婚約破棄の現場に赤鼻のトナカイが引くソリに乗った謎の男が乱入してきた!?
「イェッタ、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」
「――!!」
時は12月24日。
国中の貴族が集う夜会の最中、唐突に私の婚約者であり、我が国の王太子殿下でもあらせられるベルンハルト様がそう宣言した。
そ、そんな――!?
「どういうことですかベルンハルト様! 理由をご説明ください!」
「フン、身に覚えがないとは言わせないぞ! 君がペトラに裏で陰湿な嫌がらせをしていることはバレているのだからな! 君のような痴れ者は、僕の婚約者に相応しくない! 恥を知れ!」
「っ!?」
ベルンハルト様は男爵令嬢のペトラさんの肩を抱きながら、私にゴミを見るような目を向けてくる。
「ご、誤解です! 私はペトラさんに、嫌がらせなどしておりません!」
「フン、口では何とでも言える。現に先日君とペトラが二人で茶会をした際、ペトラの大事にしているネックレスが紛失したのだ。盗んだ犯人は、君以外考えられない! 恥を知れ!」
「っ!? 待ってください! 私がそんなことするはずないじゃありませんか!? ペトラさんからも何か言ってください!」
「……イェッタ様、私はネックレスさえお返しいただければ、事を大きくするつもりはございません。ですからどうか、罪をお認めになってはくださいませんか?」
「――!!」
私はこの瞬間見た。
悲愴感漂う表情だったペトラさんの口角が、私を嘲笑うかのようにいやらしく吊り上がるのを。
――ハメられた!
この女、虫も殺せなさそうなポワポワした見た目のくせに、とんだ腹黒だわ!
やけに私に対して馴れ馴れしくしてくると思ったら、最初からベルンハルト様を寝取るのが目的だったのね――。
ペトラさんは牛みたいに豊満な胸を、あざとくベルンハルト様に押し当てている。
そんなペトラさんに、ベルンハルト様は鼻の下を物干し竿並みに伸ばしていた。
この無駄乳クソビッチと鼻の下物干し竿男がッ!!
……でも参ったわね。
ここで私の無実を証明するのは、至難の業だわ。
かといってこのままだと、私は無実の罪で下手したら牢屋送り――。
クソッ!
いったいどうしたら……。
「ホッホー、メリークリスマァス」
「「「――!?!?」」」
その時だった。
バルコニーから突然、赤鼻のトナカイが引くソリに乗った、謎のイケオジが会場に乱入してきた。
謎のイケオジはモフモフの赤い服とナイトキャップを身に纏っており、立派な白髭を生やしている。
そして大きな白い袋を背負っていた。
誰!?!?
そしてここは三階なんですけど!?!?
どうやって入って来たの!?!?
「な、何だ貴様はッ!? どこぞの国の暗殺者か!?」
鼻の下物干し竿男が、白髭さんに凄い剣幕で怒鳴りつける。
「ホッホー、メリークリスマァス」
「いやそれはさっき聞いたよ!? 貴様は何者かと訊いているんだッ!」
「ホッホー、メリークリスマァス」
「埒が明かねーな!? ええい、者共、この不審者を始末しろ!」
「「「ハッ」」」
瞬く間に白髭さんは、殺気を纏った多数の兵士に取り囲まれる。
あわわわわわわ……!
――が、
「ホッホー、メリークリスマァス」
「「「――!?」」」
白髭さんは白い袋の中から、綺麗にラッピングされた箱を兵士たち一人一人に配り始めた。
白髭さん???
「な、何だこれは……。――わあ! これ、ずっと欲しかったスニーカーだ!」
「俺のは限定モノの腕時計!」
「こっちはキャバクラの割引券だッ! FOOOOOOOOO!!!!」
なっ!?
箱を開けた兵士たちの殺気が、見る見るうちに萎んでいく。
こ、この人凄い……。
「ホッホー、メリークリスマァス」
「わ、私にも??」
続いて白髭さんが箱を手渡したのは、無駄乳クソビッチ。
無駄乳クソビッチが恐る恐る箱を開けると、そこには――。
「っ!? これ、私のネックレス!?!?」
「何だと!?」
何と箱から出てきたのは、私が盗んだと疑いをかけられていたネックレス。
ふぅ、白髭さんがどうやってあのネックレスを手に入れたのかは謎だけれど、これで私の無実が証明されたわね。
「ホッホー、メリークリスマァス」
「え、あ、どうも……」
そして次は鼻の下物干し竿男の番。
今までの傾向からして、どうやら本人の一番望む物が貰えるらしいので、鼻の下物干し竿男は少年みたいに目をキラキラさせながら箱を開けた。
すると――。
「ぶべら!?」
「「「――!?!?」」」
箱の中からバネ付きのボクシンググローブが飛び出してきて、それが鼻の下物干し竿男の鼻の下物干し竿にクリーンヒットした。
わーお。
「ホッホー、メリークリスマァス」
「ふ、ふざけるなッ!! この僕をこんなに虚仮にして、タダで済むと思うなよッ!」
「ホッホー、メリークリスマァス」
「――!」
「オイ!? 僕を無視するなッ!」
白髭さんは鼻血ダラダラ男にクルリと背を向けると、私の前に優雅に佇んで袋の中に手を入れる。
わ、私には何を……?
「ホッホー、メリークリスマァス」
「――え」
白髭さんが私に手渡したのは、手のひらサイズのリングケース。
まさかこれは――!
「……わあ」
震える手でリングケースを開けると、そこには光り輝くダイヤモンドをあしらった指輪が。
「ホッホー、メリークリスマァス」
「……ありがとうございます。とても嬉しいです」
白髭さんはそっと指輪を手に取ると、それを私の左手の薬指に嵌めてくれたのでした。
「なぁ!? イェッタ、どういうつもりだッ! 僕というものがありながら、他の男から指輪を受け取るとは、この尻軽めッ!!」
頭に特大ブーメラン刺さってますけど大丈夫ですか?
「ホッホー、メリークリスマァス」
「ファッ!?」
「フェッ!?」
――!
白髭さんがパチンと指を鳴らすと、特大ブーメラン頭男と無駄乳虚言癖女の着ている服が、顔の部分だけが露出しているトナカイの着ぐるみに変化した。
鼻には赤くて丸い飾りが付いている。
「ホッホー、メリークリスマァス」
「か、身体が勝手に!?」
「イヤぁ! 誰か助けてぇ!!」
そのまま二人は操られるように、ぎこちない動きでソリの前方に歩いていき、先輩トナカイの左右でそれぞれ四つん這いになる。
するとソリからロープが伸びてきて、二人の首に巻き付いた。
「ク、クソォ! 何故僕が、こんな辱しめををを……!!」
「私が何をしたっていうのよおおお!!!」
いや、絵に描いたような自業自得ですけど?
「よく来たな新入り共。この仕事は決して楽とは言えないが、その分やり甲斐はある。頑張れよ」
「「「っ!?!?」」」
トナカイがしゃべったあああああああ!?!?!?
知らなかった……、赤鼻のトナカイってしゃべるのね?
「ホッホー、メリークリスマァス」
「――! はい!」
ソリに乗った白髭さんが、暖かい笑みを浮かべながら、私に手を差し伸べてくれる。
私は迷わずその手を取った。
「ホッホー、メリークリスマァス」
「痛ぇ!?」
「痛ぁい!?」
白髭さんがトナカイ三匹に鞭を入れると、トナカイが引くソリは宙に浮かび、バルコニーから夜空へと飛び立った。
わあ、星がとっても綺麗――。
「よーし行くぞ新入り共! 仕事の後に飲む酒は美味ぇぞ! 気合入れろよ!」
「嫌だああああああ!!!!」
「お願いだから帰らせてええええええ!!!!」
「ホッホー、メリークリスマァス」
こうして私たちはこの夜、国中の子どもたちにプレゼントを配って回ったのでした。
――メリークリスマス。
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