序章 ミーミル 2
扉の奥に広がるのは暗黒。その中に確かに何かがあるのを感じる。人間のものとは違う。おそらくは化け物。その息遣いが聞こえてくる。
そう錯覚したのは仕方がないことだ。
本能がその先に踏み込むことを躊躇させる。それは、至極当然のこと。
「私が行こう。17番。電気修理の経験は?」
「ええ。あります。元の職場で、ヒューズ関係の技術を身に着けていました。」
上出来だよと言葉にせずほほ笑む。やはりこんな局面で、怖れを知ってるやつの力は強い。
おそらく、この先にあるのは、神秘だ。
それが、言葉を発せず、身じろぎ1つすらせずに、そこにある。
いつもなら、大の男が情けないと口にするところだが、そんなことを言っている暇もないし、そうなる理由もよくわかる。電源のカバーを外し、後を任せる。その間に、暗闇に光を投げる。
伏兵でもいれば撃たれるだろうが、その気配はなかった。だから、こそ、そこに正体不明の何かがあるのを感じることも、それを見ることもできた。
「……復旧しました。電源入れます」
その言葉に意を決するのに、少しためらうほどの時間があった。
頷く。
レバーが持ち上げられると、独特の音が聞こえ、発電機に熱が入ったことを知らせる。
カチッ、カチッ、カチッ、……。
スイッチが入るたびに、その格納庫が息を吹き返していく。
「これは、なんなのだ」
それは、あまりに巨大で、精巧だった。それは、あまりに神々しく、威圧的であった。ここに在ったすべてのものの直観がすべてを告げている。これは、危険なものだ。と。
「翼幅985フィート(300m)近く。こんな巨大なもの見たことがない。」
19番が声を上げた。かつて、測量士をやっていた経験がこんなところで生きるなど考えていなかっただろう。目測で、その大きさを判別したのだ。
「ヨルムンガンドか?」
声に出すと震えが激しくなった。ナチスの画策している高高度爆撃機。現在アメリカで主力となっているBー23を上回る性能と言われている。
「いや、その線は薄い。これだけの巨体を飛ばすことになると、補給に大きな支障が出る。だが、」
16番の言葉に、うなづく。そう、今私たちを猊下するそれは、爆撃機の形状は著しく違うものだだった。異形ともいえるそれ。その正体は、意外なところで判明した。
その部屋の脇にあった机。うずたかく書類が積み上げられている。
そこには、こう記されていた。
「ミーミル Ⅵ」と。
これこそが、皆の求めていた切欠であった。それに気が付くことなく、私たちは、その夜起きた事実と主観を交えた報告書を作り上げると、イタリアのスパイ野郎のパリジェン司令官を通じて報告。事態を重く見た、イギリス、アメリカ、イタリアの反ドイツ派閥は、即座に潜伏させていた工作員で、そのミーミルを解体。何人かは解体時に発狂に近い症状を患ったが、バチカンの審問官たちの尽力により何とか正気を取り持った。
3日をかからずに、状況は終わり。すでに残骸と化したミーミルは、その真価を問われるために、各種の研究機関に引き渡された。
私たちの時は、3ページほどの簡易な報告書だったそれは、そのころには、20ページを超えるものになった。
ありとあらえる頭脳が集められて、ありとあらえる手段でそれを明らかにしようとした。
ほんの2週間。その間に報告書は、500ページを超える厚さになっていた。
そして、大勢を変える力を持つ、2国のトップ、ルーズベルトとチャーチルの手に渡るころには、その報告書のページ数は、10,000ページを超えるものになっていた。
要約が各トップの手に、側近より渡される。
ミーミル
1か月後には、その名が、これからの第二次世界大戦を見据えた。戦略のトップに躍り出たのだった。
一頻り、ミーミルの発見に沸く格納庫を後にした私は、一路、司令官室に足を向けていた。
ドアを開ける。現場の保全をしていた20番が敬礼をした。
返例をして、部屋の中を見回す。違和感。
正体に気が付く。
応接室の椅子。そこに、麦の穂の天秤のマークのサインカードが落ちている。そして、コーヒーが少し減って冷めている。おそらく、もう一人は、ここにいたのだろう。そして、何食わぬ顔をして、ここから出ていった。
20番を責めることなどできようはずもない。
サインカードを裏返す。
そこに書かれていた文字に驚き、反射手に手を閉じたくなるのをあえて止める。
「あなた方も、我々と想いは同じはずです。
わが主、アドルフヒトラーがそれを成します。
ジャンヌ・ダルク。
A・H・Sより」
あまりの驚愕。思わず声が出そうになる。それをぐっとこらえると、そっとカードを懐にしまい込み、大きく息を吐く。
我々は、お前とは違う。そう言いたい気持ちが。そう思いたい心が悲鳴を上げた。
ただ、拒絶の悲鳴を。




