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間章 4

 1940年12月15日 時間は伏せる ベルリンホテルロイヤルスイートルーム


「名門伯爵家の次男、ケンブリッジを首席で卒業。

 ノッキングテストにおいて、ルールをいち早く見抜き、2時間でMI6の門を叩く。


 これまで、いくつもの諜報活動に従事し、国家への重要情報収集に努めてきた。

 若くして、Markより、コード(CORD)へ変遷する。

 実に優秀だ。

 非の打ちようもないだろう」


 ふむ。

 と、一旦読み終える。


 ゆっくりとそれを皿に置いた。


「つまりは、そういうことだな。

 優秀な人材を育てるためには、多くを学べる場。そして、小遣いを無制限に与えて遊ばせる場。それが必要だったと言いたいわけかな?


 いや、そう言いたいということかな?」


 ゆっくりとその経歴書に葉巻を当てながら、チャーチルは、ゆっくりと集まった室長たちをどこか嘲りのとげの含まれた言葉を出しながら、見回した。


「お言葉ですが……」


「ああ、そうだ、この5年間。彼らは、旅行をしていたのだな。

 これは、実に、いい。()()()()ではないか。


 寄せ集めれば、良いドイツ観光ガイドブックができそうだ。

 わたしも、もしこの先があるのならば、是非にドイツに訪れよう。


 君たちの優秀な部下は――私に、そう思わせてくれたよ。」

 


 色を喪う。それはこういうことを言うのだろう。わたしは、彼らに掛けられる言葉を持たないし、また、持ち得てもいない。ただ、置物のように、在るだけだ。

 

「お、おことばですが、彼らは、ヨルムンガンド計画の全貌を暴いてくれました。これは……」


「ヨルムンガンド計画……。


 ああ、それはいい計画だ。

 鉄30tとアルミニウム10t。そして搭載されている。エンジンの総出力は、12000馬力をたたき出す。


 まさにモンスターだ。


 ああ、そんなものができていたら、イギリスは負けているだろうな。」


 ああ、と安堵した表情を浮かべたが、それは違う。


「だが、それは、人を狂わせたりはしないだろう。人を天上の目としてのぞき込もうとなどしないだろう。そして、ヨルムンガンド1機あれば、1万の兵に十分な武器弾薬を与え。または、100両の戦車を強化改修できる。」


 室長は、さらに声すら亡くしたようだ。


「言わなければわからないかね?


 ドイツの総生産力を持っても、その爆撃機を100機造ることが関の山だろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 わかったのならば、帰りたまえ。」


 

 のそりと、空気が動いた。恨み言、妬み。そういう感情を押し込めて、室長たちは去っていく。


 我が所長は……おもいだしたように、ゆっくりと葉巻の煙を吐き出すと、かすかに渋面を浮かべた。


「……してやられたということか。」


「ええ。そのようです」


 背に陽光を感じる。そっと、首長の陰になるように立つ。


「良いようにしてやられた……か」



「ええ。

 そのようですね」


 静かに返すまで時間が少しかかった。




「この戦争は、どうやら負け。

 その様だな」


 入り込む朝日の中、静かに所長はおそらく最も口に出せない言葉を――口に出した。ゆっくりと息を吸う。サエズ・ロウで仕立てた最上級のスーツに微かに葉巻の灰の後が見えた。

 このグラスハントは、完全に敗北した。そして、次はない。それを知っての言葉だったのだろう。


「5年の歳月。それが、無意味に終わった。

 これでは、好きなシェークスピアを、オペラハウスで見ていた方がましだったか。


 今からでは遅いが、スイートボックスの席はとれるだろうか?」


 終わり。それは痛々しいものだ。吾の主の最後……それを見るかのようだ。


 ゆっくりと、葉巻の空気が広いはずの部屋に充満している。それは、耐えきれないほどの、自責の念と……自らを焼く。あえて言うのならば、無念とでも言えるのだろうか。それに焼かれているようであった。


「ミュールーズ。

 あれが、完全に仇になりましたね。」


 所長は、ふっと笑みを浮かべた。


「ああ、してやられた。彼は。大した役者だよ。」



 ドイツが超人戦力を使わない時には、他戦力は、超人戦力を使用しない。



 ただ一文。この一文がどれほどに重いものなのか……我々は、今思い知っている。そして、皆知っている。ドイツに超人と呼ばれる戦力など――何一つ残されていないと。

 知っているからこそ、手が出せない。分かっているからこそ。手を出すことなどできない。


 視線が退出を命じる。

 私も、自らの無力感と、拒絶感に苛まれながら、その部屋を後にすることしかできなかった。



 息を吐く。何一つできない自分に。ただ、息を吐く。


 だが、考えても、自省してみても、きっと何も変わらないだろう。だからこそこんな日は、少し足を延ばすに限る。


 ティアガルデンあたりまですこし、散策でもしてみようか。ただ、そう。なんとなく感じた。


 1940年12月16日 9:43 ベルリンホテル ロイヤルスイートルーム”ヴァルハラ”


 ゆっくりとホテルを出る。

 もっとも、自由になる時間は少ない。昼前には、先ほどの会議の総括があるはずだ。それまでには元居た場所にいた方がいい。

 そう考えれば、自然と足は速くなった。


 歩きながら、考える。

 ミュールーズ条約。第一次世界大戦において、戦勝国となったフランスが、ドイツ本土、南部フライベルクへ侵攻を行った。すでに抵抗する力もなかったドイツの国境警備隊は、フランス正規軍の圧力に用意に屈し、フライベルク近郊は火に包まれた。

 フランスには……いや、それを主導したのは、フランスの超人連盟組織である”エジット”だった。彼らは、修正を求めていた。ドイツの超人連盟組織である”ライン会議”の解体と再構築を。

 

『シオンヒルの誓約』を軽んじた超人連盟組織を根本から作り替えようと考えていた。


 ウルティマに対する侮蔑的な死を慰めるためには、対話や理性すらも、戦争の前に投げ捨てたライン会議は、彼らにとって最大の敵であった。


 ライン会議は、何も知らないまま超人たちの猛攻を受け解体され、そのまま、フランスのモグラ組織として運用されることになった。超人連盟組織という善意の組織は、当然のように悪意に弱いということを。この2000年の間繰り返されてきたことを、再度見た。

 それだけのことだった。

 

 だが、そのライン会議が戦争の糸を引いたというのは誤りで、実際には1915年当時パリ駐留軍の総司令官であったルーデンドルフが独自に行ったこと。だと、後年の研究で明らかになると、フランスの超人連盟組織は、ほんのわずかに振り上げた手を下ろした。

 眼下には、すでに壊れ切ったライン会議が転がっていた。


 それをアドルフ・ヒトラーは、完全に残骸にして過去の遺物にしてしまった。

 そして、ミュールーズ条約は改定された。


 多くが死文化し、無効化される中で、一つだけ条項で残ったものがある。

 第4条条項。通称、敵国条項だ。


『ドイツは超人戦力を使用し、他国の安全保障を脅かさない。もし、前段の条件を満たさない場合は、他国は宣戦布告なしに、ドイツに無制限の戦力を投じることを妨げない』


 この一文が、あまりに重いとげとして列強に突き刺さっている。

 列強各国が、ドイツとの戦争に及び腰なのは、この一文のせいであり、


 この一文を結ぶことで、アドルフ・ヒトラーを、究極の平和主義者とあざ笑ったツケをいま払わされ続けている。

 

 なぜならば、今勝ち続けているドイツという国には、すでに戦力と言える超人は一人として存在していないのだから。

 

 

 1940年12月16日 10:15 ティアガルデン 構成ヴィルヘルムⅡ広場


 思考は、重いが空は珍しく青く澄み渡っている。

 子供たちの声が聞こえる中、ゆっくりと歩を進める。


 その先に彼がいた。うつむいている。



 声をかけるべきか。少しだけ迷った。

 だが、おそらく昼過ぎの会議で、決定が出るだろう。


 彼は知るべきだ。




 我々は、負けたのだと。

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