間章 1
1940年4月10日 満州国 ハルピン近郊
かつての祖国。そして、いま生きている国が手を取り合った。だからと言って、その温度が末端にまで届くことは、まずないことだ。
青島で捕虜となり、日本に連行された俺はその収容所の中で、慰安に訪れた女性に恋をした。
終戦後解放された俺は、彼女の元を訪れ好意を伝えた。驚いたことに、彼女も俺のことを覚えていたらしい。幾度となく、逢瀬を重ね、彼女の両親に認められ。
私たちは、夫婦になった。
もともと、鉄道技師をしていた私は、経歴を生かした職に就き、子供も生まれた。妻によく似たかわいいその子は、私の手を握ると笑った。その笑顔に私はこの国で生きていこうと気持ちを新たにしたのだった。
両親は、子供ができたことで態度がさらに解きほぐされ、ずっと親切になった。私たちは、この地日本で、ずっと生活できる。
そう考えていた。
だが、子供が小学校に上がる前、会社の方針で異動が決まった。
行先は、満州国。
子会社である、満州鉄道会社の鉄道技師として勤めることが決まった。
遠方のそして、遠い場所への異動。
不安が大きかったが、妻は、黙ってうなづくと、
「貴方は、顔がいいから。私以外にもてたら、私が困りますよ。
当然そうならないように、しっかりとするのも家内の仕事ですわ」
と微笑みながら、冗談っぽく話した。
心は決まった。
舞鶴から船に揺られること数日、そして、鉄道に揺られること5日。ついた場所で私たちは生きていくことを決めた。
「いやあ、苦労されたんですね」
目の前の、ドイツ人の記者が淡々とメモを取りながら感嘆したように答えた。
「ははっ。日本には、苦労は買ってでもしろ。という言葉がありますが、まさかここまで苦労することになるとは、考えていませんでした。」
記者は、少し安堵したような顔をしていた。
「それで今の地位、満州鉄道会社の技術主任。捕虜生活から始まった日本の中で、このような活躍されているとは、同胞たちの励みにもなるでしょう」
記者の声に、思わずこちらもほおが緩む。今まで大変だった。それは、間違いのない真実なのだからだ。
「では、最後の質問ですが、お子さん……ええと、シュレッター君でしたか。彼は今イギリスにいますか?」
うん?と首を傾げた。今までと方向性の違う質問が来たからだ。
「いや、シュレッターは、今私の直属の部下として頑張っていますよ。彼も日本とドイツの懸け橋になるのだと意気込んでいましたから」
記者は、そうですかとだけ言って、手帳を確認する。微かに、何かに納得しような表情を浮かべて書き込んだ。そして、わずかに顔を上げた。
その時のことは、忘れることはできないだろう。おそらく、光の加減だったのだと思う。しかし、わずかな間だけ、こちらに向けた瞳は、明らかに金色に輝いているように見えた。だが、手帳を閉じ、再び顔を上げた彼は、こちらに青い瞳を向けてきていた。
「いや、そうでしたか。こちらの勘違いだったようですな。では、グレンタークさん。あなたのこれまでの苦労と努力が実を結ばれることを、遠くドイツの地から祈っておりますよ」
どうやらインタビューは終わりのようだ。
「ああ、そうだ。アーリアとゲルマンの民にケルトの祝福があらんことを」
「?」
微かに、淦色を纏った黄金の光がゆらめいた。それは、祈りの文言だろうか、別れの挨拶だろうか。解らないままに私は、それを受け取る。それに満足したのか、記者は、背中を向けて立ち去っていく。違和感こそ残ったが、それは、愛する妻が呼ぶ声で中断された。
私の愛する妻、佐藤 花子と、愛する息子、シュレッター、そして、3人の娘たち。
家族の幸せの為に、私は働いているのだから。




