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フランス篇 前章1

 1939年10月22日 5:23


 1939年1月。ドイツとの戦術的な敗北が必然となったフランス政府は、ひそかに特使を通じてナチス上層部との停戦交渉を開始した。だが、交渉は難航。すでにヤルヌを抜かれたドイツ軍の猛攻撃に、パリに敷いた防衛線は、すべて破壊され、そのまま、パリは抵抗らしい抵抗もできず陥落。

 そこで、ドイツは、立ち止まらずにヴェルサイユ攻略に乗り出す。


 この電撃的な攻撃作戦に、逃走の手段を封じられたフランス政府要人は、次々とナチスの手に堕ちた。

 そして、もっとも、厳重に守られた一人がその手に堕ちた時。


 フランスの敗北は決定づけられたものになった。



 鎧戸に閉ざされた車内は昏い。

 車両酔いしたものが口からこぼしたものと、股からこぼしたものが交じり合い、昏い車両は悪臭に満ちていた。そんな中、車両が大きな力で制御されるのを感じる。


 着いたのだ。懐かしいあの場所へ。


 列車が止まる。



 そして、覚悟を決めないといけないパリに。



 パリ駅舎の状態はひどいものだった。かつて、ステンドグラスから入る陽が到着した客人たちを照らし、床面は、最高級の磨かれた大理石によって整えられたパリの駅舎。それは過去の産物となり、すっかりと趣を変えて、コンクリートでできた天井と小さな明り取り用の窓、そして、コンクリートうちの床面を備えた駅舎が私たちを迎え入れていた。事務的な入国改札。そして降りてきた客を観察するドイツ兵。


 我々は、負けたのだと改めて実感する。

 だが、それで終わらさないのが、フランスの独立独歩の精神だ。パリのレジスタンスたちは、この瞬間も、きっとこの身知らずたちから、美しきパリを取り戻すための闘いをする。そのための準備をしていることだろう。


 パリには、ウルティマの遺した精神がある。そして、その精神を体現するのが自らの自立し、猛然と反抗する精神だ。パリよ。一つであれ!

 

 ふと、第一次世界大戦中、ドイツ占領下のパリのカタコンベで皆と共に気勢を上げた時のことを思い出す。

 ウルティマ野郎が、女とみれば手を伸ばす、どんなに下種超人野郎でも。腕力以外の何も持たない、どんなに無能超人野郎だとしても。

 侵略者たるドイツから、パリ市民を守り、そして自らも散った。

 まさに英雄だ。英雄が死したのならば。その遺志を継ぐのは必然。ウルティマの遺した精神を引き継ぎ、占領軍を気取っているドイツ帝国をこの地より完全に。駆逐する。


 そう考えられ、担ぎ上げられるのは仕方のないことだ。


 税関の列は長い。だが、いよいよ私の番がくる。税関の職員は、意外に若い職員だった。だが、感じる。強烈な違和感を。


「マリーデ・ヴィ・シャル。間違いないですか。」


「ええ、間違いないです」


 じっとこちらを見る視線。その瞬き一つしない視線がこちらを根定めするように見ている。


「滞在目的を」


「パリ北東部の親せきを訪ねます。なかなか手紙が届かないので。安否が心配なので」


「ええ、よくわかっています。家族の安否の確認。

 それは、大事なことですよね。

 私にも、よくわかりますよ」


 変に同情的な発言だったが、あえて、それ以上は気にしないことにした。


「ああ、少しすいません、いくつか確認をとらせてもらいます。過去に、レジスタンス活動に参加されたもことはありませんか?」


 はっと、内心息をのんだ。動揺が出ないように、表情を崩さないように努める。


「ええと、私は、第一次世界大戦時には、早々にニースに疎開していましたので、レジスタンス活動について知ったのは、その戦後になります」


「ええ。結構。そう答えると思っていました。まあ、自分はレジスタンスですと、答えるものはいないですからね。10人にこの質問をしましたが、皆、そう答えましたよ」


 ぞっとした感触と、違和感は強くなる。10人?なぜ?この列車には、確かに10人レジスタンスの構成員が乗っていたが、それに、皆聞いたのか?どうやって。

 そのドイツ兵が浮かべている笑みは温和だった。まるで、怖がるなとでも言うように。


「ああ、気にしないでください。我々が望むのは、この戦争の後の秩序が素晴らしいものになることだけです。きっと、あなたの祖先もそうだったのではないですか?

 皆、素晴らしい未来を信じて闘い、殺しあう。それが、真実でしょう。

 その為に掲げられる旗が、オリフラムであれ、ナチスの鍵十字であれ、相違はありません。

 我々とあなた方に、すでに思想の溝はないのです。

 貴方たちが、未来をつかみ取ることを、我らの父も望んでおります。」


 淡々と、書類にサインをしながら、ドイツ兵は、私にしか聞こえないように囁く。だが、ふせた顔があげられるとき、そこにあったのは、少し童顔の人懐っこい顔だった。


「ドイツ占領下のフランス。パリへようこそ。滞在時間は、3日間です。時間までに、ここにお戻りください。」


 ええ、と言って、書類を受け取る。確かに入国許可証だ。

 指し示す先は、重厚な扉。


 その先が、どんなに残酷でも。私たちは立ち止まらない。

 そのつもりだ。


 そう、そのつもりだった。


 扉が開いた。

 その瞬間に理解した。


 パリは破壊されつくされて、凌辱されつくされた。

 あの息も絶え絶えに帰ってきた偵察兵の言葉が、まだ優しい表現であったことを。

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