漂いながら SIDE-B
二ヶ月前、付き合っていた男と別れた。
「お前ほどいい女は居ない」
そう言って付き合っている女が四人も居る最低の男だった。
私は、その中の一人だった。
自分以外にも女が居るのは分かっていたが、私は彼にとって特別な存在だ、そう思っていたから、目を瞑ってきた。でも特別でも何でもなく四人のうちの一人だった事に気付かされる。
「俺よりも良い男なんていないぞ…… 戻って来いよ!」
私が別れを口にした時、彼はそう言った。
その瞬間、身体の芯が熱くなり、この期に及んで彼の身体を求めている自分に気づいた。
それでも既の所で思い留まれたのは、彼の言葉が、「お前は俺の身体を忘れられない女なんだ」、と聞こえたからだ。
私の頭に残っていた僅かなプライドが、彼との別れを後押しした。
それからの二ヶ月は地獄だった。
女は、別れを決意したら切り替えが早い、と聞いた事がある。
でも私はそうでは無かった。
彼の身体を知り尽くしてしまった私の本能は、いつまでも彼の身体を求めた。
夜になると暴れ出す私の本能…… 自分のふしだらさに辟易した。
そんな姿を見かねて、親友の杏子は私を海へ連れ出した。
杏子は、私と同じサロンで働いているネイリストで、お互いが良き相談相手になっている。
「男を忘れるには男に限るわ」
そう言って杏子は私を連れ出したのだ。
梅雨明け直後の湘南海岸は、海水浴客で溢れていた。
「軽そうな男はやめときなさい、この海水浴場で一番冴えない男を選ぶのよ」
杏子はそう言って私の背中を押した。
私と杏子が拡げたビーチマットの近くに冴えない男グループが居た。
目をギラギラと輝かせ、女を物色するカマキリ男、それに全く緊張感の無い弛んだ男二人……
冴えない男をターゲットにするならば、格好の獲物だった。
だけど、生理的に受け付けられない気がした。
そこへ一人の男が加わった。
日焼けした肌、均整の取れた体つき、ビールを片手にぼんやりと海を眺める、その姿がなぜだか心にすっと溶け込んできた。
私はその男に視線を送った。
私の視線がその男に届く。
一瞬、目を逸らされた。でもすぐに戻ってくる。その恥じらいにも似た反応が、私の心をくすぐった。
私は視線で男を海へ誘った。
言葉を交わしていないのに、誘いに乗ってきた男が愛らしくなり身体の芯が熱くなる。
「悪くないと思うよ、頑張ってね……」
杏子はそう言ってビーチマットを畳んだ。
沖へ向かって泳ぎ出す二人。
人の気配が減っていき、二人だけの世界が生まれる。
沖に張られていたロープに捉まり、彼を誘う。
素直に応じる彼に、私の本能が高まる。
彼に抱きつき、唇を奪った。
「ねぇ、続きは丘に上がってからにしましょう」
精一杯背伸びをして絞り出した言葉だった。
これで断られたら、私のプライドはズタズタになる。
しかし、彼からの返答は無い。
胸が早鐘を打つ……
もうあとには引けない。
意を決して、彼の股間に手を伸ばした。
膨らんでいた。
私は精一杯の笑顔を作って、彼の耳元で囁いた。
「大丈夫よ、私に任せて……」
一瞬、間が空いた後、彼に強く抱きしめられた。
二人の身体が沈み、すぐに浮かび上がる。
浮かび上がった瞬間、私は思った。
この愛しい人を最高の男にしてみせる、と。