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破壊の王様

作者: 原子牛

読み切り

1


 天より落ちてきた七色に輝く結晶。

 それはあらゆる性質に変質することが可能な万能物質であり、世界中のあらゆる資源問題を解決した。


 “星の結晶”


 まるで人々の夢を形にしたかのような万能物質はそう呼ばれ、木や鉄、油等のあらゆる資源に取って代わった。

 だが、結晶は豊かさと同時に新たな争いを生んだ。

 結晶を守る”再生士”と結晶を壊す”破壊士”。

 両者の争いは苛烈を極め、勝利したのは再生士だった。

 ――世は大結晶時代。結晶を全てが形作る新たな時代。






 天より結晶が落ちてきてから三百年後。


「――あ、人工食材ブロックフードの欠片だ! いただきまーす」


 ”ごみ川”が長い時間をかけて形成した、大量のごみが集まる中洲。

 リューは開封済みの箱に入っていた砂色の欠片を口に放る。

 咀嚼すると薄い塩味が口の中に広がった。


「……まずっ。ていうか、全然足りない」


 顔を上げると、巨大な"壁"が目に入る。


「あれがなかったら……もっと色んな物が食べられるんだろうな」


 物知りのペグ爺の話によると、百年以上前からその壁はあったという。

 壁は雲よりも高く、地平線よりも長かった。

 壁は大陸の周囲をぐるりと囲み、"中"と"外"を隔てている。

 壁の存在理由は一つ。“奈落”と”中”を隔絶するため。

 ”奈落”とは、大陸を囲む果てのない闇のこと。

 ”中”にはいくつかの国家と大勢の種族が存在し、彼らを”奈落”から守るために”壁”は存在する。

 そして、"中"と"奈落"の間にある枯れた大地――“外”で生活する者たちがいた。

 彼らは“忌蝿”と呼ばれ、壁に開いた穴から流れ落ちる大陸下水道を通して運ばれてきたごみの川――”ごみ川”を漁ることで生活している。リューもその一人だった。


 ふと、足元に落ちていた割れた姿見が目に入る。

 そこには痩せた少女が写っていた。

 腰まで伸びた癖のある桃色の髪、陶器のような白い肌。痩せた身体の上にちょこんと乗った卵形のキャンバスには、髪と同じ桃色の細い眉、大きく猫のような形の二重瞼、青空を映したようなスカイブルーの瞳、小ぶりだがツンと立った鼻、薄い桜色の唇、がバランスよく彩られていた。


「そーいやこんな顔だったな」


 家にある鏡は汚れていてほとんど使えなくなっているため、自分の顔など見たのは久しぶりだった。

 リューは表情筋を動かして色んな顔を試してみる。真顔に戻ると、そこには強気な顔の少女が写っていた。


「――おい!ここはおれの縄張りだぞ!」


 岸の方から怒鳴り声が聞こえる。

 目をやれば、禿頭の痩せ男が拳を振り上げて声を張り上げていた。


「げ、ジェイだ」


 リューは口をへの字に曲げた。

 それから男がいるのとは反対の岸を向くと、流れるごみの上を軽々と飛び移って岸に辿り着いた。


「ばいばーい! しししっ」


 怒鳴る男に笑顔で手を振りながら走り去る。

 ふと川の下流を見ると、どこまでも続く深い闇――”奈落”が広がっていた。

 空に浮かぶ太陽が奈落の果てに向かって少しずつ沈んでいく。

 その様子を少し眺めた後、リューは"ごみ川"のほとりにある集落に向かった。




 そこには結晶製のごみで建てられた家が立ち並び、数十人の住民が住んでいる。"外"にはこういった集落がいくつも存在する。

 集落に決まった入口はない。リューは家と家の隙間をするすると抜け、集落の中心部にある広場に出る。

 そこは住人の作業場となっており、拾ってきたごみを分別する者、ボロボロの服を縫う者、物々交換をする者、昼寝をする者などが時に談笑しながら各々の作業をしていた。

 ごみを分別していた壮年の男がリューに気づいて話しかけてくる。


「リュー。今日は収穫あったか?」


 リューは口をへの字に曲げて頭を振る。


人工食材ブロックフードの欠片を拾ったところでジェイに見つかった」

「そりゃ災難だったな。上流で人工食材ブロックフードを運良くダースで拾ったんだが、一ついるか?」

「え、いる! ありがとう!」


 指の輪っかサイズの薄紅色の正方形のブロックを受取り、ズボンのポケットに押し込む。

 再度お礼を伝え、リューは広場を抜けて狭い道に入った。

 すると、老齢の男が倒れていた。


「! ペグ爺!」


 リューは男の身体を支える。

 どうやら手に持った杖が折れているようだった。

 男――ペグ爺はリューを見て掠れた声を出した。


「おお、リューか。ご覧の有様じゃ」

「びっくりさせないでよ。ほら、背中に乗って」


 リューはペグ爺の細い身体を背負い、折れた杖を拾って歩きだす。


「儂を背負うとは、リューも大きくなったのう」

「ペグ爺、軽いもん! 二人いても余裕だぜ!」


 リューがそう言うと、背中でペグ爺がくつくつと笑った。


「優しいところはユタにそっくりじゃな」


 ユタとはリューの死んだ母親の名前だった。

 リューは嬉しくなって「へへ」と笑った。

 ペグ爺を家に送り届けた後、折れた杖を持ってとある家に向かった。

 硬い結晶の扉を叩くと、少しして、しかめっ面の中年の女が出てきた。


「リューじゃないか。どうしたんだい」

「ペグ爺の杖が折れちゃったんだ。スーメラおばさん、直せる?」

「へえそうかい。あの爺さん、杖がないと生きていけないからね。まあ明日までに直しておこうかね」


 女は杖を受け取るや否や、勢いよく扉を締めた。

 リューは目をぱちくりさせた。


「相変わらずせっかちだ」


 それから隣にあるあばら家――自宅に入る。

 中には穴が空いたソファと毛布、腐りかけの机、埃が被った鏡台などがあるが、どれも拾ってきたものだ。

 リューはソファに寝転がり、ポケットから取り出した薄紅色の人工食材ブロックフードを口に含んだ。


「いただきます。ん……甘い」


 大事に食べようとゆっくりと咀嚼するが、程なくして口の中で溶けてなくなった。

 ぼうっと天井を見つめていると、腹が鳴った。

 リューは独りごちた。


「お腹空いた……一度でいいから、お腹いっぱいになるまでご飯食べたいな……」


 毛布を抱きしめる。

 顔をうずめると、懐かしい匂いがした。


「ママ……寂しいよ……」


 リューの母親は三年前に病気で死んだ。遺体は集落の裏にある墓地に埋葬された。

 目から涙がこぼれる。

 リューの脳裏に母親が死ぬ前に遺した言葉を思い出す。


『リュー。人を愛し、自分を愛し、強く生きなさい。ママはいつでもあなたのそばにいるわ』


 リューは鼻水をすすりながら涙を拭った。


「ママ。わたし、強く生きる」


 その時だった。

 視界の端、窓の外で何かが光った。


「なんだ?」


 窓に向かい、空を見上げる。

 すると、夕暮れに染まる空に、黄金に輝く一筋の光が空を滑るように流れていた。

 それは尾を引きながら下降し、集落の近くに落下した。


「……!」


 リューは思わず扉を開けて外に出た。

 見間違いだろうか――否。

 確かに黄金の光は空を滑り、地上に落ちた。

 リューは腹の底からむずかゆい感情がせり上がってくるのを感じた。好奇心だ。

 あんな現象、生まれてから一度も見たことがない。


「落ちたのは――結晶の森か」


 その時、隣の家の中から女の声がした。


「リュー。どこかに行くつもりなら明日にしておきな。もうすぐ日が沈むよ」


 それに対し、


「ありがとう、スーメラおばさん! すぐ帰るから大丈夫!」


 とリューはつとめて明るく返し、森へと向かった。






 "ごみ川"からリューが住む集落を挟んで反対側に、結晶の森林地帯があった。

 通称・結晶の森と呼ばれるそこには、生物は愚か、植物も存在せず、近寄る者はいなかった。


「静かだ……」


 森を歩くこと三十分。

 リューの呟きが森に響く。

 森の全ては結晶で出来ており、葉擦れの音も動物の声も聞こえない。

 時折動植物の姿も確認できるが、結晶でありどれも本物ではない。

 風の音と靴が結晶の草を割る音しか聞こえないためか、自分の呼吸がやけに大きく聞こえる。

 また、日没が近づいているからか、徐々に気温が下がり肌寒くなってきた。


「確か、この辺だったような――」


 奥に進むと、唐突に視界がひらける。

 そこには、木々を押し倒すようにして巨大なクレーターができていた。

 その中心部には、黄金に輝く小さな光。

 間違いない。先刻見た光と同じだ。


「よ、っと」


 リューは転ばないよう注意をはらいながらクレーターの中心部に向かって滑り降りる。

 近づくと、光は目が眩むほどの輝きを放っていた。


「これって……結晶……?」


 よく見るとそれは結晶だった。

 リューは手を伸ばし、それを拾い上げる。


「綺麗……」


 不思議と目が離せなかった。

 その時だった。


「――そこで何をしているッ!」


 突然聞こえてきた男の声に、リューはハッと我に返った。

 クレーターの淵に一人の少年が立っており、こちらを睨みつけていた。

 少年はクレーターを滑り降りてくると、懐から銃を取り出しリューに向けてきた。

 うねるような黒髪、浅黒い肌、黒真珠のような漆黒の瞳、鋭い目つき。白を基調とした金のラインが入った制服を身にまとい、紺色のリュックを背負っている。


「そいつから手を離せ」


 少年が銃のトリガーに指をかける。

 リューは状況が理解できなかったが、少年と手元の結晶を見比べ、口を開いた。


「お前、何言って――」


 ――ズガンッッッ!!


 爆音が鳴り、リューの足元が爆ぜた。

 少年が持つ銃の先から細い煙が立ち上る。


「次は当てるぞ。いいからそいつを渡せ」


 リューは穴が空いた地面を見て目を丸くしたが、次いで、キッ! と少年を睨んだ。


「これはわたしが先に見つけたんだぞ! 絶対に渡さないもんね! べーっ」


 からかうように舌を出すと、少年の額に青筋が浮かんだ。


「“忌蝿”の分際で逆らうか。ならば、死ね――」


 その瞬間だった。

 リューの手にある結晶が突然輝きを増した。


「な――もごっ!?」


 光が結晶から飛び出し、リューの口に入り込んできた。そして、


 ――ごくん。


 リューは光を飲み込んだ。


「っ――はぁッ! ごほっごほっ! な、なんだ今の! ひ、光が――」


 一体、今何が起こったのか。

 見れば、結晶は光を失い灰色になっていた。

 少年が頬に汗を垂らしながら言った。


「呪われたか。仕方ねェ」


 少年が銃の照準をリューの額に合わせる。

 先ほどの爆発を思い出し、リューは血の気が引くのを感じた。


「ちょっ、なんでだよ! わたし、何もしてないぞ! ほら、捨てる!」


 リューは結晶を地面に放り投げる。

 少年が淡々とした口調で言った。


「そいつは”魔凶星”と呼ばれる、世界に七つしかない呪いの結晶だ。“魔凶星”は取り憑いた者の欲望を際限なく増大させ、やがて化け物に変える。お前に取り憑いた呪いは、”暴食”。尽きることのない食欲の化身だ」


 それを聞き、リューは呆気にとられていたが、すぐに笑い飛ばした。


「呪い? 何言ってんだ、そんなわけ――」


 ――ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。


 突然、リューの腹が森に響き渡るほどの音で鳴った。

 同時に、リューは激しい空腹感に襲われた。


「な、なんだこれ――。き、急にお腹が空いて――」

「それが呪いだ。この先お前が何を食べようと、腹が満たされることは一生なくなった」

「え――えええええええええっ!?」


 腹が満たされることがない? 一生?

 生まれてからずっと貧困だった。

 ごみ川を流れてくる人工食材ブロックフードを漁り、空腹と戦い続ける毎日。

 いつの日か、そんな日々から抜け出せることを信じていた。


「……夢だったのに」


 リューは拳を震わせ、天に向けて叫んだ。


「毎日お腹いっぱいご飯を食べるのが夢だったのにィ――ッ!」


 ――だったのにー、だったのにー、だったのにー。


 リューの声が森全体に響く。


「の、呪いを解くにはどうすればいいんだよ!?」

「“魔凶星”は世界中の結晶の力を吸い取って生まれる。世界中の結晶を壊せば解けるだろうよ。ま、無理な話だ」

「そ、そんなぁ……あんまりだ……」


 リューは膝から崩れ落ちた。


「……チッ」


 少年は舌打ちした後、銃を下ろした。

 そして、背を向けると、一言。


「――付いてこい。最期に飯を食わせてやる」




 少年に連れられ、クレーターを離れる。

 日が沈み、辺りは深い闇に包まれていた。

 少年が持つ“光燈星”を利用したライトを頼りに進んだ先にあったのは、虹色に煌めく結晶。


「な、なんだこれ……」

「“結晶核”だ。この森の中核を意味する。迂闊に触るなよ」


 そう言って、少年はリュックから何かを取り出した。

 それは光の失った灰色の結晶だった。

 少年は“結晶核”に近づき、灰色の結晶をそっと当てた。

 すると、不思議なことに、みるみるうちに灰色の結晶が光を取り戻し、赤く光る結晶となった。


「な、何をしたんだ?」


 問うと、少年は一瞥もくれず答えた。


「“結晶核”から力を分けて貰った。これで“火炎星”が再利用できる」


 少年は地面に落ちていた結晶の欠片を手に取り、赤い結晶にぶつけた。

 すると、赤い結晶から火花が散り、瞬く間に発火した。


「わあっ!」


 リューは思わず声を上げる。

 ペグ爺から結晶の力について聞いたことはあったが、実際に見るのは初めてだった。

 リューの様子を見た少年は、“火炎星”を地面に放りながら、馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「結晶も見たことがないとは、さすが“忌蝿”だな」


 リューは思わず言い返した。


「“蝿”じゃない! わたしには“リュー“っていう、ママが付けてくれた名前があるんだ!」


 少年は一瞬リューを見たが、フンと鼻を鳴らしただけだった。

 それから、リュックから小さな鍋と水筒と二つの袋を取り出すと、テキパキとした動作で“火炎星”に鍋を設置し、鍋に水筒の水を流し込む。

 沸騰した水に一つの袋から取り出した黄色い正方形の塊を入れてお玉でかき混ぜると、塊が溶けて黄色いスープになった。

 そこにもう一つの袋から赤黒い正方形の塊をいくつか投げ込んでかき混ぜた後、結晶製の皿によそい、スプーンとともにリューに差し出してきた。


「え……」

「食え。人工食材ブロックフードで作った簡易的なものだから味は期待するな」


 リューは今の状況の意味がまるで分からなかった。


「お、おい。さっきまでわたしのことを殺すって言ってなかったか?」

「ああ、殺す。だが、腹が減ってるヤツには誰だろうと飯を食わせるのがオレのルールだ。ま、お前の場合は呪いで腹が満たされることはないだろうがな」

「結局殺すのかよ。まぁそれより……」


 リューは膝に乗せたスープを見て、じゅるり、と涎を飲み込んだ。

 黄色いスープからは湯気が立ち上り、芳ばしい香りが鼻腔を刺激する。

 温かい料理など、いつぶりだろうか。


「いただきます」


 リューは手を合わせて唱える。

 それを見ていた少年が驚いた表情をしていた。


「“忌蝿”の癖に儀礼をするのか」


 リューは眉をひそめた。


「蝿蝿うっさいなぁ。わたしは人間だっつーの。……今のはママに教えて貰ったんだ。食材に感謝しろって」


 リューはスプーンでスープをすくい、赤黒い人工食材ブロックフードとともに口に運ぶ。

 何度か咀嚼した後、不意にリューの目から涙が溢れた。

 少年が目を丸くする。


「お、おい。どうした――」

「――うっっま――――――――――――い!!」


 リューは叫んだ。

 それから、スープを凄まじい勢いでかきこみ、ものの数秒で完食した。


「――あー、美味しかったっ! お前、天才だなっ」

 リューが言うと、少年は呆気にとられた様子で言った。

「そこまでじゃねェだろ。ただのレトルト料理だ」

「いやいや! わたしが生まれてから食べたなかで一番美味しかったよ! えーっと……」

「……ノーザンだ」

「ノーザン! お前、料理の天才だな!」


 リューが満面の笑みでそう言うと、少年――ノーザンは一瞬頬を緩めたが、すぐにハッとしたように顔を引き締めた。


「ノーザンって何者なんだ? この辺の人間じゃないだろ?」


 リューの問いに、ノーザンはフン、と鼻を鳴らした。


「お前ら“忌蝿”と一緒にするな。――オレは“再生士”だ」

「!」


 “再生士”。

 世界から結晶を守る、“破壊士”と対になる存在。

 又の名を、世界の守護者。


「話は終わりだ」


 ノーザンは片付けを終えると、再び銃を向けてきた。


「え、ち、ちょっと待てよ!」


 リューは周囲を見渡し、咄嗟に近くにあった“結晶核”の裏に飛び込む。


「待て!」


 銃声が鳴り、背後の地面に着弾する。

 ノーザンが鋭い剣幕で怒鳴った。


「“結晶核”から離れろ!」

「やなこった! これ、大事なものなんだろ? それ以上近づいたら叩き割るぞ!」

「テメェ……ぶっ殺す!」

「げ!」


 ノーザンが怒りに満ちた表情で突っ込んでくる。

 リューはやけくそになって眼前にある虹色の結晶に渾身の蹴りをお見舞いした。


「ちくしょう、どうにでもなれ――!」

「馬鹿っ、やめろ!」


 ノーザンの静止も厭わず、蹴りは“結晶核”に直撃した。直後、


 パリーン!


 虹色の結晶はいともたやすく粉々に砕け散った。


「え」


 思ったよりも簡単に壊れたことにリューが驚いていると、次の瞬間、予期せぬことが起きた。


 パリッ……パリパリ……パリーン!


 割れた“結晶核“から波及するようにして、森全体の結晶が次々と割れ始めたのだ。

 草木が割れ、花が割れ、小動物や虫が割れていく。

 そして、その中から出てきたのは――本物の動植物だった。


「す、すごい……」


 リューは生まれて初めて見る“本当の森”の姿に圧倒されていた。

 色づき、息づく世界。

 生い茂る草木、さえずる小鳥、色鮮やかな虫、かぐわしい花。

 知らなかった。

 こんなにも、世界は美しかったのだ。


「そ……そんな馬鹿な……」


 ノーザンは壮絶な表情のまま固まっていたが、突然何かに気づいたようにハッとした。

 直後、遠くから足音が聞こえてくる。それも一つではない。


「……~~~~~ッ! クソッ!」


 ノーザンは葛藤するような仕草の後、決意を固めたようにリューを見た。


「おい、逃げるぞ!」

「えぇ? なんだよ、殺すとか逃げるとか――」

「黙って来い! 死にてェのか!」


 ノーザンの剣幕に押され、リューは言葉を飲み込んだ。

 仕方なく、リューはノーザンに付いていくことにした。



◆◇◆



 結晶の森が元の姿を取り戻して間もない頃。

 空より飛来した結晶が生んだクレーターを囲む集団がいた。

 彼らは例外なく白の制服に身を包み、銃や剣といった武器を身に着けている。

 その中に一人、制服の上に灰色のマントを身に着けている者がいた。

 坊主頭にギョロッとした目、膨らんだ両頬の男は、横に立つ若い男をじろりと見た。


「例の結晶は見つかったか?」

「モークエン様、こちらがクレーター中心部に落ちておりました」


 差し出されたのは、灰色の結晶。

 力を失った結晶は“空結晶”と呼ばれ、光を失う。

 男――モークエンはギョロッとした目で結晶をじっくりと眺めた後、ふむ、と頷いた。


「どうやら“力”を持ち去った者がいるな」

「はい。足跡が二つ見つかりました。一つは我々“再生士”と同じ足跡です。おそらく、森を“開放”したのもこの者たちの可能性が高いでしょう」

「ふむ。この近辺の調査をしていた者はいたか?」

「はい。先日十五歳にして“八等星”に昇格した者です。実力はあるが組織に馴染めず任務中に勝手な行動を取る問題児だと聞いております。もし裏切っていた場合、厄介な敵になるでしょう」


 モークエンは膨らんだ頬を撫でた後、ふむ、と頷いた。

 直後、モークエンは若い男の顔面を殴り飛ばした。


「ぐあっ……!」


 倒れる男を見下ろし、モークエンは無表情で言った。


「私は“六等星”だ。“八等星”など敵ではない」

「はッ……も、申し訳ございません……」

「まあ良い。邪魔する者は誰であろうと殺すだけだ。行くぞ。今夜は森で野宿し、明日早朝に出発する」

「……はッ!」



◆◇◆



2


「なんだよ、これ……」


 森を抜けたリューは、眼前に広がる光景に絶句した。

 集落が燃え盛る火に包まれ、崩壊していた。


「聞いてねェぞ、こんな作戦……」


 ノーザンが拳を強く握りしめている。


「――もしかして、リューかい?」


 森の陰から中年の女が出てきた。

 よく見ると後ろには見覚えのある面々がおり、どうやら皆森に逃げてきたようだった。


「スーメラおばさん! 無事で良かった! 怪我はない?」

「あたしは大丈夫さ。それより、ペグ爺がいないんだよ。杖が折れてただろう? もしかすると、まだ家に――って、リュー! 待つんだよ!」


 静止を振り切り、リューは燃え盛る集落に飛び込んだ。


「ッ――」


 既に集落全体を包んでいる猛火が肌を焼く。

 リューはペグ爺が住む家に急いだ。

 途中、自分の家の前を通り過ぎたが、リューは足を止めなかった。


「ッ、ペグ爺!」


 リューが着いた時、ペグ爺は倒壊した結晶の家の瓦礫に足を挟まれていた。

 ペグ爺はリューに気づき、目を見開いた。


「リュー……!」

「ペグ爺、今助けるからね!」


 瓦礫を持ち上げようとするリューに、ペグ爺は諭すような口調で言った。


「リュー、ワシのことはもう良い。お前には未来がある」

「嫌だッ! わたしはもう二度と大切な人を失いたくない! うぎぎぎぎ……!」


 リューは全身に力を込めるが、瓦礫はびくともしなかった。その時、


「――どけ」


 横からノーザンが現れ、リューを押しのけると、瓦礫を軽々と持ち上げた。

 瓦礫を遠くに放り投げ、ペグ爺を背負う。


「ノーザン、どうして……」


 リューが問うと、ノーザンは一瞥もくれず答えた。


「オレの任務は“魔凶星”の回収だけだ。民間人を殺せという命令は受けていない。それに、死にそうな人間を見捨てるのはオレの美学に反する。それがたとえ”忌蝿”だとしてもな」

「ノーザン……お前、良い奴だな!」


 リューがそう言うと、ノーザンは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 ノーザンの背中では、ペグ爺が何度もお礼を口にしていた。


「すまないのう……ありがとう……ありがとう……」




 ペグ爺を連れて集落を出た後、リューたちは森で野宿することになった。

 リューが森で集めた食材を使用し、焼け落ちた集落に業務用の巨大な鍋が壊れずに残っていたため、それを利用しノーザンが全員分の料理を作る。


「――よし、出来たぞ。『木の実のシチュー』だ」


 おー、と集落の住民たちから感嘆の声が上がる。

 リューは涎をだらだらと垂らしながらノーザンに聞いた。


「ぬおおお! ぼびじぞう!」

「汚っ。おい、唾飛ばすな! ……本物の肉があればもっと良かったんだがな。まぁ今回は人工食材ブロックフードで良いだろう」


 ノーザンがシチューを皿によそい、住民たちに配っていく。


「いっただっきまーす!」


 シチューを口に運ぶリュー。

 直後、またも涙を流した。


「~~~~ッ! うっまあ――――――――ッ! 人・一・更・新ッッ!!」


 吠えるリューに、ノーザンが怪訝そうな顔をした。


「じんい……なんだ?」

「人生で一番美味しい料理、の略!」


 それを聞いたノーザンはまんざらでもなさそうな表情を浮かべ、ややあって、考え込むような仕草をした。


「調理中のに味見して分かったが、やはり人工食材ではない自然で取れた食材は旨味もコクも何もかも違う。親父が自然の食材の良さを力説してたが、それも頷ける。だが、それでは、なぜ再生士は結晶を守って……」

「なーに難しい顔してるんだよ。ノーザンは食べないのか?」


 リューが渡したシチューを受け取ったノーザンは、一口食べた後、ぽつりと話し始めた。


「……オレはもともと料理人になるのが夢だったんだ。子どもの毎日オレが作った料理を母親が食べたときの笑顔が嬉しくて、オレの料理で世界中の人たちを笑顔にしてやるって思ってた。お前を見て、それを久しぶりに思い出したよ」

「そっか。じゃあ、今からなればいいじゃん。料理人」


 リューが言うと、ノーザンは自嘲気味に笑った。

「馬鹿言うな。オレは再生士だ。この前も昇格したばかりで――」

「どうして? やりたいならやればいいんだよ。――迷ったときは、本当に大事なものだけを数えてみなさい」

「ッ――!」


 ノーザンが目を見張った。


「ママがよく言ってた言葉。さっきも家にママの毛布を取りに行こうか迷ったけど、ペグ爺のほうが大事だと思ったから諦めたんだ。……ほら、ノーザン、見て」


 リューが示した先、集落の住民たちが涙を流しながらシチューを食べていた。


「おいしい、おいしいねぇ……」

「うますぎる……生きててよかった……」

「80年生きたが、こんなにうまい飯は初めてじゃ……」


 リューは言った。


「みんな、ノーザンの料理で笑ってる。家がなくなっちゃったけど、こうして笑えてるのはノーザンのお陰なんだよ」

「!」


 ノーザンはハッとした後、笑みをこぼした。


「そうか……良かった」






「おい、起きろ」


 夜明け前、リューはノーザンの声で目覚めた。


「んん……ノーザン?」


 寝ぼけ眼を擦りながら上体を起こす。


「お腹すいた……」

「それどころじゃねェ。足音が近づいてきている。奴らがきた」

「奴ら……?」

「いいから、死にたくなけりゃ隠れてろ」


 ノーザンに言われ、渋々木陰に隠れて様子を伺う。

 やがて森の奥から現れたのは、ノーザンと同じ白の制服を着た集団。


 ザッ、とノーザンが立ちはだかると、集団の先頭に立つ坊主頭の男の合図で進行が止まった。

 男は、ふむ、とその特徴的な膨らんだ頬を撫でると、ノーザンに向かって言った。


「貴様が先日“八等星”に上がったという者だな?」

「モークエン……ッ!」


 男を睨みつけるノーザン。

 すると、男――モークエンはノーザンに近づいたかと思えば、目にも止まらぬ速さで腹部に拳を叩き込んだ。


「か……はッ……」


 よろめくノーザン。

 リューは思わず飛び出しそうになったが、ノーザンが一瞬リューの隠れる場所を睨んできたため踏みとどまる。


「様を付けんか。私は“六等星”だぞ? ふむ……どうやら“魔凶星”に呪われたのは貴様ではないようだな。呪われた者はどこに行った」


 魔凶星、呪い。

 どうやらあの者たちが探しているのはリューのようだ。


「へッ……さあ? 知らねェな」


 ノーザンがニヤリと笑う。


「おい。こいつを痛めつけろ」


 モークエンの合図で数人の男たちがノーザンを寄って集って暴行を加える。

 それをノーザンは黙って受け続けていた。


「ノーザン、どうして……ッ」


 リューはその様子を木の陰からじっと見つめていたが、そろそろ我慢の限界だった。


「とめろ」


 モークエンの制止で暴行が止まる。


「げほげほっ……!」


 ノーザンは、ぺっ、と血の唾を吐き、ぎろ、とモークエンを睨んだ。

 モークエンが、ふむ、と自分の両頬を撫でる。


「理解に苦しむな。なぜ“再生士”の貴様が“魔凶星”に呪われた人間を庇うのだ。あれは危険なものなのだぞ」

「……信じられっかよ」


 ノーザンは手で口元を拭い、続けた。


「森の様子はどういうことだよ」

「ふむ? どう、とは?」

「どうして環境核を破壊した森が元の姿に戻るんだ? 結晶は枯れゆく大地を守るために埋められたんじゃないのか?」


 モークエンは少し考える素振りを見せた後、何かに思い当たった様子で「ああ」と頷いた。


「そうか、そんなことも知らんのか。貴様の言っていることは正しい――一般的には、な」

「なに……?」

「誤解を生まぬよう、平民どもにはそういう伝え方をしているということだ。――本来、結晶は、他の生命エネルギーを吸い取り成長する。結晶を埋められた大地は結晶化し、それを採掘することで我々は生活しているのだ」


 それを聞き、リューは昨日結晶が割れて“本当の森”が現れた光景を思い出していた。

 ノーザンも同様だったのだろう、怒りに満ちた表情で口を開いた。


「それが本当なら……もともとそこに住む人々や動植物はどうなるんだ。人は結晶を食べて暮らすことはできない。みんな工場で作られる淡白な人工食材を購入しなければ生きていけなくなり、”食”に関わっていた者は皆仕事を失った」

「ふむ? そんなものどうでもいいだろう。結晶があるお陰で世界から争いはなくなり、豊かになったのだから」


 モークエンは心底どうでもよい、といった表情で首をかしげている。


「人工食材がなければ生きられない? 素晴らしいじゃないか。結晶の力を使い、再生士(選ばれた者たち)が支配する世界。それこそ再生王様が目指す完璧な世界なのだから」


 リューは、ぎり、と歯を食いしばった。

 あんな連中のせいで、自分たちは貧困な生活を強いられていたのか。


 ――結晶なんてなければ、ママは死ななかったかもしれないのに。


「……んだよ、それ」


 ノーザンの肩が震えている。


「誰も真実を知らず、自由を奪われ、搾取される世界が、完璧? ――ふざけんじゃねェ。そんなくだらねェ世界なら――オレがぶっ壊してやる!!」


 ノーザンが前に出ると、モークエンは鼻で笑った。


「愚か者め。“破壊士”にでもなるつもりか」

「テメェらみたいなクソ野郎をぶっ飛ばせるなら、何にだってなってやるよ」

「ふむ。威勢がいいのはいいが、逃げられると思ってるのか?」


 モークエンが片手を上げると、再生士たちが一斉に武器を構えた。

 ノーザンが舌打ちした、その時だった。


 ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅ……、とリューの腹が鳴った。


「あ」


 リューは慌てて腹を抑えるが、時すでに遅し。

 モークエンがにやりと笑い、リューが隠れる木に目を向けた。


「そこに隠れてたか」


 リューは恐る恐る顔を出した。


「あのー……ノーザン、ごめん」

「バカ野郎……!」


 ノーザンの額に青筋が立つ。

 モークエンが「撃て」とリューに向かって手をおろした。


「やばっ――」


 複数の銃口が光り、銃声が鳴る。

 リューは思わず目を瞑った。


「死ん――……でない?」


 目を開けると、そこにはノーザンの背中があった。


「ノ、ノーザンッ!?」


 リューは急いで駆け寄る。

 しかし、ノーザンの身体には服に穴が開いているのみで傷一つなかった。

 パラパラパラ……、とノーザンに当たった弾丸が地面に落ちる。それらは全て硬いものにぶつかったように潰れていた。


「――ったく、痛ェな」


 ノーザンの口元から白い呼気が漏れる。

 直後、ノーザンの目が赤く光った。そして、全身がみしみしと音を立てて膨張し始める。

 ビリビリと上半身の制服が破れ、中から隆々とした筋肉が現れる。

 みるみるうちにノーザンの肉体は肥大化していき、全身はまるで樹木のように大きくなり、腕や足は丸太のように太くなった。


「ノ、ノーザン、お前……」


 あっけにとられるリューに、ノーザンは「隠れてろ」と一言。


「き、貴様ッ、人族ではないな!?」


 モークエンが震える指をノーザンに向けた。


「ば、ばけものめ……や、やつを殺せェッ!」


 号令と同時に弾幕がノーザンに飛来する。

 数秒後、ノーザンは何もなかったかのように首をごきごきと鳴らした。皮膚には傷一つなかった。


「終わりか? なら――こっちから行くぜ」


 次の瞬間、ノーザンは目にも止まらぬ速さで再生士たちに肉薄し、腕のひとふりで五人を吹き飛ばした。

 十秒後――、再生士はモークエン以外全滅していた。

 ノーザンは今しがた猛威をふるった自分の拳を撫でた。


「手は料理にしか使いたくねェんだがな。――お前で最後だな」


 ぎろり。ノーザンがモークエンを睨む。


「ひ、ひぃっ!」


 モークエンは震える手で懐から白い結晶を取り出すと、勢いよく地面に叩きつけた。

 途端、煙幕が辺りを包む。

 ノーザンが悪態をついた。


「クソッ、“煙星”か!」

「――うわっ!?」


 リューは突然煙の中から伸びてきた手に掴まれ、身体を持ち上げられた。モークエンの仕業だ。


「こいっ!」

「くそっ、離せ! ちくしょう、お腹が空いて力が出ない!」


 じたばた暴れるが、無理やり連れて行かれる。

 ノーザンの声が響いた。


「逃がすか!」



3


 リューが連れて行かれたのは、“壁”だった。

 森を抜けて辿り着いたそこには、巨大な結晶の人形があった。


「なんだ、あれ――」

「――追いついたぞ!」


 見れば、背後にノーザンが立っていた。

 モークエンがリューを抱えたままにやりと笑う。


「まんまと付いてきたな! これで貴様は終わりだ! こい、結晶兵!

 モークエンの声に反応し、結晶の人形の目が青く光る。

 駆動音とともに動き出したそれは、背中からエネルギーを放出して飛翔し、ノーザンの前に立ちはだかった。


「結晶兵……ッ!」


 ノーザンの頬に汗が伝う。

 モークエンの笑みが深まった。


「集落を燃やしたのもこいつだ! こいつの腕から放たれる爆撃砲の最大威力は小さな街であれば一瞬で滅ぼせる威力を誇る! ”外”の害虫もろとも貴様を消し飛ばしてやる!」


 それを聞いた瞬間、リューは頭に血が上るのを感じた。


「この……ッ」

「ふむ? なんだ、“蝿”の分際で文句でも――」

「クソ野郎がッ!」


 リューは渾身の力を振り絞り、モークエンの腕に噛みついた。

 ブチブチッ! と肉がちぎれる音が響く。


「ぐあああっ!? こ、このガキャァッ!」


 バキィ! とリューは顔面を殴られ、大きく吹き飛んだ。


「いったぁ……! へへ、一泡吹かせてやったぜ」


 リューは口元の血を拭いながらにやりと笑った。

 モークエンは顔を紅蓮に染め上げ、怒号を上げた。


「も、もう許さんっ! 生け捕りにしようと思ったが、殺してやる! やれ!」


 結晶兵が駆動音を鳴らして動き、腕をリューに向けた。

 その先端は砲身のようになっており、徐々に光が集中していく。

 リューの目にも凄まじいエネルギーが収束しているのが分かった。


「やばい」


 リューは急いで逃げようと体勢を起こす。


「ふははははっ! 逃げられると思うな! ――消し飛べッ!」


 次の瞬間、結晶兵の腕から高密度の光線が射出され、リューに迫る。

 刹那、大きな影がリューの前に立ちはだかり――。


「ッ――」


 轟音。そして、耳鳴り。


「ッ……ぐッ……!」


 リューの眼前でノーザンが膝をつく。

 直撃の瞬間、またもノーザンが身を挺して庇ってくれたのだ。


「はっはー、庇ったか! だが、爆撃砲の威力はどうだ! 次でバラバラにしてやる!」


 モークエンの高笑いが響き渡る。

 リューは泣きそうな顔でノーザンに声をかけた。


「なんで……なんでわたしを庇うんだよ……」


 ノーザンは額に汗を滲ませながら、不敵な笑みを浮かべた。


「言ったろ。死にそうな人間を見捨てるのはオレの美学に反する」

「ノーザン……」


 少しして、ノーザンが真剣な表情で言った。


「悪かったな。“忌蝿”呼ばわりして。そんでもって――ありがとう、リュー」

「!」

「お前のお陰で、オレは夢を思い出せた。お前にも夢があるんだろ? いいか、呪いなんかに負けんじゃねェぞ」


 そう言ってノーザンは立ち上がった。


「オレが時間を稼ぐ。お前はその間に逃げろ」

「ッ……わたしは――」


 ザッ、とリューはノーザンの隣に並んだ。

 それを見たノーザンが鋭い剣幕で怒鳴る。


「お前っ、何してんだ! 早く逃げろ!」

「ノーザン、わたし決めた! ――あいつはわたしが倒す!!」

「は? 何言って――」

「わたしも夢を叶えるために戦う! 世界中に結晶がどれだけあろうが関係ない! 呪いを解くために――全部ぶっ壊してやる!」


 言うや否や、リューは前に飛び出した。


「ば、馬鹿野郎ッ。死ぬぞッ!」


 モークエンが愉快そうに高笑いを上げる。


「馬鹿め! 再装填完了! 二人まとめて消え去れィッ! やれ、結晶兵!」


 再び結晶兵の腕に光が集中する。

 リューは腹を抑えた。さっきからぐるぐると音が鳴り続けている。


「お腹が空いた。すごく。今なら――なんでも食べられるッ!!」


 刹那、結晶兵の腕から光線が放たれる。そして――


「――ごくん」


 リューは光線をまるごと飲み込んだ。


「「!!??」」


 ノーザンとモークエンの顔が驚愕に染まる。

 一方、当の本人はというと、


「しょっっぱ! かっっっらっ!」


 ぺっぺっ、と唾を吐いて喉を押さえていた。


「あ、あが……そ、そんな馬鹿な……!」


 モークエンがあんぐりと口を開け、ぱくぱくと口を開閉させている。

 それを見たリューはまるで獣のような笑みを浮かべた。


「どうした? 何発でも撃ってきなよ。――全部食ってやる」

「ッ……舐めるなッ! 結晶兵! 最大火力だ! あいつに撃ち込めッ!」


 合図とともに結晶兵が両腕を連結させて巨大な砲身を作り出し、両脚から出した補助パーツを地面に固定した。

 結晶兵の両腕の砲身に膨大な質量の光が収束していく。


「あれは――まずい!」


 ノーザンが狼狽した様子で駆け寄ってくる。


「逃げるぞ! いくら“暴食”の力があってもあれは――」

「大丈夫だよ、ノーザン。まだ腹一分目もいってないからさ」


 直後、さっきとは比べにならないほど高出力のエネルギー砲が放たれた。

 地面を抉りながら地を這う砲撃は、二人を襲い――


「――ごくん。……げぷっ」


 全てリューの口に吸い込まれ、消えてなくなった。


「な、が、あ……そ、そ、そんな馬鹿な……街を消し飛ばす砲撃を……!」


 モークエンがふらふらと尻もちをつく。


「リュー、お前凄いな……大丈夫か?」


 身体を支えてくるノーザン。


「うっ」


 リューは口元を抑えた。


「ごめん。まずくてちょっと吐きそう」

「は?」

「やば。出る。――おえっ」


 刹那、リューの口から凄まじい質量の光線が放たれ、一瞬、世界から音が消えた。

 世界が音を取り戻した後、結晶兵は跡形もなく消え去り、“壁”に穴が開いていた。


 ノーザンが呆然とした様子で呟いた。


「嘘だろ……」

「な、な、な、な……!」


 モークエンが座ったまま後ずさる。


「ば、ば、化け物――っ!!」

「逃がすわけねーだろ」


 一目散に走り出したモークエンを、ノーザンは素早い動きで肉薄し、殴り飛ばした。

 モークエンの身体はゴム毬のように吹き飛び、“壁”に激突して動かなくなった。

 その時、リューの腹が大きく鳴った。


「うぅ……吐いたからお腹空いた……」


 げっそりした表情のリューに対し、ノーザンは呆れたような笑みを浮かべた。


「……大した野郎だ」

「すんすん。――食べ物の匂いがする!」


 リューはモークエンのもとに走っていき、懐を漁った。


「あった!」


 出てきたのは、干し肉だった。


「いただきまーす! あむ。――うまぁーい!」


 リューは両手を上げて吠えた。


「自分は生の食材を食べてるとはな。とことんクズ野郎だぜ。どれ」


 ノーザンは、ひょい、とリューの手から干し肉を奪って口に放り込んだ。


「あ!」

「もぐもぐ……悪くねえが、味付けがイマイチだな」

「わたしのだったのに!」

「もともとお前のじゃねェだろ。安心しろ、“中”にはもっと美味いもんがあるはずだぜ」


 リューはノーザンとともに“壁”に開いた穴に足を踏み入れた。

 その瞬間、差し込んできたまばゆい光にリューは目がくらんだ。


「ッ――」


 豁然と広がる視界。

 夜明けの光に照らし出されたのは、雄大な結晶の世界だった。

 山、森、湖、草原……全てが結晶化した大地。

 それらは最奥の山から頭を出した太陽によって、宝石のように煌めいていた。


「これが……”中”……!」


 唾を飲み込むリューの横で、ノーザンの身体がしゅるしゅると縮んでいき、瞬く間に元の姿に戻った。


「……ノーザンって、人間じゃないのか?」

「デリカシーのねェ野郎だ。人間だよ。親父の先祖が巨人族だったらしいがな」

「ふーん。なんか、カッコイイな!」


 “中”に入ろうとして、リューはふと足を止めた。

 ノーザンが怪訝そうな顔をする。


「どうした?」

「集落のみんなは大丈夫かなって思ってさ」

「……後ろ見てみろよ」


 振り返ると、離れたところに集落の住民たちが立っていた。ペグ爺やスーメラおばさんもいる。


「みんな!」


 彼らは笑顔を浮かべ、こちらに手を振っていた。


「おーい、リュー! あいつらを倒してくれてありがとうなー!」

「がんばれよー! くだばるんじゃねーぞ!」

「いつでも元気にやるんじゃぞ!」

「辛くなったらいつでも戻ってくるんだよ!」


 リューはこみあげてきた涙を拭った。


「みんな……うん! 行ってくる!」


 めいっぱい手を振った後、リューは改めてノーザンとともに“中”を見据えた。そして、


「――わたしは結晶の呪いを解いて、毎日お腹いっぱいご飯を食べるために!」

「――オレは自然を元の姿に戻し、オレの料理で世界中の奴らを笑顔にするために」


 二人はごつん、と拳をぶつけた。


「気合入れろよ、リュー。朝になったらオレたちはお尋ね者だ」

「お尋ね者? なんで?」

「再生士をぶっ飛ばしたからだ」

「ぶっ飛ばしたのはノーザンだろ?」

「テメェも同罪に決まってんだろ! 第一、お前は“魔凶星”に呪われてるんだ。ヤツらは血眼で探しに来るだろう」

「ふーん。まあ、なんとかなるだろ!」


 ノーザンは息を吐いた。


「呑気な野郎だ。オレたちはもう“再生士”でも“忌蝿”でもない。目的は違えど、手段は一つ」


 再生王が作り出した大結晶時代における、最悪の反逆者。


「――“破壊士”だ」

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