第7話 救出劇
「ギズマ、殻龍會と思わしき魔力反応が多数。貴方流の頭を使った戦闘でも切り抜けられない規模の部隊よ。彼らの正規戦力でしょうね」
「了解した、スターダストを救出次第すぐに退避する」
ギズマは慌ててMR-10とMP-5を回収すると廃工場北側へと走っていった。
厳重に施錠された最北の扉前に辿り着くと、腕の一部のみを異形に変じ施錠を引き千切って扉を開く。
「スターダスト……!」
部屋の入口に足を踏み入れると、そこには一瞬で息を呑むほどの光景が広がっていた。薄暗い部屋の中央、粗雑な鉄製の作業台が据えられ、その上には無惨に横たわる「スターダスト」があった。
スターダスト――最新鋭の人体互換型義体に換装したまだ幼い少女。不器用で言葉少ない、戦争以外を知らない子ども。ようやく平和な生活に戻る事ができたと、いうのに。
彼女は、今、かつての面影は見る影もなく、無骨な解体作業によって残虐なオブジェと化していた。
作業台の上、かつて優雅な曲線を描いていたバイオスキンは無理やり剥ぎ取られ、内部の精密な魔導回路がむき出しになっている。その一部は粗雑な切断によって破壊され、DVFが漏れ出した跡が赤黒く焼き付いており、さらに、作業台の下には捨てられた部品が山積みとなっていた。
エネルギー漏出により汚染された廃液が、床に広がりギズマの足元に達する。
四肢を、表皮を、生命維持に不可欠な内部構造を碌な知識もなく剥ぎ取られたかつてのHL-1000はバイタル異常を示すアラートを発し続けていた。
そのアラートも、作業員によって強引に中止させられる。
彼女の周囲では数人の解体作業員が淡々と手を動かしていた。彼らの目は、まるで生気のない操り人形のように無表情で、まるでスターダストがただの廃材であるかのように振る舞っている。手にした工具からは時折火花が散り、焦げた金属と腐敗した油の匂いが空気を満たしていた。
「……なんてことだ」
ギズマの喉からかすれた声が漏れた。
「おい!お前、何者だ!」
呆然と立ち尽くすギズマにようやく気付いた作業員の一人が怒鳴った。手には解体用の工具が握られており、脅すようにその切っ先を向ける。
「ここが殻龍會の工場だってのが……」
それ以上続く作業員の脅し文句を、MP-5の銃口を向けて黙らせた。
作業員を全員一箇所に集めてから、ギズマはMP-5を下ろした。
静かに息を吐き、非武装の作業員たちが怯えた表情で固まっているのを確認すると、低く冷たい声で言い放つ。
「命が惜しいなら動くな。お前たちを傷つけるつもりはないが、俺を試すな。」
作業員たちは一斉に頷き、その場にひれ伏した。ギズマは腰のポーチからナイロン製の簡易拘束具を取り出し、素早く彼らを拘束していく。作業員たちは全く抵抗せず、怯えた表情で黙り込んでいた。
「ここでじっとしていろ。抵抗しなければ危害は加えない……俺の遵法精神に感謝しろ、外道共」
全員を拘束し終えたギズマは、彼らを部屋の隅にまとめ、視線をスターダストに向けた。目の前の作業台には、無惨に解体されたスターダストが横たわっている。彼女の生命維持機能は辛うじて稼働しているが、損傷の激しさは一目で分かるほどだった。
「ソフィア、非武装の作業員は全員拘束した。だが、スターダストの状態が……」
通信端末越しにソフィアの声が返ってくる。
「了解、こちらでも確認したわ。残念ながら廃工場付近は未だ殻龍會の勢力下にあるため救急チームは派遣出来ないわね。応急措置は可能?」
彼女のバイタルモニターは赤い警告を点滅させ続けている。義体内部の魔導回路の一部は破損し、エネルギー供給が不安定だ。漏れ出したDVFの臭いが、空気を重くしていた。
「やるしかない。まずは損傷部分を応急的に塞ぐ……」
ギズマは呟きながら、腰のポーチから応急処置キットを取り出した。これは支援センターが義体化された兵士の緊急修理用に配備しているものだ。だが、HL-1000のような高性能義体を前提としたものではない。現場の創意工夫、何よりギズマの措置に全てがかかっている。
ギズマは震える指で漏れ出たDVFが滲む箇所を探し当てると、応急処置キットの高密度パッチ素材を慎重に取り出した。破損箇所を覆う前に、呼吸を整える。
「……接着剤の温度が均一でなければ、密閉は行われない」
記憶の片隅に残る義体修理の座学を思い出しながら、彼はパッチを慎重に位置合わせし、付属の圧着ツールで固定した。パッチがピタリと接着されると、DVFの流出がゆっくりと止まり、微かな青い光が循環炉内部で脈動を始めた。
バイタルアラートがわずかに光を落とし、DVF漏出の量が抑えられたことを示す。
応急処置を進めるギズマの耳に、低く唸るような独特な駆動音が徐々に近づいてくるのが聞こた。それはDVF反応炉を搭載した大型車両特有の音だった。
「ソフィア、敵の増援が来た。音の距離からして数分以内にここに到着する」
「確認したわ。増援は少なくとも20人規模、うち半数以上が軽武装。装甲車や改造された兵士も含まれている可能性がある。あなたに長居する余裕はない」
外から漏れる灯りが工場の壁に映し出され、影が少しずつ近づいてくる。ギズマは一瞬だけ迷ったが、すぐに肩の力を抜き、冷静さを取り戻した。
「やれるだけの事をやる。間に合わなければ、その時はその時だ」
ギズマは義体の内部魔導回路を確認する。複雑に入り組んだ回路の一部が損傷し、エネルギー供給が遮断されている箇所を発見した。キットに含まれていた細い導電線を使い、破損部分を直接繋ぐ。
ギズマには救急処置に対する専門的な知識はない。特に、相手が精密な義体となると尚更だ。古い座学の知識を引っ張り出して、極度の緊張の中少しでも早く処置を進めていく。
「……これで、どうだ」
接続が完了すると、義体の生命維持システムがわずかに反応し始めた。モニターの数値が微かに上昇し、バイタルが安定し始める。
「ソフィア、救急措置については完了。これより離脱する。センターの医療スタッフに手術の準備をさせておいてくれ」
「分かったわ、気を付けて……」
廃材から比較的綺麗な布と金属板を引っ張り出し、簡易な背負子を作ってスターダストを背中に固定する。軽く揺らしても動かない事を確認し、慎重に背負って部屋を出た。
廃工場の暗い影を背に、ギズマはスターダストを抱えながら、荒れた通りを駆け抜けていた。背に感じる重みは僅かとなってしまったが、そのわずかな重みさえ、彼が戦場から連れ出した命の証だった。
「ギズマ、センターの受け入れ態勢が整ったわ。再建区の入り口に緊急車両を向かわせているから、引き継ぎを行なって」
通信端末越しに聞こえるソフィアの声が、行動を急がせた。
廃工場を抜けて人目を避けつつ再建区の入り口へと向かう、ギズマは路地の隅に隠れるように停車している救急車両を目にした。
その白い車体には皇国連邦の龍脈を象った紅い紋章が描かれ、医療スタッフが急いでストレッチャーを準備していた。
「ギズマ・セクトだ。患者を引き渡す」
ギズマは救急車両の扉を開けると、慌ただしく動く医療スタッフが出迎えた。
「応急処置でDVF漏出を抑え、生命維持装置を部分的に再起動させた。だが、内部回路の接続は一時的なものだ」
医療スタッフはギズマから引き継いだスターダストの状態を確認すると、互いに無言で頷き合った。主任医師の手が僅かに震えているのを見たギズマは、一瞬、言葉を飲み込む。
「了解。まず循環炉の動力を完全に外部供給に切り替えます」
主任医師が手際よく診断装置をスターダストに接続すると、画面に乱れたエネルギー波形が浮かび上がった。
「内蔵回路の損傷が深刻です。負荷が高すぎれば即座に停止します」
「負荷はかけるな……センターまで保たせるだけでいい。やるぞ」
主任医師の言葉に、医療スタッフは即座に動き出した。緊急用の外部動力ユニットが義体に接続されると、モニタの波形がわずかに安定を示す。
「循環炉停止完了。バイタルを車両側に引き継ぎました」
「わかった。続いて生命維持装置を車両に接続……」
主任医師が冷静に指示を出しながら、手早くモニタの調整を始める。
ギズマは医療スタッフらの処置を見守りながら、記憶の底から封じていた戦場の惨状を思い出していた。あの時も、目の前に横たわっていたのは無垢な命だった。救えなかった。
だが今度は違う――整った設備、専門知識を持ったスタッフ。全てが不足していたあの地獄の様な戦場とは大違いだ。
「俺は……車両外の警戒をしている。搬送は俺に構わず行なってくれ」
ギズマは車両の外に出て、扉が閉じられる音を聞いた。胸の内には、一息つく間もない焦燥感が渦巻いていた。彼の目が扉の奥で動き続ける医療スタッフたちの影を追いかける。
ソフィアが通信端末越しに声をかけた。
「彼女は間に合う。あなたがあの場で迅速に行動しなければ、こうして命を繋ぐことはできなかった。次は私たちに任せなさい」
「了解、あとは頼んだ……的確な指揮に感謝する」
救急車両が循環炉を轟かせ、夜の街を駆け抜けていく。その赤い警告灯が暗闇を切り裂き、ギズマはその場に立ち尽くした。