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アメリカ篇 前章5

 1940年4月5日 17:22 ワシントンDC

 

「ずいぶんと強く脅すじゃないか。今頃、彼らは大変かもしれないぞ」


 高級住宅街の一角。今回の為に用意された部屋。すでに、複雑な数式で埋め尽くされた床はその模様すら知る由もないほどに足の踏み場もないほどに散らかり切っている。アルベルトの報告を聞きながら、数式に没頭するノイマンと対照的に、ソーは棚に入っていた1919年のアイリッシュブランデーの口を開き、豪快に飲み干していた。

 時として、このソーという人間は、非常に豪胆な所業を取ることがある。それを知っていても、信じられないようなことを時として行う。酒に強いことは知っていたアルベルトでも、それを目の当たりにすると言葉を失うほどだった。


「そうかもしれないが、軍人と政治家というものは科学者を軽視しがちだからね。ここで強く言っておくに越したことはない。そう考えただけだ」


 もっとも、現状としては、宇宙の果てを見るのよりも、高度20000mを見る方が難しいのかもしれない。

 ノイマンの手が止まった。さっきから書いていた数式の証明ができたらしい。


「20分だ」


「駄目だな。遅すぎる」


 その答えに、アルベルトは、失意をのぞかせる。ノイマンは机に置かれていた冷めたコーヒーに手を伸ばす。ソーは、アルベルトの持つ数式をのぞき込んだ。意味不明な字体が躍る中、その要点を確認して読み取ったのだろうか。


「上昇速度、分速1000m。確かに、これなら到達はできそうだが……燃料の気化比率とか問題になるんじゃないか?あと、プロペラ機の上昇限界……そして、ロール・アウトシンドローム……解決するべき問題が多すぎだな」


 ソーの、正しくもありながら、歯に衣着せぬ発言。それに、むっとした表情を浮かべたノイマンがアルベルトから、計算結果を奪い取り、即座に再計算をする。


「35分。もし、ここに曲芸飛行士病発症の確率を加えるのならば、到達確率は10%を切る。もう少し条件を詰めようか?」


「いや、止めておこう。これでは、相手を目にすることもできないだろう。現在の条件で、すぐに結論出る話ではないな。」


 アルベルトの言葉が契機であったように、ソーの手でもう一本の酒口が開く。その注ぎ口が向けられる。呆れたような表情を浮かべたアルベルトだったが、断る理由もないため、近くにあったグラスを差し出す。そこにワインが注がれる。同じようにソーはノイマンにも向けた。ただ、ノイマンは何も言わず、右手を挙げただけだった。それを拒絶ととらえたソーは、そのまま、カップになみなみと注ぐ。


「まあ、なんだ。槍に求められるのは、その速さということだな。数分。あるいは、それ以下。それが求められると……で、誰がその槍になるんだい?」


 議論の本質はそこであった。到達する、発見する、攻撃する。この2つの工程のうち、槍にとって最も危険なのは、攻撃のタイミングではない。到達するまでの時間だ。それが速くなればなるほど、槍は機能不全に陥る可能性が高くなる。


「曲芸飛行士が、急上昇時に、曲芸飛行士病……俗称ロール・アウトシンドロームを発症する可能性は、その上昇時間に比例して高くなる。これは、現在開発中のF型のパイロットならばよく知られている現象だ。ソー博士は、その点は詳しいのではないか」


 ノイマンの問いかけに、まあ、そうだねとでも言うようにソーは肩をすくめた。


「ベテランパイロットでも、その症状が現れることは確認している。それが速度にも関連することも実証実験済みだ。人間は耐えられるようにできていないのさ。

 

 もっとも、それに耐えられるようにすること自体は不可能ではないと考えてはいる。まだお見せできる状態にはないがね。」


 ソーの言葉に、アルベルトとノイマンは顔を見合わせた。パイロットの人命を補強するような装備。そのような報告は上がってきていない。効率を求めれば人命は軽くなる。安い武器を持たせて、安くなった命をどう使い戦局を変えていくのか。それが、今の考え方の主流のはずだ。

 予算や国家の戦争継続意思は、無制限でもなければ、決して無限になることはない。

 そして、そこに無駄な行動は存在しない。


 そう言いたげな2人の前に、ソーはジャケットの内ポケットより、変わった形のアクセサリーを取り出した。小さな柄に半月型の丸く不格好な何かが乗っている。形をあえて評するのであれば、ハンマーの出来損ないのような、用途不明のアクセサリーだった。


「気高い意志を持つものが、その戦う意思を捨てぬまま、自ら、嵐に立ち向かうとき。その者は、戦士と呼ばれるだろう。戦士というものには、それなりの装いが必要なものだ。まあ、それを纏うか、纏えるだけの資質があるか判断するのは戦士自ら自身だがね。私が創っているのはそんなものだよ。

 それとも超人たちを使うかね?それは、結構なことだが、現在待機中の彼らをナチスドイツとの戦場ではなく、高度20000mの正体不明に放り込む。それは、効果を生むかもしれないが、彼らの結束は固い。安易に使えるものではない」


 そこまで一気に言い切ると、ソーは、ぐっとグラスをあおり、次を注ぐ。その言葉にアルベルトは黙り込み、ノイマンは少し不機嫌そうに顔をゆがめた。前半の話については、あくまでソーの私見としても後半の話というのは、決して笑い話ではないからだ。おそらく、もしこれが露呈したのならば、超人連盟組織はそれの情報共有に走るだろう。それは、この計画の根本的な破綻を意味する。

 一瞬、よぎった考えをアルベルトは振り払った。方法は見えず、解はまだ闇の先ではあるが、この旅路は、人間の手のみで進まなければならない。


 アルベルトの顔に笑みが浮かんだ。それは、諦めではなく、まるで、何かいたずらを思いついたような、楽し気でありながら。もっとも攻撃的な笑みだった。


「全く。我々をヨーロッパから追い出したかと思えば、こんな無理難題を吹っかけてくるとは。昨日までは不俱戴天の仇としか考えていなかった。だが、今日わかったよ。あれは、人類の手で倒すべき敵だ。」


「そうだな。これは、我々自身が問題の主体として考えた方が、成功する確率は高いだろう。未知のものに頼るのは、その時でも遅くはない」

 

 ノイマンの言葉を聞き、アルベルトのグラスに移るソー博士の顔が、ほんのわずかに大きくゆがんだ。光の加減からか、たっぷりひげを蓄えた勇猛さが見えるその顔。威厳すら感じるその顔が、かすかに戦士の笑みを浮かべ、うなづいた。それに気が付かないまま、アルベルトはグラスを持ち上げて赤い液体を口の中に注ぎ入れる。

 

 それからは、歴史と知恵の味がした。

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