間章 2
ゆっくりと書籍より視線を上げた。
あの時は、陽が落ちた直後と感じていたが、すでに、東の空は白ばみ始め、やがて、陽が昇るのであろう。そっと通信記録に目を向ける。
各国のミーミルが、情報を送ってきている。アメリカ、フランス、イギリス、ソビエト連邦東部、西部。他の地域も順調に集まっている。
だが、いつもの通り、あの地域だけは、それがなかった。
「同盟国だというのにな……全く。貴君らは、そういうところが抜けているというのだぞ」
極東はぽっかりと開いた情報の空白地帯。
もっとも、それが重要なことだとは思っていない。
「そろそろか。」
1940年この年に大きく戦局は動くことになるだろう。第一次世界大戦の英霊たちが無駄死になどではなかったこのと証。そして、我らの帰還の礼砲が高く打ち鳴らされる。その時が楽しみで仕方がない。
我らと、彼らの願いが、彼によってかなう。その瞬間がまもなく訪れようとしている。
「楽しみだ。」
今は、少しだけ、この睡魔に身をゆだねるのもいいだろう。椅子の背が私を支えるのを感じながら、目を閉じた。
1940年4月30日 未明 黄金はベルリンで――見え始めた未来を想う
1940年4月29日 21:22 ベルリン近郊 エイル養老院
老人は、静かに空を見上げていた。こんな月の日に思い出すのは、あの日のこと。
こんな夜だった。静かに戦争を終わらせる議論をしていたところに雑多な靴音を響かせながら、狼藉者たちが入ってきた。
月明りの中、わざわざ行軍してきたのかと考えると、「愚か」の一言で済む問題だった。しかし、彼らが望んだのは、自らがその終わらせる役割を担い、自らが頭になる。当事者に銃を突きつけ、この戦争を、自らが指揮をするという。権力の簒奪を目論む傲慢さ。そして、あまりにも浅ましく、あまりにも……身勝手な行為であった。
月よ。真なる月よ。
私の想いが分かるだろうか。
結果として、我らは追われた。皇帝陛下は、この世のあらえるものから嘲笑と冷笑の的となった。
彼らは、結果として失敗した。
これは、……スポーツではない。交渉も、折衝も、スポーツではない。彼らは、狩りと戦争を間違えた。死んだ獲物は反論しないが、人間は――当たり前のように、弱みに付け込むし、相手が弱っているのならば、喜んで交渉のテーブルに着くだろう。相手の全てを貪り食うために。
人間を信用してはいけない。
人間とは、そういうものだ。
彼らは、その人間をウサギか鴨のように思っていたのだろう。だから、背負ってきた獲物は、ハンティングライフルだった。我らドイツは、敗戦一歩手前であった。故に軍の規律など問いようもない。手に入れようと思えば、軍用のリボルバーやライフルも彼らの手に入ったであろうに。
まさかのハンディングライフル。
こちらを獲物と思っていたのだろう。だが、それは、未来に、彼らに与えられる称号となった。
思索を終えて、月を見る。いずれ、私も。皇帝陛下や戦友たちが待つ、場所へ。ギョッラルブルーを渡り。やがて、たどり着くだろう。彼らと再会できたのならば。私は初めて自由になることができる。そう思っている。
だからこそだ、生きている間は、少しでも楽しむつもりだ。英国海軍の彼。彼との交換文書は、こんな老いたる心でも待ち遠しく、次の手紙が楽しみな限りだ。
さて、今回の指し手で天秤は何処かに転ぶのか。それが楽しみだ。




