森のクジラさんはもう会いたくない。
2時間くらい駆けたところで、一旦馬の休憩に入る。
ゼランローンズとザーナカサブランが、魔法で水を出して馬に与える。
雨除けのおかげで、雨が当たっても服に染み込む事はない。濡れない状態に、月華は若干の違和感があるけれども、魔法を受けたという状態が少し嬉しかった。
そんなことを考えながら、果実水を飲んで水分補給する。
『ヘビ太も飲むか?』
『誰がヘビ太やねん! っつーても名前ないから、ええねんけど』
月華は手に果実水を少し出して、手を差し出すと、ヘビはおずおずと、先割れの舌でちょびっとだけ舐める。目を見開き口角を上げ舌を出しながらヘビは叫ぶ。
『うんまーーー!! なんやコレ!』
叫び終わったあとは、手に頭を押しつけて、グビグビ飲み出す。
舌でチロチロ舐めての水分補給じゃないのか……と思いながら見てたら、ヘビはおかわりを要求する。
月華は両手で器の形を作り、アレクライトに果実水を注いでもらう。
頭を突っ込んで飲み干すヘビに、アレクライトも引いてる。
『なんやこの美形、姉ちゃんこいつも彼氏か?』
『彼氏なんぞいない』
『っかーーぁ! 若いんやから、ハッスルしてまえばええやろ』
『はいはい、おっさんは黙ろうか』
『だれがおっさんやねん! ピッチピチの42歳やわ!』
『おっさんだった……思ってたよりおっさんだった……』
ヘビとテンポよく会話してる様子を、若干の悔しげな顔でゼランローンズは見ていた。
「ヘビに妬いてるのか?」
アレクライトはニヤニヤしながら、ゼランローンズに訊ねる。ゼランローンズは小さく頷く。頷いた事にアレクライトは驚く。だが、ゼランローンズは顔を緩めて、月華を眺めてる。
「だが、ピキュピキュ言ってる月華が可愛くて……」
「本人に言ったら、口きいてくれなくなりそうだな……」
「絶対に言わないようにしよう」
再び騎乗隊は出発して、森付近まで来て馬から降りる。
木が不規則に並んでいるので、馬での進行は厳しいものがあると、一行は徒歩になる。
森の中心へ向けて足を進めてると、ドリルの角を持ったウサギのような魔物が駆けてくる
『おい、この奥に鯨がいるのか?』
月華は魔物に向かって叫ぶ。するとドリルウサギは飛び上がり、大の字で月華の顔に貼りついた。
ウサギのお腹のモフモフを堪能したいと思いながらも、雨に濡れたウサギのモフ感はゼロだ。前足の脇に手を入れて、抱っこの形で引き剥がす。
『助けてー! こわいのー!! あの赤い鯨こわいのー!!』
『赤い鯨?』
『何でも食べちゃう赤い鯨ー!』
「鯨は赤いそうだ」
仕入れた情報を手早く共有する。
『森の外に馬がいるから、その付近にいな? 鯨を倒しに来たんだ』
『さっきから、お外に出ようとしてるのー』
『ヘビ太、このドリルウサギを、馬がいるとこまで連れてったげて』
『よっしゃ、ワシについてき! っつーてもワシの言葉通じひん。姉ちゃん通訳頼むで』
『あのヘビについてけば、森の出口だ』
『わかったのー、ありがとー』
森の中でほかの魔物にも、鯨の居場所を聞きながら進む。魔物に訊ねながらという、ありえない光景に月華以外、唖然としながらも、木が不自然に無くなってる一帯に出た。
食い荒らされた動物や魔物の死骸があるので、おそらくディゴットフェルゥが近いだろうと、全員が気を引き締める。
5メートルほどの赤い鯨が、森の中をプカプカ浮きながら、赤いワニを食べていた。
アレクライトは剣を抜き先行する。
続いてザーナカサブランが大槌を構え突進。ゼランローンズは魔法を放つ準備をしている。
他の面々は、鯨の後方目掛けて弓を構え射る。月華は後方へ下がり身を隠す。
剣が鯨を捉えて薙ぎ払われるが、金属と金属がぶつかった音が鳴り響く。
「……は?」
今までの鯨より硬い。傷ひとつさえ入らない。
鯨の目がアレクライトを捕らえる。大きな体をぐにゃりと歪ませ、口を開けアレクライトに向かう。
咄嗟に横に飛び、食らわれずに済んだが、歯もサメのようにギザギザしていて、1度食われたならば、そこから体のパーツが分離しそうだ。
鯨は完全にアレクライトを捕捉し、向かい続ける。
弓兵が体に矢を当ててもコツンと音がして、弾かれ落ちる。援護など意味がなさそうだ。
ゼランローンズが魔法を放っても、金属の体には効果がなさそうだ。
ザーナカサブランの大槌は、多少体がへこむくらいだが、唯一体を変形させる事ができている。
へこまされる方が痛そうであるにも関わらず、相変わらず鯨はアレクライトを食べようと口を開け突進する。
月華は鯨に捕捉されないように、陰からジッと観察する。声が聞こえればと思ってるが、月華の耳にも聞こえる声はくぐもった音のような声だけだ。
ゼランローンズは鯨の口の中は狙わずに、魔法を放ってる。
魔力を食べられると、魔法が効かなくなるらしい。後方の弓部隊の1人が教えてくれる。
「目潰せないの?」
「矢で狙ってもうまく当てられません。思いっきり動き回ってますからね……」
アレクライトは回避に専念、ゼランローンズとザーナカサブランは攻撃に専念してるが、効果が見えない。
アレクライトにも疲れが見えてきてる。
以前討伐を行った時は、ダメージの蓄積によって弱らせて倒したので、今回も攻撃の手を緩めずに、ひたすら攻撃を続ける。
金属音が響く中、中々食事にありつけないディゴットフェルゥは、雄叫びが大きくなる。怒りを叫びに乗せてるようだ。
「アレクー、そいつ金属なら、雷効くんじゃないのかー?」
月華が遠くから叫んでみる。
「むーりー! 魔力練るのむーりー!!」
「ならば囮役は俺が引き受けよう!」
ゼランローンズは槍を構え、鯨の目に突き刺そうとしたが、目の右側の金属皮膚を刺しただけだった。が、鯨の視界に異物が入った事により、鯨の瞳がゼランローンズの方へ向く。
アレクライトは鯨から距離をとり、大木の陰に隠れた。
月華が身を低くしながら移動してきて、果実水が入った水筒を差し出す。そして周りの誰にも見えていないので、アレクライトに触れて回復を行う。
「助かった……回復薬じゃ、こんなに回復しないからほんと助かった」
月華が前線にいる事に、反対してたアレクライトだったが、この時は素直にいてくれてよかったと思った。
月華も自分では鯨の対処が出来ないとわかっているので、ちゃんと身を隠してる。
「んで、金属が雷効くってどう言う事?」
「金属は電気を通すもんだろ?」
「え……?」
「え……?」
月華はこの世界に、電気で動く製品がない事に気づく。
この世界の人は、電気について疎いのか……と思う。月華自身、化学は得意ではないが、そのくらいは小学生の頃から知っている。
「効くかもしれないから打ってみ……」
細かい説明は諦めた。自由電子とか言っても、わからないだろう。化学の初歩から説明なんて無理だ。理解する前に食われてしまう。
喉を潤して息も整ったアレクライトは、魔力を練り始める。
月華はその場から離れ、再び身を隠す。




