インディカ? いいえジャポニカです。
雪はパラパラとまばらに降るくらいまで落ち着いたので、休憩を終えて出発する事にした。
ゼランローンズは馬をつなぐために外に出た。
彼の愛馬はのんびりと藁の上で寛いでいたが、ゼランローンズを見て目を爛々と瞬き、起き上がる。
「また負担をかけるが頼んだぞ、ローゼリア」
首を撫で、頬も撫であげると、愛馬は頬ずりをする。
「へー、ローゼリアって名前なんだ?」
後ろに月華がいて、馬を眺めている。
馬も彼女の視線に気づき首を伸ばす。自然と馬の頬に手が伸び、月華は優しく撫でる。首を下げた馬は、頬ずりを返す。
「ローゼリアに気に入られたようだな」
「そうなのか? 嫌われてないなら何よりだ。大変だと思うけどよろしく、ローゼリア」
馬の嘶きは任せろと言ってるように聞こえる。ゼランローンズは月華を馬車に戻し、御者台へ座る。
そこからの道中は順調すぎるほどだった。雪も降らず、晴れすぎもせず、薄っすら雲がある状態だ。晴れすぎると太陽光が雪に反射して進みづらい。曇り具合が、丁度いい明るさになっていた。
進めば進むほど雪の積もり方が減っていく。月華は名残惜しそうに、楓は安心の表情を浮かべる。
1日目の行程が思っていたより早く進んだ。
予定していた町の2つ先まで愛馬ローゼリアが頑張ってくれたので、大きめの町までたどり着く。
宿の手配をしてくる、とアレクライトが町につくなり、馬車から降りて行った。
ゼランローンズは厩舎を探す。
馴染みのない厩舎というものだが、駐車場のような物と思えば、楓と月華から違和感は消える。
厩舎を見つけ馬車を預けると、厩舎番が話しかけてくる。
「ゼランローンズか? 相変わらず大っきいなぁ! すぐわかったよ!」
「ダナ先輩、お久し振りです。息災のようで何よりです」
「相変わらず堅苦しい喋り方してんなぁ? 若いんだから崩した喋り方しろよ!」
月華くらいの背をした筋肉質の男が、ゼランローンズの背中をバシバシ叩いてる。
旧知の中のようなので邪魔をしないようにと、月華は馬車の荷置き部分から荷物を取り出し、馬車のそばへ積み上げる作業を始めておく。
「んで、そのお嬢さんの紹介はなしか? ん?」
「そういうのではありません、その下卑た顔を引っ込めてください」
「あ、楓と申します。ゼランローンズさんにはお世話になっております」
楓は当たり障りない挨拶をして、ペコリと頭を下げる。
月華はローゼリアの所にいつの間にか移動していたので、そばにいなかった。
ローゼリアに頬擦りをされまくって、月華はローゼリアを撫で回しまくって、お互い満足したので、月華は荷物のところへ戻る。
騎士団時代の先輩との事で、世間話を数分してその場を去り、町の中央あたりに向かい、アレクライトと合流する。が、彼の顔は暗い。
「どうした? 宿を取れなかったのか?」
「今、確定前のキープ中。4人1部屋しか空いてなかったから、意見を聞こうと思って……」
「む……確かにそれは即決し難いな……」
男女4人が1部屋に泊まる事を、勝手に決めるわけにいかない。と思い、アレクライトはどうするか迷った挙句、判断を仰ぎに来たようだ。
楓はこの2人が変なことする訳ないだろうと思い、問題ない事を伝える。月華は首を捻ってる。
「何が問題なんだ?」
「「「え……」」」
全く何がまずいのかわかっていない月華を前に、一同に不安が過ぎる。
「野郎と同室なんだよ? 警戒とか不安とかあるでしょ?!」
アレクライトがツッコミの如く声を上げる。月華は更に首を捻り眉をハの字にして口を開く。
「野郎と同室だとなんで不安を持つんだ?」
「ツ、ツキカは我々を信頼してくれてるんだ。なら何も問題はないっ」
「月華……知らない人についていっちゃダメよ?」
「ん? あぁ、もちろんだとも」
無理矢理ゼランローンズが話をまとめ、月華は消化不良のまま宿を目指した。
――ゼラ、マジで前途多難
――――信頼されてるのだ、何も問題あるまい……何も……
――カエデは一瞬戸惑った顔をしたから、まずいかもってのがわかってるけど、信頼が優った感じだよね。だから大丈夫そうだけど……
――――ツキカは強いから警戒する理由が無いのだろう
――男は狼だって知らない感じだよね
――――狼だって彼女なら狩れる
――間違いない
月華の規格外っぷりには困ったもんだと思いながら、暗号会話を進める2人。
宿に到着して、部屋の隅に荷物を置いて、すぐ夕飯に出掛ける。日暮れから少し経ってるので辺りは暗い。気持ち足早に店へ向かっていた。
「こ、こ、ここここ、米か?! これは!!」
「艶々して粒がふっくらしてるわ……間違いなくお米よ……!」
西の隣国の料理を取り扱っている店に入ると、和食料理屋のようだった。
サンマっぽい定食、トンカツっぽい定食、蕎麦定食――ザ・和食だ。
メニューに描かれたイラストを、楓と月華は食い入るように見つめる。
イラストだけでは判断しづらいが、米に飢えていた2人には、イラストに描かれている椀に入った白い物体が、白米にしか見えない。
「西の国は米文化だよ。この国の西側にあるうちの領地の主食は、パンとコメ半々。2人がコメを知ってるなんて親近感湧くなぁ」
アレクライトはほっこりとした笑顔で、メニューに釘付けの2人を見つめる。
何だかんだ、米について訊き忘れていたので、この出会いはうれしい。とメニューを吟味してる。
「ラムステーキ定食大盛りと、盛り蕎麦2人前、あと焙じ茶」
「エビフライ定食で」
悩みに悩んだご飯はようやく決まって、月華と楓の口からメニュー名が出てくる。
「んじゃ、オレは魔牛カツ定食大盛りっと」
「ステーキ定食大盛りにするか」
定食という響きもいい。きっと翻訳のせいではあるだろうが。
お茶碗に盛られた、ほかほかのご飯に、お吸い物、各定食のおかずに、箸休めのお新香、お茶。
あぁ、和食だ。楓と月華は感慨深くご飯を見つめ、手を合わせて「いただきます」と言葉を発する。
もちろん箸もある。テンション鰻上りでひたすら食べ進めた。
ジャポニカで真っ先に出てくるのは、米でなく学習帳。




