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フランス篇 前章2

涙さえも枯れるとは……こういうことか。


 こういうことを言うのか。



 ああ、パリは死んだ。いや、焼き尽くされた。



 ここは、パリではなく、パリをよく似せて創った街。


 そのものだ。



 一度、漂白した真っ白いキャンバスに、それぞれが。それぞれの想いと考えをもって。そのあったはずの街を掻こうとしたのならば……こうもなるだろう。



 パリは焼き尽くされた。


 真っ白に。


 なにも、思い出せないほどに。



「こ、これが、パリ――」


 悲痛な声が、鼓膜を打った。


 誰かが膝から砕ける音を立てて、石畳に屈した。嗚咽が遠く聞こえた。それを、ナチスは止めようとはしない。

 まるで、現実を受け止めろと言わんばかりに。

 現実からは逃げられないと言わんばかりに。


 私たちは――漂白されたパリにいる。

 雑踏も、騒音も、文化も、歴史も、――ましてや生活すら感じ得ない。

 パリに私たちは……在る。


 何も知らぬ赤子のように……ただ、在る。


 陽が昇る。漂白された街を照らす様に、陽が昇り始める。空の白ばみは、眠っていたものを呼び覚ます。

 ひゅぉっぉぉぉぉ~。ひゅおぉぉぉ~。

 凍り付いた面々に不吉な音が、覆いかぶさる。思わず、耳をふさぐもの。神よ、我らを救いたまえと祈るもの。正体にいち早く気づき絶望するもの――。反応は多様だ。


 私は――。

 私は……。


 単純な言葉では足りない。何かを思った。怒りでも。哀しみでも。ましてや、喜びなどではない。でも、何か。何か。特別な感情あったのは。解っている。でも、説明なんてできない。


 生を受けて、すでに50年近くたち。ジャンヌダルクになってからは、20年は経過している。だから、安易に言葉になど出すわけにはいかない。それは、皆の不安につながってしまう。



 わかっている。これは、言い訳だ。……。



 私は。嬉しかった。



 初代が思い描いたことが、現実に一歩近づいたのだ。




 そう思いたかった。


 でも、怖かった。



 今ならばわかる。ジャンヌダルクの想いを知った後ならば。

 その感情の正体が何であったのか。そして、私がとるべき道を。



 壊された道を歩く。砲撃によりめくりあがった石畳を、倒壊した建物を。その中には、知りうるものも多かった。知っていないといけないものも多かった。だから、見ないふりをした。見えない方が幸せであったから。


 昏い道に陽が昇る。


 陽は昇る。我らは、堕ち行く。



 あの声は、エッフェル塔の断末魔であったのか、それとも、存在を示す声だったのか。それすらもわからぬまま。朝の日の差すような光。その白き光に、気が付いたおびえた人の群れが顔を上げ。


 真に声もなく、ただ、


 絶望した。



 パリは焼き尽くされた。

 白く、白く、白く。



 沈黙()に耐えきれず、思わず、目を伏せる。

 心の中の歓喜は、その声を上げることなくただ沈黙を貫いた。それだけが唯一。私が我慢できたことだ。

 この場で、皆と同じように、嘆き苦しむ。

 それができた。

 

 それを、誇りに思いたい。


 私は、だからこそ、最後に間違えずに済んだ。


 白き朝日が無慈悲に地平より上がった太陽が、すべてを照らす。そこには、パリはなかった。ノートルダムもパンテオンもそこにはなく、エトワールは、その巨躯を無残な石の塊としながら崩れ堕ち、そして、エッフェル塔は、その墓標のように切り刻まれ、ただ置かれていた。


 そこにあったのは、どこまでも平らで、どこまでも無表情になった都市の姿だ。

 嘆きの声の中。絶望の叫びの中。私はゆっくりと歩き始めた。


 ゆっくりと、それでも、確かな足取りで。

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