フランス篇 前章6
初めに打たれたのは、ロラだった。本名は知らない。
ただ、社交的な娘で、いろんな情報を持ってきては、私に話してくれていた。
「好きな人ができたんです……もし今日。戦争が終わったのなら――その人と一緒になれたらいい
……初めてそんな人ができた。できるなんて思ってなかったのに。
私なんかが、護られていいんですか。
神に幸せになりました。
私は……私を守って、一緒にいてくれると約束した彼と、どうなろうと、供に居たいのです。
だから、神よ。お許しください。
次のミサでは、そう言いたいと思います。
……ここでやめたらダメだってわかっているんです。でも、ここでやめないと、失う。それがわかっているんです。だから、これが最後です。この戦いの後、私は、皆の仲間を抜けます。
なんだか、これじゃ、好きになったらいけないみたいですね。でも、最後まではやり遂げますよ。
私は強いですよ。ジャンヌダルク。あなたには及ばなくても。数段は強いです。
ウルティマの盟約により、フランスに光あれ!」
そう言いながら、私に、涙ながらに告白してくれた彼女。
護れなかった。
私の脇腹を貫いた弾が、その質量をもって。彼女の祈りも、願いも、そして、確実に当たらえられるはずだった未来も――変えていく。
パリのように。今のパリのように、無機質で無意味なものに。
苦しい。そう思いながらも、ジョッペルの銃身にしがみついた。
その苦し紛れの行動を、反撃と感じて驚いた。
そう思ってくれれば。そう、思ってくれれば、皆が……皆を守れる。そう思った行動だった。ただ、ジョッペル……後継者の見せた表情は、唯々、悲嘆と絶望に包まれていた。
「ジャンヌ・ダルク。
お前もか!!」
熱を感じた。振り払われたてが、私の抵抗の全てを奪い去った。直後に響いた銃声。それは、……右太ももを打ち抜いていた。――こんななりになっても、戦うことを忘れていないなんて……。
なぜ……。ジョルヌは、まだ来て数か月の新兵だった。それでも、フランス他の為に立ち上がろうとしてくれた。あなたに見せたかった希望が……目の前で物言わぬ者へとかわる。
なぜ……。ジャーシャは、かつて、あなたと関係にあった。過去。ただライバルに負けただけ。身を引くことが、合理的よ。笑いながらも、彼女は、35を超えた彼女は、あなたのことをただ一途に思い続けていた。……初撃こそ防いだものの、思わず、呼びかけた瞬間、打ち抜かれる。物言わぬ死体となる。
なぜ……。レジスタンスたちに銃を向ける。
貴方は、かつて子供たちの様だ。そういう言葉をかけた中だったじゃないか。
伸ばした手は、打ち払われ、ボールのように蹴られた私。地を這い、ただただに身悶える。
なぜ……。
ウルティマの後継者は、かつてのウルティマがそうだったように、淦色の黄金を身にまといながら、次々に、仲間たちに、かつての仲間も、今の仲間も厭わないように、銃声を浴びせていく。
「なぜ!なぜなんだ!!」
「偶像が、それを語るか」
すでに動けないと、高をくくっているのだろう。グリッと眉間に突き立てられる銃口。逃げることも、隠れることもできない。
事実よりも、それはあまりに……わかりすぎていた位に。
当たり前のように心にしみわたってくる。
そう、それでもいい。彼を受け入れて
声が聞こえる。甘い言が。荒い息が、杯から洩れるのを感じる。
そうすれば、楽になるのかい?
わたしが、このまま撃たれれば。
すべて終わるのかい?
ええ、この世界で。私たちは。続きを生きていける。
そうかい。それは、よかった。
――理解してくれて、ありがとう。
じゃあ、抵抗する。文句はないね。
すっと、首を鎮め、一瞬浮いた銃口目掛け、頭突きをする。驚いたように、銃口が左にずれる。右に回避数rと、かすかに遅れて銃性が鼓膜を討つ。
外れたと驚いた顔。それが、苦痛に染まる。今さらに気が付いていたらしい。
半肩起こした姿で、手首にかみつく。
血が噴き出す。それを厭わずに、顎に力を籠める。
悲鳴が強くなる。
5、6。――8。9……。
痙攣する人差し指は、トリガーを引くことを止められない。視線に銃の特徴を焼き付ける。見慣れた銃だ。装填数はおそらく10発くらい。
こめかみに痛み。ああ、もう少しだったのに、顎から力が微かに抜けてしまう。たやすく振り払われると、体は地に臥す。今さらに、痛みがぶり返してくる。
ああ。痛い。
それでも、視線は離さない。「くそアマ」とか、「くそ野郎」とか、「くそ老聖女野郎」とか。私に対する罵倒が耳を打った。だが、今は無視しよう。
お前はなんだ。お前は……なんなんだ。
全身がいたい。立ち上がるつもりだったが、せいぜい上半身を起こすのがやっとだった。
その瞬間、右肩に熱量。
――!――――!
悲鳴にも似たジャンヌダルクの声。ああ、あんたが、そんな声を上げるのは……あの時以来か。
「次は、外さねえ。ジャンヌダルク。お前の大仰な伝説は、これで終わりだ」
「ああ、そうかい。じゃあ、お前さんの伝説も終わりだ。裏切者。それは、お前だったんだな」
私たちの今のリーダー。
パリジャン。
女たらしのいけ好かない、いやな奴だ。それでも、その腕前は、確かだ。
でも、その正体に不満があった。だから、本物のリーダーが私たちには必要だった。
そして――そして、私たちの求めていた本当のリーダーは、すでに堕ちていた。パリのレジスタンスを壊滅させたのはこいつだろう。東地区のロマも、南地区のミラージュもこいつが殺したそれに、間違いはないだろう。
そして、私は、こいつに殺される。
「ぬかせ!俺が、このパリを救うんだ!裏切る奴なんかにな。簡単に内情を教えるような奴に。レジスタンスをやらせるわけないだろうが!」
ああ、ああ。こいつは、自分に酔っている。酔いすぎている。お前は。お前の考えは……。
「そうか、残念だ。人違いだったよう」
「ああ?」
そして、わたしは……。とことん運がない。
「志願兵と思ったけど。どうやら、観光客だったみたいね。
パリは初めてのお方かしら?
パリにはいいところがたくさんありますわ。まずは、どこから案内いたしましょうか?」
「じゃ、ジャンヌダルク!俺を馬鹿にするな!!」
あなたは、そうではなかった。
これは、あなたが言った言葉だ。緊張する私に、パリにはいいところがたくさんある。
エッフェル塔は見たか?セーヌの流れは?エトワールは?ルーブル美術館と、凱旋門は?君はそれを知らないだけだ。
好きになれ、もっと好きになれ。そうすれば、強くなれる。
まずは、案内しよう。パリにはいいところがたくさんある。
まずは、どこから案内しようか?
君が護りたい場所がきっとあるはずだ。
ようこそ、パリレジスタンスへ。
貴方を歓迎しよう。
貴方が言った言葉だ。おびえるしかなかった私に、光をくれた言葉だ。その言葉すらも、あなたは否定するのか?
ならば、我らは……我らは。なぜここまで来たのか?
立ち上がろうとした。だが無理だった。再び銃が付けつけられる。
「10発じゃない。12発だ。」
あと、3発は残っている。
ああ、最悪。
「弱虫ウルティマ。エジットの塵溜。汚点。お前は、その弱さだけを……ぐぅう」
左手の二の腕。銃疵ができる。
「口を慎め。お前の生死与奪は、俺の手にあるんだぞ。裏切者」
「だったら、さっさと殺した方がいいじゃない?」
強がりをと思ったのか、銃口を下げると、もう一発。ああ。
痛い。
痛いけど、迷う必要なんてある?
すでに私は満身創痍だ。動くこともできない。急所に打ち込めば、さすがに死ぬと思う。
でも、ジョッペルは、ウルティマの後継者は、何かを迷っている。
私には、それがなぜなのかがわからない。
いたぶるのはもうやめたのか、照準がさだまった。
その瞬間、遠くの銃声が耳朶を打った。
ウルティマの後継者の手から、はじかれたように銃が滑り落ちる。思わずして二人の視線がその銃声の袂へと吸い込まれる。
そこにいたのは、あのドイツ兵だった。手には、ここ最近飽きるほど見た制式拳銃。部下に指示を出すと、私の前で呆然としているウルティマの後継者をライフルの銃艇で打つと、地に臥せさせる。
そのドイツ兵は、銃をホルスターにしまうと、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
唯の一歩ドイツ兵が進むだけで、場の空気が凍てついていくのが分かる。
――――!――――!
いつもは気になるその声も、それよりも、この場所にドイツ兵がいること自体が、疑問だった。
「ああ。すまない。すまないな。
少しいろいろとあって。遅くなってしまったようだ。
さて、私は、親せきであり、家族でもある。その客人をもてなす様に。歓迎するように。と。そう言った。
この状況はなんだ?」
いったい何のことだ?いったい何を言っている?
視線がウルティマの後継者を捕らえる。明らかにおびえていた。
「レジスタンスを、排除しろと言ってはいない。
家族に近しいものをもてなせと言ったのだ。
もてなせ。
排除しろ。
もてなせ。
排除しろ。
……子供でも分かるような言葉の違いではないか?
ああ、なるほど、レジスタンスの道義では、銃口を相手に向けることがもてなすということだったのか。
ああ、失礼。パリのフランス人は、家族を大事にするという。動物ですらわかるようなことを理解できないと観える。
パリは花の都。時代の先端。
そう思ってはいたのだが、実に嘆かわしい。私の思い違いだったようだ。」
ドイツ兵が、部下に指示を出すとウルティマの後継者は抵抗できないように両手両足を固められながら、引きずり起される。ドイツ兵が懐から何かを取り出す。錆びた釘だ。
それを思いっきり、ウルティマの後継者わき腹に突き刺した。あまりの激痛にウルティマの後継者は、悲鳴を上げる。
「私は、お前がこの支配を受け入れることができる。許せるといったから、生かしたのだ。
過去はどうで、我々を許容することができる。
そう言ったから。生かしたのだ。お前が、誇りにかけて許せないのならば、そういえばよかった。」
おそらく、肝臓にくぎが達したのだろう。ドイツ兵の手がグリッと動くのを確かに見た。その瞬間、ウルティマの後継者は、口から唾を流しながら、まるでそれにおぼれるように天を仰ぎ鼻で荒く息をする。そこから洩れる音は、まるで、豚の鳴き声のようにも聞こえた。
「こんな豚のような悲鳴など上げる必要はなかったのに。だが、いい経験をしたな。長い生の中で、豚の様な悲鳴を上げる経験などなかなかできることではないぞ」




