ビバ?
未完成ですが、投稿しました。暇を見つけて修正していこうと思います。
コンビニで占いの本を読んでいたら、ネパール人のアルバイトに注意された。
ネパール人は窓に貼ってある張り紙を指さして俺を睨みつける。
「当店は立ち読みは禁止です」
真面目な留学生アルバイトもいるものだ。偉いと思う。俺が最近働いているここと別のコンビニでは、相棒の夜勤ネパール人が棚に並べる菓子パンを商品であるにも関わらず、俺に投げて渡してくる。
それを良しとする俺も俺だよな。
ちなみに占いの本の結果、俺は今年厄年らしい。やっぱそうだよな。そんな気がしたから、興味ない占いの本なんて読んでしまった。そうじゃなきゃ手に取ったりしない。
2カ月前、俺は多くを失った。仕事、車、女。俺の酒気帯び運転のせいで全部失った。ケガ人がいないのは不幸中の幸い。
ただ、コンビニで占いの本を読んで、自分の行いが悪かったことを、自分の運勢のせいにして道を歩きながら酒を飲むサンダル男に幸せが来ないことは間違いないだろう。
1月13日生まれ、O型の俺、堀 丈は今年は辛抱の年らしい。
辛抱?
たった一瞬で手にしていたステイタスを失ったんだ。これ以上、不幸なんて起こってたまるか。
スーパードライの缶の腹を親指で力一杯潰し、まだ食べてないおにぎりが入ってるビニル袋に、ゴミ袋代わりに突っ込んだ。
なんとかチルドレンのなんとかネバーノウズのサビを口ずさみながら、いつもの店へと足を運ぶ。
心のまま僕は行くのさ。
✳
俺には行きつけのバーがある。
俺の家から徒歩5、6分ほどの近所にレンガ作りの喫茶店風の店「ルージュ」。
昼から開いてるが、店の外観がツタまみれでボロいから営業してる風には見えない。
何だか宮崎駿のアニメの帝国軍に攻められた後の集落の家のような廃墟感。
しかし、夜は店内外の灯りが灯って、意外と古き良きオーセンティックバーらしい雰囲気がふんわり漂うのだ。
でも俺は、昼間の殆ど客がいない時間に入るのが好きだ。もちろん、仕事が休みの日に限ってだが。
カラン。
扉を引くとドアベルが静かに鳴り響く。
「いらっしゃいませ。」
カウンターの裏から渋い声の挨拶が聞こえてくる。
現れたのは、この店のマスターではなく、助手で俺と同い年の虎ちゃんだった。
身長は180センチ手前くらいだろうか、長身でスタイルも良く、顔は正統派のイケメンというよりは、強面だ。パーツは良いのに、目つきが悪く。蛇や爬虫類のような顔。縁なしの眼鏡をかけてるお陰で、少しは優しそうには見える。
実際、この男は根は優しく面倒見もいいのだが、以前働いていたホテルバーで気に入らない先輩に暴力を振るってクビになったらしい。
実は俺も2カ月前までは同じホテルのレストランで働いていたので、昔、喫煙所でコイツとよく喋ってはいつの間にか友だちになった。
俺はいつだったか虎ちゃんにその事件の事の次第を聞いたら。虎ちゃんは元々、嫌いな先輩が飲みの席で虎ちゃんの相棒に暴力を振るったから、チャンスだと思ってその先輩をボコボコにしたらしいが、警察沙汰になり、そのせいでクビになったんだと。ただ幸運にも、先輩の方も非を認めて、大事にはならなかった。やだやだ。血の気の多い男たちだこと。
結局、虎ちゃんはホテルバーを辞めて、俺や他の友だちともよく通っていたバー「ルージュ」に雇って貰った。
そして、虎ちゃんにボコボコにされた先輩は介護の仕事に転職。虎ちゃんの気の弱い相棒は、コミュ障のクセに今やホテルバーのナンバーツーにまで上り詰めたらしい。ま、上のヤツらがどんどん辞めてったってのもあるんだがね。
「なんだ。マスター今日休み?」
「悪いな。旅行に行ってるんだ。千葉さんにもしかして用事があったのか。」
「ねぇよ。なあ、いつもの臭いファジーネーブル飲ましてくれ。」
「「臭いファジーネーブル」って言うなよ。ペルノ入れたんだよ。ペルノ」
ファジーネーブルという桃とオレンジのカクテル。居酒屋とかでも出してるようなありふれたスタンダード。それにペルノという少し癖のある薬草酒を加えると、味わいや香りになんとも言えない奥深さが生まれるとこの間虎ちゃんに教えて貰った。
こういうのをファジーネーブルをツイストしたものというのだろうか。このカクテルに名前があるわけではないので俺は「臭いファジーネーブル」と注文する。
作り手である虎ちゃんには複雑な気持ちだろう。少し悲しそうな顔になる。
「しかしなあ…」
俺はあのファジーネーブルの味を思い出して唸る。
「ファジーネーブルってあんな甘ったるいカクテルは、女子供が飲むもんだと思ってたけど…。カクテルって奥深いよなあ…!」
「子供は飲まねえよ。」
俺は17から酒は飲んでるぞと虎ちゃんに自慢したが、鼻で笑われた。
「俺は12から、親父の淡麗飲んでたよ。」
小学校高学年から飲んでんのかコイツ。
「親父さん怒らなかったのか。」
「何もしなくても暴力振るわれてたさ。でも、何もさせて貰えないことは、暴力より苦痛だった。俺にはな。」
12オンスタンブラァの中の黄色い液体を、バースプーンで掻き回す。虎ちゃんは掻き回すじゃなくて「ビルド」っていう。
「はい、おまちど」
「雰囲気でねえなあ。お待たせ致しました。とか言えよ。」
「お待たせちました。ご主人様。」
何プレイよ?と言って。俺はファジーネーブルを渇いた喉に流し込む。ほのかにペルノの芳醇な香りと、薬草酒特有の甘苦い風味が心地よく舌にまとわりつく。鼻を抜ける香りも独特だ。それだけでワンランク上のものを飲んでいる気になる。
「やあー、美味い!」
「大袈裟だな。ファジーネーブルぐらいで。」
内心は嬉しいのだろう。虎ちゃんは視線を逸らしてカクテルメジャーを洗ってるが、少し口角が上がってるように見える。嬉しいとどうにも顔に出てしまうツンデレなのだ。
こういうところが女性客からも男性客からも可愛がられている。
虎ちゃんは洗い物をしながら視線を上げて、俺に訪ねる。
「お前、いつも最初は「ハンター」ばっか飲んでなかった?」
確かに。元々ライウイスキーの強いカクテルを飲んでいたのだが。
「もうさ、ショートカクテル飲めねえ俺。」
近頃、飲み過ぎで肝臓が弱ってるに違いない。飲んでる途中でも気分が悪くなる。
虎ちゃんは笑う。
「まあ、飲み過ぎもあるんだろうけどな。あれはまず最初に飲むような酒じゃあねえしな。」
虎ちゃんに微笑みかけて、俺はミニ葉巻に火を付けた。すかさず、虎ちゃんが食器を拭く用のタオルで俺の頭を叩く。
「うちでコイーバ吸うんじゃねえよ。」
「煙草は駄目なんだろ?これ葉巻」
「屁理屈いうな。シガリロもシガーもアウトだよ。何ならもっとクセえじゃねえか。」
近頃は飲食店での喫煙は厳しくなった。ましてこの「ルージュ」のマスター千葉さんは元々、煙草のニオイが嫌いなので、お店の外に缶の灰皿を置いて。俺を含むニコ中どもを去年の法律の改定と同時に店の外へと追いやった。
「今日、千葉さんいないからいいじゃん。」
負けじと俺は食い下がったが。
「それでも、千葉さんには分かるんだ!」
千葉さんは鼻が良い。酒はもちろん、色んな花やフルーツの匂いを嗅ぐの好きだ。どんなに掃除してもかすかに残ったヤニ臭で気付く。
「吸いたきゃ、外で吸えよ。」
「お前、昔は俺と煙草吸ってた仲じゃん。分かるだろ?バーと言ったら、左手にに酒、右手に煙草だろー。」
虎ちゃんは首を横に振る。
「バーである前に、ここは千葉さんの店だ。お前も、煙草やめろよ。ただでさえ増税で高くなってんだ。煙草やめたら金が貯まるぞ。」
貯金なんて馬鹿馬鹿しい。俺は、虎ちゃんを鼻で笑ってやる。
「明日死ぬかも知れねえのに、真面目に金なんか貯めたって馬鹿みたいだね。俺が死んでも、その金を受け継ぐヤツもいねえしな。」
虎ちゃんは深いため息。
「今はそれでいいかもしれないが、マジで女が出来たらその考え方改めた方がいいぜ。」
俺が女にモテないのを知ってて余計なお世話だ。最近まで童貞だったくせに偉そうに。俺はファジーネーブルを飲み干しす。
「あほらし。マルガリータ作ってくれよ。」
「めんどくせ。塩抜きでいいか。」
「ふざけんなよ何ガリータになるんだよそしたら。」
「五分刈りータ。」
正直、面白くなかったのに虎ちゃんの言い方で笑ってしまった。
マルガリータはちゃんとグラスの縁に塩つけて作って貰った。
それから、あれこれ飲みながら虎ちゃんと今年のプロ野球や侍ジャパンの采配への文句とか、最近みた映画の話とかして2時間近くはゆっくりした。
✳
立て続けに強い酒は飲めない。まだ20代だが、あと七年もすれば、人間ドッグでバリウム飲まされるだの胃カメラで検査されるだのがある。
もう若くはない。虎ちゃんが俺の前にソルティードックを置く。置いた衝撃でグラスの縁に付いていた塩がこぼれる。
「おい。ソルティードッグのソルティーが落ちたぞ。」
「お前さっきから塩分取り過ぎなんだよ。それぐらいがお前には丁度良い。」
「そうじゃないだろ。プロのバーテンダーがカクテルを台無しにするなよ。」
俺のイジりにも虎ちゃんは顔色一つ変えない。
「前から言ってるだろう?俺は半端もんでいいんだよ。だから「バーテンダー」じゃなくて俺は「バーテン」なんだって。」
いつも俺にはプライドなんてないと言う。
基本、誇り高きバーテンダーなら皆、客から「バーテンダー」ではなく「バーテン」と言われるのを嫌う。
各々、理由はあるかも知れないが、特によく聞くのは「フーテンの寅さん」の「フーテン」のようなフラフラした男みたいな響きが好ましくないとか何とか。
虎ちゃんは本名「藤川 大河」というのだが。
「タイガー」になぞらえ、「バーテンの虎ちゃん」と呼ばれてたり呼ばれてなかったり。
本人がそう呼んで欲しがってるので、俺は「虎ちゃん」って呼んでやってる。恥ずかしくねーのかな。
そうやって、虎ちゃんと無駄話を繰り返しながら八杯目のカクテルを飲んでいた時だった。
ドアベルが鳴り、1人の女が入ってカウンター席の端っこに座る。
小さい背丈。ロングの黒髪に、少し猿が入った顔。肌は全体的に少し焼けている。茶色いワンピースの下から半袖の白いティーシャツを着ている。地黒ではないのだろう。腕から手首にかけて肌が白い。外仕事なのだろうか。
「大河久しぶり。」
猿顔娘はにっこりとバーテンに微笑みかける。知り合いなのか。まじまじとその顔を見つめると何だか俺にも見覚えがあった。
娘が俺の視線に気付くと、驚きの声を上げる。
「わあ!ホリジョーくん!久しぶり!」
いつも髪をうしろに束ねてたから気付かなかった。
以前、俺が働いていたホテルの同期。ベルガールの苗恵だった。
「おお!苗恵ちゃんかよ。全然気付かなかった。」
「え!?ディクシーなの。髪型こっちの方が可愛いじゃん。」
苗恵は猿顔で笑い声がキィキィうるさいから。ゴリラのゲームのキャラクターの「ディクシー」ってあだ名が付いてる。虎ちゃんは特に彼女のことをディクシーと呼ぶ。
「ディクシー酒飲めるんだなー。どうしたの?急に1人で。」
「うーん。悩み事というかね。咲ちゃんのことで、心配ごとがあってさー。」
咲も俺たちと同じ同期のフロントの女。美人で細身だが、胸も尻もない。アニメオタクで探偵小説大好き。
昔は俺は咲のことが好きで、向こうもまんざらでもなかったのだが、俺はある日、彼女の恐ろしい性癖を知った。
それ以来、俺は恐怖心で彼女から少しずつ距離を置くようになった。
「ディクシー。バナナのカクテルあるけど飲む。」
「ホントー?バナナ大好きー!飲むー!」
虎ちゃんのゴリライジりをものともしないというか。最近は、飲み会でリアルなゴリラの真似をするようになったら、まわりにウケたと喜んで話す苗恵ちゃん。たくましくなったというか。いい女だよな。
「そっかー。咲ちゃんのこと話そうと思ったら、丁度良いー。元彼のホリジョーくんいるじゃーん。」
「一週間で破局したけどな。」
虎ちゃんは材料の入ったシェイカーに氷を入れる。
「ホリジョーくんが振ったって聞いたけど。ホリジョーくんあんまりその時のこと話さないよね。」
「まあ…本人の尊厳にもかかわるからな」
実際は、俺の尊厳に関わるからだ。恥ずかしくて人には言えない。
後にも先にもないだろう。俺は縄で縛られたり、オムツを履かされたり、顔に糞を塗られたり、パンツの中に見たこともないユムシとかいう干潟で獲れる謎の生き物を入れられたり。
最後の夜は耐えられずに、俺は泣きながら逃げ出したのを覚えている。彼女のそばにいると、人としての尊厳を失ってしまいそうな気がした。それがたまらなく嫌だった。
虎ちゃんは苗恵ちゃんの前に冷えたカクテルグラスを置き、苗恵ちゃんの目の前でシェイカーを振る。
カンカンカンカンとシェイカーの中で氷が削れていく音を聞きながら。俺は、パンパンパンパンと咲に尻を叩かれながら泣いていた二日目の夜を思い出していた。
「咲がどうしたんだよ。また自主製作のエロ同人誌の手伝いさせられてるのか?」
「わー、ホリジョーくんも知ってるんだ…「ときめ風親方」」
虎ちゃんはシェイカーの中身をカクテルグラスに注ぎながら、苗恵ちゃんに聞く。
「何だいそりゃ?」
「ときめ風親方」とは咲が学生時代から書いてるという。力士同士のボーイズラブ本。
リアルな肉感と、ほとばしる汗に、一般人の俺が読んだときは吐き気が止まらなかった。テニスコートぐらいの巨大な土鍋の中で二人の力士がどんどん汁まみれになっていき。最後は「これぞホントのちゃんこ鍋」といって終わるシーンがピンと来なかったのを覚えている。
「それは咲ちゃん描いてるの同人誌のことなんだけど、それはどうでも良くって…。」
「まじかよ。そそられるタイトルだけどな。」
冗談で言ってるのか本気で言ってるのか分からないが虎ちゃんはもっと聞きたかったようだ。
「咲ちゃん最近、なんか探偵紛いのことしてて…」
「はは。やりそー。なんだよそれで…」
咲は推理するのも好きだった。職場の人間関係を細かく分析してはあれこれ楽しそうに話すこともあった。コミュ障だけど。
咲の被害妄想も入った推理が、誰かに漏れて職場内で揉め事になったりとか、大方そういう内容の話だと思った。
しかし、苗恵の表情は曇り。急に真剣なまなざしになった。
「真帆ちゃんのことで…不可解なことがあったみたいで」
さっきまで和やかな雰囲気だった場が一瞬で凍り付いた。
「真帆ちゃん」とは、苗恵のベル・クローク係の相棒で、虎ちゃんの元相棒バーテンダー「治朗」の恋人でもあった。
彼女は、去年の冬に車道にわざと飛び出して亡くなっている。運転手のドライブレコーダーに一部始終が残っていた。
何で、今になってソレを調べてるんだ。
「アイツ、馬鹿かよ…。」
「お前ら二人とも仲良しだったのは分かるけど、何を蒸し返す必要があるんだよ。」
「勿論、遊びじゃないわ。咲ちゃん、真剣なの。だから止めたくって。」
何を調べるっていうんだ。真帆ちゃんは正真正銘、飛び込み自殺なんだろう。
「不可解な事ってなんだよ。俺は、飛び込み自殺って聞いたぞ。」
「確かに、他殺ではないかもしれないわ。ただ…」
苗恵はポケットから透明な小さなパッケージを取り出す。
苗恵の手のひらの上、透明なパッケージの中に緑色の錠剤が一粒入っていた。錠剤には不気味な目玉のマークの刻印がされてあった。
「真帆の自殺が、本人の意思ではなかったかも知れないの。」
「なんだソレ?」
俺と虎ちゃんは声を合わせて訪ねた。
「一昨年から外人の店とかクラブ、ミュージックバーとかで出回ってたみたい。危険すぎて流行ってはいなかったらしいけど。」
危ないニオイ…。ソイツの見た目と話の流れからすぐに察しは付いた。
「ドラッグ?」
苗恵は静かに頷く。瞳の奥に怒りのような物が見えた。
「「Viva」って名前。手に入りにくくて高価なドラッグらしいの。詳しいことは知らないけど。ソレが真帆の部屋にもあった。」
苗恵の言い方に引っかかった。
「真帆の部屋「にも」ってどういう事だよ?」
元々、話すつもりはなかったのか、言い辛そうだったが、少し間を置いて口を開いた。
「咲ちゃんの弟くん。先月亡くなったの。自殺で…。」
嘘だろ?弟の勇気が自殺?ありえない。
「これ…亡くなった弟くんのそばにもあったそうなの。だから、咲ちゃん本気よ。確かにあたしもこの薬を誰かが真帆に渡したんだとしたら許せない。だけど、これはとても危険なことをしようとしてると思うの。だから、私、咲ちゃんを止めたいの!」
虎ちゃんと俺は顔を見合わせる。確かに、ソレが本当ならアイツは売人とかのルートに手を出しかねない。俺たちで止めなくては。
そう思っていた内心、他にも何か燃え上がるような気持ちが揺れていた。それは虎ちゃんも一緒だったとおもう。
今思えばこの日、苗恵は本当に咲を止めるために店にきたのだろうか。最初から俺たちは操られていたような気がする。そう思った時には、引き返せない所にまで来ていたけど。