう?」




「そうですね。


 実際に治療をしてみないとなんとも言えないところですが、少なくとも金貨二枚。


 場合によっては3枚必要になるかもしれませんな……」




「き、き、金貨!?」


「しかも二枚!」


「二枚でも足りねえかもしれないのか……?」


「教会はいっつも金の話しだ。


 いいもん着て、いいもん喰ってよ!」




「いえそのような。


 聖典にもあるでしょう?


 『汝望むものあらば、その対価を支払え』と。




 私たちは神にお仕えする身です。


 神がお求めになるものを、私たちの判断で取りやめるわけにはまいりません。




 どういたしますか?


 このまま、連れ帰られますか?


 それとも、献金をお約束いただけますか?」




 助祭が村人を見回すが、全員目をそらして、答えるのを避けた。


 ただ一人を除いて。




「約束しよう!」




 答えたのはウィリアム・カーター。


 エイカンが、農民兵の頭に指名していた男だ。




「私が、身の代となる。


 必ず金貨二枚、お支払いしよう」




「場合によっては三枚になるやも知れませぬが、それもご承知の上、ということでよろしいですか?」




「ああ」




「カーター! 無茶だ!」


「そんな金、どこで用意するんだ!」


「献金の約束を違えたら、魔物に取り殺されるんだぞ!」




 そう。


 ひとたび「献金する」と教会と約束を交わしたら、それは絶対の誓約となる。




 支払えればそれでよし。


 もし約束の期日までに払えなければ……その者への教会の庇護は打ち切られる。


 神の庇護なしに、魔物がはびこるこの世界の夜を生き延びることなど、できようはずがない。


 世間から、教会が敬われ、畏れられ、恨まれているゆえんだ。




「ただし期限を、次の戦までとしてほしい。


 そこで手柄を立てて、今度こそエイカン様から褒美をいただく。


 その褒美で、支払ってみせる」




「なるほど。


 その戦であなたが死んだらどうします?


 カーター家への庇護を打ち切りますが、よろしいですか?」




 カーターは一瞬ためらって、だが、決然として言い放った。




「かまわない。


 必ず、功を立てて褒美をいただくさ。


 俺は、死にはしない」




「カーター!」


「やめろ!」「無茶だ!」


「一族もろとも、魔物にやられちまうぞ!」




「ふん、お前ら。


 そうならないように、せいぜい俺と一緒に、エイカン様をお助けしろ。


 そうすれば俺の一族が助かるだけでなく、お前たちにも褒美があるだろうよ」

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