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第8話 『日常』再開

 攫われたスターダストを救出してから数日後、ギズマは事務所の机に肘をつき、目の前のタブレットに表示されたデータを見つめていた。そこにはスターダストの最新の診断結果が表示されている。容態は安定し、バイタルサインは正常値に近づいていた。しかし、失われた部位や破損したパーツのリストが彼の目に重くのしかかっている。


「これが全損リストか……」


 呟きながら画面をスクロールする。彼女の義体の多くが機能不全となり、再利用可能な部位はコアパーツを除きほとんどない。支援センターでの修復は限界に近いが、高性能な義体のパーツを調達するには莫大なコストがかかる。そしてその調達先も問題だった。合法的に入手するには時間がかかりすぎるし、闇市場に頼れば殻龍會のような犯罪組織との接触は避けられない。


 ギズマがタブレットをスクロールしながら、スターダストの義体再建の難題に頭を抱えていると、背後で静かにドアが開く音がした。


「失礼する、ギズマはいるか?」


 スターダストの、声帯部品が破損した事によりややハスキー気味となった声が響く。


 ギズマは顔を上げた。車椅子に乗り、不安定な動作で部屋に入ってくる。彼女の義体は修復途中のため、あちこちに補修痕が残り、バイオスキンの一部はまだ剥き出しで、内部の金属構造や魔導回路が露出している。動作補助用の簡易装置が取り付けられているが、それも完全には機能していないらしく、車椅子はぎこちなく動いていた。


「おい、その身体で無茶するな」


 彼は少し眉をひそめながら言ったが、彼女は気にする様子もなく、片方の義手を軽く動かしてみせた。機械の関節が微かに音を立てる。


「これくらい、平気だ。座ってるだけだしな」


 ギズマは立ち上がり、スターダストの車椅子を押してデスクの近くに寄せた。


「平気だって顔してても、バイタルサインは嘘をつかない。お前にはまだ休息が必要だ」


 スターダストは彼の言葉に少しだけ肩をすくめる。


「休めと言われてもな……暇で仕方ない。リハビリの合間にこうして話でもしないと、何とかなってしまいそうだ」  


 彼女のぶっきらぼうな口調は変わらないが、その顔にはどこか沈んだ影が見えた。


「ギズマ、君に謝らなければならないことがある」


 その唐突な言葉に、ギズマは軽く眉を上げた。


「謝る? お前が? 一体何をだ?」


 スターダストは一瞬目をそらし、剥き出しの義手を握り締める。普段の無機質な態度とは違い、言葉を選ぶように慎重だった。


「殻龍會に攫われたことだ。私がもっと……自分の体がどれだけ狙われやすいものか、ちゃんとわかってれば、こんなことにはならなかった。防犯設備や帰宅ルート、全て至らない事ばかりだった」


 ギズマはその言葉に、しばらく沈黙した後、軽く頭を振った。


「お前が謝る必要なんてない。攫った奴らが悪い。それ以上でも以下でもない」


 だが、スターダストはその答えに納得しないようだった。彼女は深く息を吐き、無惨な姿となった自分の身体を見つめる。


「しかし、現実問題として、この体が狙われる価値があるという事を私も君も理解出来ていなかった。それが一番の問題だ」


 ギズマはしばらく彼女を見つめ、何か言おうとしたが、思い直したように口を閉じた。彼女の言葉は正しい。スターダストの義体――HL-1000――は、技術的にも市場価値的にも突出した存在だ。その事実を軽視していた。


「まぁ、な、暗い話をしても仕方ない」


 ギズマはスターダストの目の前にタブレットの画面を向けた。そこにはHL-1000の修繕計画が開かれていた。


 スターダストはタブレットを操作し、リストに表示される内容を順に見ていく。暫く操作して、遠慮がちに顔を上げた。


「新たに購入とは……ならないか?」


「これは、あんまり被害者である君に言うべきじゃない件なんだが……HL-1000の被害に関して生活復帰支援局、つまりうちのボスが相当、気持ちの籠った書類を送り付けて来てな」


 書類の山の一部、差出人名が生活支援局となっている物を隠しながら、ギズマが続ける。


「壊れたHL-1000のコアパーツを改修し使用せよとの事だ。新たな義体を購入する場合は予算は殆ど降りないと思ってくれ」


 ギズマは頷きながら、タブレットを操作して別の画面を表示した。そこにはHL-1000修繕計画の更に詳細な事項が記載されていた。


「HL-1000の基幹システムとコアが無事なら、それを改修して再利用するのが一番コストも手間もかからない。何より、HL-1000は単なる処理装置とだけ見たとしても突出した性能を誇っている。問題は四肢や感覚器官だが……」


 ギズマが更に画面をスクロールすると、ズラリと並んだ四肢パーツの候補が表示される。


「これなんかどうだ。負傷兵の代替四肢として開発されたモデルである程度なら高負荷にも耐久性があり、対応している専用の銃火器なんかもある」


「ギズマ……」


「おっと!すまない、日常復帰を主眼とするなら、いっそ機器への直接接続が可能なメカニックモデルも捨てがたい。これもまあ軍用だが、民間の技術者がわざわざこれに付け替えるくらいだ……生身からな」


 浮かない顔でリフトアップされた代替四肢を説明していくギズマ。スターダストは彼の説明を大人しく聞いていたが、表情は優れない。


「あまり好みの物が無かったみたいだな。予算の都合もある……が、わかった。明日エンヴェー・テックの予約を」


「違うんだギズマ、すまない。新たに代替四肢を用意してもらう必要はない。君に頼みたい事があるんだ」


 スターダストは可搬記憶装置をタブレットに差し込み、彼女自身が作成したであろうデータと計画書をギズマに見せる。


「これは……」


「無茶だろうか?」


 彼女の提示した計画は突飛ではあるが、技術的には十分可能な物だ。しかし、わざわざやろうとする技術者がいなかったのは間違いない。


「可能だ。しかし、君はこれで構わないのか?これではまるで……」


 彼女は神妙に頷く。 


 予算や手間を考えれば、彼女の同意さえあるならばこれを採用しない手はなかった。


「わかった。すぐに手配する。君の選択を尊重しよう」






 高く積み上がった瓦礫の山が、朝の霞がかった空にそびえ立っている。その中に、一際目を引く存在があった。


 第6世代魔装兵MA-34 スターダスト。


 戦争の象徴とも呼べる鉄の巨人は、中ほどから端折れた鉄骨を持ち上げてトラックの荷台に積み込んでいた。その動作は力強く、時折怪力の源であるDVF反応炉の紅い閃光が瞬いた。


 周囲には作業員たちが忙しなく動き回っているが、魔装兵持つ圧倒的な力に、誰もが一瞬手を止めて見入ってしまう。


「次はどれだ」


 拡大された声が現場全体に響く。声帯ユニットが修復されたとはいえ、以前よりも低めのトーンが、彼女の存在感をさらに際立たせていた。


「そっちだ!その左のやつを頼む!」


 作業監督が叫ぶと、魔装兵は即座に反応し、左側の巨大な鉄骨に手を伸ばした。魔王軍の重装甲級をも軽々と粉砕するアームが機械音を立てながら鉄骨をつかみ、軽々と持ち上げる。そのまま一歩一歩慎重に歩き、荷台に丁寧に積み込んだ。


 ギズマは少し離れた場所から、その様子を見守っていた。片手にタブレットを持ち、作業の進行状況を確認しつつも、視線は常に魔装兵の名を冠する少女、スターダストに向いている。


 彼女がMA-34を纏い、重作業を難なくこなしている姿は、戦場での彼女を思い出させるものがあった。だが、今の彼女は、かつての破壊の象徴としての兵器ではない。彼女の力は、今や再建のために使われている。


 スターダストのHL-1000の残存パーツはMA-34のコアユニットに組み込まれ、まるで「外骨格」を装着するような形で再設計された。巨大な戦場用の兵器であったMA-34は、支援センターの技術班による徹底的な改修を経て、日常生活にも適した「義体スーツ」として生まれ変わったのだ。


 良いとこどり、とはよく言い過ぎだろうか


「よし、一度休憩!15分後に作業開始!」


 辺りの大まかな瓦礫を運び終えた事を確認した作業監督が声を上げた。


 スターダストは作業監督の指示に従い、義体の稼働を完全に停止させる。外骨格のジョイント部が低い機械音を立てながら緩み、内部ユニット体を徐々に解放していく。MA-34の外骨格は機械的な「脱衣モード」に入ると、自動的に部品を展開し、彼女が自力でスムーズに降りられるよう設計されていた。


「ふう、ん?ギズマ、来ていたのか」


 スターダストは静かにその内部から抜け出し、地面に立つ。外骨格に頼らない彼女の姿は、手足を失った痛ましい姿の少女そのものだった。

 バイオスキンの修復はほぼ完了しているが、四肢は簡易的な作業用アームに置き換えられ、顔面の一部は無骨な金属が露出していた。彼女が完全には「普通の人間」に戻っていないことを示している。


 ギズマはそれを見て、小さく息を吐いた。


「スターダスト、無理はするなよ。今日が作業初日なんだろう。データの収集が最低限出来ればそれで構わない」


 スターダストはその言葉に少し鼻を鳴らし、脱ぎ捨てたMA-34を軽く蹴りながら隣に腰を下ろした。


「今まで散々無茶をしてきた。これくらいは無茶にも入らない。それに」


 戦時中の度重なる戦闘により塗装では隠しきれない損傷が傷ましい鉄の巨人。武装は全て取り外され、新たにリミッターを設けられてこそいるがその威容は微塵も衰えていなかった。


「この身体は居心地が良い。私の人生の大半を共にした牢獄にして鎧、これからも散々こき使ってやるつもりだ」


 スターダストがMA-34を見上げる。その瞳には確固たる自我と感情が宿り、かつてギズマの元を訪れた時の様な危うさは無い。


「そうか、これが君の『日常』な訳だ。今でも、これからも」


 遠くで作業監督が叫ぶ。いつの間にか休憩が終わり、作業開始を報せる声が響いていた。

 スターダストはMA-34に乗り込むと、ゆっくりと立ち上がり次の現場へと歩き出す。


 ギズマもまた、ゆっくりと現場を離れ、支援センターに戻るための道を歩き始めた。振り返ると、スターダストがMA-34を纏い、作業員たちと共に瓦礫の山へ向かっていく姿が見える。その背中は、かつて戦場で見せていた殺戮の象徴とは違い、再生を担う存在としての力強さを帯びていた。

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