策士策に溺れると思いきや、そもそも策士ですらなかった
「愚痴を聞いて欲しい」
王立学園の生徒会室で、伯爵令息クラウドはテーブルに突っ伏したまま、近くにいた親友に声をかけた。クラウドのただならぬ様子に、生徒会の仕事を進める手を止めて、親友は興味津々だ。
「なんだ、なんだ?」
「レイニーがかわいすぎてつらい」
愚痴ではなくただの惚気だった。レイニーとはクラウドの婚約者のことだ。クラウドはニヶ月前に、侯爵令嬢レイニーと婚約した。
「もうメロメロじゃねえか。ストーカーだろうが何だろうが、成り上がるために利用してやるって豪語してたお前がな~。面白いぐらいに、ミイラ取りがミイラになるを地で行ってんな」
「何とでも言うがいい」
親友に突っ込まれても、クラウドは動揺したりしない。クラウドを動揺させられるのは、今やレイニーだけだ。
当初クラウドはレイニーを利用する気満々だったのだ。
レイニーにストーカーされるようになったクラウドは、その好意を利用しようと考えた。レイニーの実家である侯爵家は、国内でも有数の歴史ある家系だ。下手すれば公爵家を上回る権力と財産がある、と言われる程の家柄だった。
レイニーは侯爵家の一人娘で、レイニーと結婚する者が次期侯爵となる。上昇志向が強かったクラウドは、そこに目を付けた。そしてあれよあれよという間に、クラウドとレイニーの婚約は成立した。クラウドは手際が良すぎると不審に思いもしたが、まあいいかとなった。
そして時は流れて。
「考えるだけで苦しい。傍にいるだけで苦しい。好きすぎてつらい」
このザマだ。外していたメガネをかけ直し、真面目な顔でクラウドは再び惚気ていた。クラウドの惚気を聞き流して、親友は止まっていた手を再び動かしだした。
「ゆっくりしてていいのか? 約束に遅れるぞ?」
そもそもクラウドが生徒会室に来たのは、レイニーとの約束の時間までの時間潰しだった。ここに来てからテーブルに沈んでいて、もう結構な時間が経っている。
「すまない。邪魔をした!」
慌てて走り去るクラウドを、親友はにやりと笑って見送った。
「堅物ほど恋に落ちると面白いってな。そういやしばらくレイニーがストーカーしてる姿見てねえな。元々レイニーはストーカーするような奴じゃねえし、本当にただのストーカーだったんかね?」
××××××××××
「あのね、今日も素敵だったよ」
レイニーは満面の笑みで、自分付きの侍女に話しかけた。風呂上がりのレイニーは、自室で濡れた髪を侍女に手入れしてもらっている最中だ。
「クラウド様のことですか?」
「うん! 貴方のおかげでクラウドとこうして過ごせるようになったんだから、感謝してもしきれないね」
「私が申しあげた通りでしたでしょう? 一度興味を持たせれば陥落は容易いと」
「うん、全部貴方が言った通りに進んで、ちょっと怖いぐらいだったよ。でもあそこまでする必要あったかな?」
クラウドに対してストーカー行為を行うのは、いくらクラウドの気を引くためだったとはいえ、だいぶレイニーの良心が痛んだ。加えてはしたないのではないかと、気恥ずかしくもあった。
「ああいう偏屈な堅物は、生半可な好意の示し方ではいまいち通じません。ショック療法というものが世の中にあるように、あそこまで過激なことをするのが最良でした」
「でもストーカーはだめね。もう二度とする気はないけど、新しい扉を開きそうで危なかったもの」
ぎりぎりで惨事は回避できた。あと一週間ぐらいあれば、恐らくは……。
「したいならしても問題ないでしょう。クラウド様が更なるお嬢様沼に落ちていくだけです。元々クラウド様の好みはドンピシャでお嬢様ですから」
ここでレイニーに対して悪魔の誘惑と、初耳の情報が出てきた。この何かと物知りな侍女は、レイニーが知らないことをたくさん知っている。
「ねえ、どこからそんな情報仕入れてくるの?」
「メイドネットワークを侮らないでくださいませ。ところでなぜアレが好きなのか、私でもお嬢様の考えはさっぱり分かりません。ぜひ教えていただけませんか?」
顔を可愛らしく赤らめて、レイニーは熱烈に語り出した。
「一番の決め手はメガネなの。彼ほどメガネが似合う人を私は知らない。メガネをくいっと上げるのがとってもいいのね。メガネに汚れがついた時に磨いてる手つきも、色っぽくてたまらないよ。かけて良し。外す時もまた良し。メガネ最高~!!」
メガネについて熱く語るレイニーを、侍女は優しいまなざしで見つめた。
「アレが好みだとおっしゃられるのであれば、お嬢様の恋路は是が非でも応援させていただきます。お嬢様を幸せにすることが私の使命ですので」
「じゃあ、明日のデートもう~んと可愛くしてね」
「はい、お嬢様」
策士な侍女はレイニーの幸せを願っている。