資料は語る
資料部分です。
本文がいつもより長めです。
特務機関 欧州状況定例報告書(報告日時は伏す)
欧州戦線、奇々怪々。
されど、すでにドイツの優位は揺るがず。
ドイツの生み出した様々な新兵器は、絶大な効果を上げつつある。これは、先の大戦に歴史の影より現れ、戦場の主となった超人たちすらも、再び過去のものとなりつつある。
すでに、ドイツとソ連、イギリスはお互いに表立ってまたは、密約として不干渉条約を現在締結している。
ドイツは精鋭気鋭であり、その意、すでに欧州列強を黙らせるだけの力を持っている。それは、敗戦国たるフランス内部でもドイツの支配を望む声が多いことからも明らかである。
慈悲をもって統治に取り組む姿勢は、現地の外交官によって事実確認され、高い評価を得ている。
このことから、ドイツは、未来における欧州の強国となることを約束されている。
「我々は、現在独国と過去に批准している相互協定条約を、軍事同盟関係にまで磨き上げる必要がある。日独伊の三国の強固な同盟をもって、アジアにおける優位を絶対的なものにする必要がある。」 ~鳩羽国会議員 御前本会議における発言~
「皆が思っている。
勝馬に乗りたい。と。
その熱狂が政財界を包み込むのは、ある種当然であり、時間の問題だった。」 ある新聞への寄稿 その一文
「幕末の江戸と、今の大日本帝国はよく似ている。」 ~徳川 慶安が皇帝 溥儀に対して報告の時に添えた発言とされる~
1933年 オランダ 詳細な場所、日時は伏す。
その日を我々は、忘れたことなどなかった。あの、卑劣なる戦争の狐により、孤高の人となった我らの主。まるで、歓迎されるように。そして、嘲笑われるように、敵国の門をくぐった。
あまりに多くの屈辱と罵倒を受けながらも、生きて敵国の門を出た主であったが、ドイツには戻らなかった。
ドイツに、すでに主の椅子はなく、そして、忠義の士もいなかったのだ。
故に、主は、こうしてここにいることとなった。
今日は、主の元に、客人があったはずだ。
政治の場においては、我々従者たちと、主たちの生活の動線は重ならないようになっている。ゆえに、我々は、誰が来たのかを知る由もなく、主が呼び鈴を鳴らすまでの間、控室で待っていた。
ただ、控室の前の廊下は、よく磨きワックスを塗っておいた。
足音はよく響き、客人の退出を我らに知らせるだろう。
客人の足音が聞こえぬままではあったが、呼び鈴の音は強く聞こえた。
温めなおしたホットカカオと最近の主のお気に入りである塩菓子をトレーに乗せ、廊下を進む。自らの足音だけが、そこに響いた。
主は、そこにいた。湖の見えるバルコニーにいつもとは、違う方を向いて座っていた。
「お時間を取らせてしまい。お詫びのしようもありません」
「良い。すべてを、許す。」
その声を聞いてなお、しばし動けなかった。
主は、このような優しい声色のお方だった。
その声が、主の喉から発せられたのは、実に10年ぶりだろうか。
サイドテーブルに置かれていたのは、主が最近趣味としているキャメラ。森を、空を、湖を取るのが好きであられた。それが、造作もなく置かれている。
「いつも世話を掛けるな。……。」
サイドテーブルに茶器を並べる手が止まった。思わず振り返る。臣下の礼に反していると知ったのは、退出したずっと後だった。
「……。貴公らたち忠臣に護られて、今日の日まで、私は生きていた。
その間、ただ一つのことだけを希望にして、生きてきていた。
だが、その儚き希望は。今日断たれた。
だが、余は。後継を得た。」
ゆっくりと口の奥からこぼれる言葉。その言葉を、聞くためにいや、聞かないために、サイドテーブルにトレーを移す。静かに夕日が水平線へと沈もうとしていた。
「……貴公らには、苦労を掛けた。」
沈む夕日が、主の最後を見守っているようだった。そこには、すでに手計も、謀も、野心もない。一人の男がいた。静かに発した一言は、おそらく――本心であったのだろう。
「余に、できることが……」
「我々にできることは、陛下の側で、陛下が心安らぐ場所を作り続けることです。」
激情にかられ、口に出てしまった。
嗚呼、ああっ。ひどい失点だ。…………。
「すまなかったな。……よ。その忠誠をもっと早く。余が気づいていれば。
では、改めて命じよう。余の終わりまで。
皆をよくとりまとめ、余に尽くしてくれ。
余も、これからは、それにより、応えるように。
そして、報じられるようにしよう。」
私は、人生で、一度主君を変えた。
一人目は、ヴィルヘルム二世閣下。そして、二人目は、ヴィルヘルム二世閣下であった。
~D資料と呼ばれる第1級歴史資料より抜粋参照~
「ヴィルヘルム二世は、ドイツ国民党結成時にメッセージを送ったりと接近を試みていたが、ナチスが帝政復活を拒むと、自らの地位復活が難しいと知り、オランダで隠遁生活の末、失意の果てに亡くなった。」 ~ドイツ近代史~
「私は、3人の人に敬意を持っている。その一人は、現在において、最も不当なる評価を受けているものだ」 ~発言者不明。発言者は、おそらくアドルフ・ヒトラーと言われている~
ある神学モチーフに関する講義資料
諸兄らのよく知る、最後の晩餐。その表現技法には、3つのフェーズがある。
前回までの講義の復習として、まずは、これをざっくりと紐解いていくことにしよう。
第1フェーズは、紀元前からローマ帝国においてキリスト教が国教として定められる前。原初のキリスト教において、それが宗教画としての意味合いを持ち始める前までの期間。2つ目のフェーズは、その後、かの天才が、最後の晩餐をサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の食堂に描く前まで。そして3つ目は、それ以降だ。
では、先日は、第2、第3フェーズについて教鞭をとってきたが、今日は、第1フェーズについて話をしていきたいと思う。
なぜかってって顔をしているな。
第1フェーズについても同じだ、まずは現物を見てもらおう。これは、シオンヒルの最後の晩餐モデルⅤと言われる絵画だ。モチーフも、過去とほぼ同じだ。当然古い絵だ。
構図としてはすでに完成した形にある。モチーフ群も同じ形を保たれている。
ただ、皆が知る形ではないのは確かだ。
さて、この中に、後世では消えてしまったものがある。それが何かわかるか?
すばらしい。正解だ。
中央の男性の前にあったはずの聖杯が、左手側に移り、そして、右手側には黒い何かがある。
まるで、子供のいたずら書きの様だ。
この絵は正しく修復がされていないのだろう。
そう感じたものは、正直に手を挙げて欲しい。
そう、君たちの感性は正しい。現在を芸術に生きるものとして、ブラッシュアップされた感性を持っている。だが、この物体は……ああ、正式名称を言おう。
聖杯Xだ。
この異形の物体は、この時期の全ての最後の晩餐モチーフの絵に登場する。
そして、まるで図ったように、それが座する場所。大きさ。色合い。そのすべてが同じである。時として、画材に砂金を練り込んであることもあることから、これは、重要なものであったことは確かなようだ。
さて、この聖杯Xだが、これについて言及した文献は現時点では存在していない。そして、この聖杯X自体も、3世紀に、ローマ帝国がキリスト教を国教とした。その後には、一切の宗教画からその姿を消している。
ずいぶんとロマンがある話をしてしまった。
さて、本題に移ろう。
今日の講義は、宗教画の変遷について思考実験を行う。まずは、前回の宿題について確認を始めよう。
「ゆえに、私は。貴君に戦いを挑む。
いや、貴君の教えを歪めるすべてのものに黄金と鉄と炎をもって、戦いを挑もう。
その炎は、やがて、あの終焉に呑み込まれた終末が行ったように世界を焼くだろう。
それが、始まりなのだ」 発言者不明
1940年10月25日 中島飛行機研究室 明確な場所と時間は伏す
ドイツの提案した日本による、アメリカへの陽動作戦参加。その見返りとして、かねてより、大日本帝国が求めていたロケットに関する技術者たちが、極秘裏に訪日し、日本の技術者たちの指導に当たった。
得られた知見は素晴らしく、また、有効に使わないといけないものだった。
そう、それが、最新のものではなかったとしても。
与えられたそれは、十分に日本の現在の技術を超えていたものの、必要とする能力を備えているとは思えないものだった。
日本は、主要な列強の中でも、超人の保有率が極めて低いことが内々で知られている。
ゆえに、欧州で主要な戦術となっていたランドドレッドノート戦術を日本で行うことはできなかった。
1932年に結ばれたドイツとの平穏な相互協定条約は、今年に入り軍事的相互条約へと変わり、ドイツと日本の関係は変化した。
だからというのも理由がわかる話ではあった。
「よう、考え込んでいるな」
「あ、葦谷博士。お疲れ様です。統合作戦本部での話し合いはどうでしたか?」
そう考えこんでいると、不意に頬に冷たいものが当てられた。キンキンに冷やしたサイダーの瓶だった。
「煮詰まっているな。少し冷やした方がいいぞ」
「はい。ありがとうございます。いただきます」
ははっと笑うと、その人は、封を解いた。中には、氷嚢袋と水まんじゅうが入っていた。
「皆にふるまわれたからな、持って帰ってきた。ついでに、桜花の様子も見たかったからな」
「はい、順調です。ドイツには、言いたいこともありますが、それでも優秀ですよ」
噴出型桜花。
海軍で進められていた超高速攻撃機計画の一端を担う機体。
ロケットエンジンを搭載したその機体は、現在のプロペラ機並びに最新鋭の過給機を搭載したプロペラ機をもはるかに超える最大速度を得ることができる。その上層速度は、10000mにわずか3分で到達し、その後も順調に上昇できると試算できるほどのものだった。
「そうか。だが、我々が持ちうる現在の技術では、制御が難しいのが難点だな」
「はい。その課題さえ超えられれば。この機体が実戦配備され、大戦果を挙げることができるはずなのですが」
葦谷博士は、少し微笑んだ。
「今日、作戦司令本部にて、私の研究が認められた」
「え、あの光波導研究がですか?お、おめでとうございます。」
葦谷博士は、超人の力の源を探る研究をずっと行っていた。その際に、不思議なほどに、日本人にはその超人の因子が多量に含まれていることに気が付いたのだ。その因子は光の要素を持っていて、そうでありながらその場にさざ波のように留まる性質を持っていることから、光波導と命名された。それを効率的に利用する方法。やがて、葦谷博士は、その技法を確立させた。
最も、当初は、物笑いの種だったらしいが。
「この桜花には、それを組み込んだものとする予定だ。これは、歴史を変えるぞ」
葦谷博士の今までの苦難の道を考えると、それは、正に朗報であった。
「ところで、その機関の名前は、もう決めているのですか?」
「ああ、もう決めている。光波導増幅炉だ。その機関を完全にするための、呪的増幅装置もすでに考案してある。
ああ、早く見てみたいものだ。
この光がこの帝国の未来を照らす様をな。」
そう言いながら、葦谷博士の表情は暗かった。この機体は、おそらく、日本の空を飛ぶことはないだろう。
だが、祈る。この機体がいずれ葦谷博士の願いを叶えますように。
1931年 1月22日 3:22 ヤルヌ地方 ブレッシュ=ヤルヌ小要塞群
マジノ線が引かれているヤルヌにおいて、その急所とされた場所が、このアルデンヌの森近辺になる。
高地にあるフェロモン要塞はじめとしたマジノ線の集中火力が機能しにくいその場所は。
ランドドレッドノート戦術によって構築された生きる火力の要塞となっていた。
両岸に大戦艦である、サン=ルイに匹敵するとまで言わしめた移動する火砲を備えた真のランドドレッドノート級超人を備え、また、地中深くに設置した電話網にて、相互の連絡も完璧。ここは陣地の強靭さではなく、相互の連携と集中により侵入者の地獄を作り出す。まさに地獄のような要塞群だった。
「で、その要塞群がなぜこうも簡単に、突破されることになったのだ」
尋問の声は冷たい。敵前逃亡よりも。
「……。」
思わず、口を閉ざした。信じてもらえるはずなどあろうはずもない。
「敵前逃亡の罪ならば、きちんと」
「質問に対する、答えをを変えようとするな。
私たちが知りたいのは、一つだ。お前は、何を見た」
冷たい空気……。
息を吸うことが、こんなにしんどいことだったのだと気づかされるほどに。
「兵長。君を責めているわけではない。
語りたまえ。
見たものを。聞こえたものを。そのままに。」
息を吸うことができた。そして、つばを飲み込む。
「その翌日は非番でした。警邏任務が終了したので、私物のワインとチーズとパンをもって、お気に入りの場所に移動したのです。
暗闇でしたが、為れたもので、ほんの30分ほどで標高40mほど上がりました。
任務の終了が、2時ちょうどだったので、そこから準備、移動でたどり着いたのは、3時くらいと推測されます。その日は、満月でした。」
その場所は、実にお気に入りの場所だった。少しだけ高みに上るだけで、こんなにも人の営みを見下ろせるものだと気づいた。あせあくと動く同僚たちと重そうな装備を持ち歩く超人たち。それを見下ろしながら飲むワインの味はまたいつもと違い格別なものだった。
酔うには程遠い量。緊急招集に耐えられるだけのラインを。よくわかっていた。
ちびりと飲むと、喉の奥に得も知れない感動が広がった。それは、ワインの味だけではない。きっと、今日1日の任務から解放されたという気持ちからでもあるだろう。
すっと、コップにしていたスキットルの蓋を何気なく満月に掲げて乾杯した。
そして、手を下ろした。
そして、見た。
「いたんだ。3人。月を背に立っていた。おそらく、女。
だが、その出で立ちは、まるで天使の様だった。だが、俺が感じたのは、怖気だ。
その瞬間だった。
3人が、大槍を掲げるのが見えたんだ。
月の光のような黄金の光が、その大槍に集まって。
集まったそれが……それが……」
大地を割き、要塞群を沈黙させた。同時になだれ込んだドイツ軍は残敵の掃討を始めた。
それを男は、特等席で見てしまったのだ。一度堰を切ってしまえば、男の話は止まらなかった。
戯言と言ってしまうのは簡単であっただろう。
「淦色の黄金。そいつらは、そのひ……光だ。ああ、きれいで――」
不意にけいれんを始める。室内に突入したがすでに手遅れだった。
男はこと切れていた。その胸に今までなかった、大きな風穴を開けながら。
「不用意には、言わないことだ。」 発言者不明




