冬の旅は過酷です。
馬車が止まって、小さな町についた。
馬を休憩させるために立ち寄ったようだ。
ずっと魔法を使い続けてたゼランローンズの休憩も兼ねているが、それよりも、唇が青紫色になりかけているアレクライトの体を温める方が、どちらかと言うと優先されていそうだ。
温かい飲み物を飲んで、体の中から温めてホッと一息つくアレクライト。
手袋を装着していたが、手はすっかり冷え切ってる。飲み終わったカップに手をくっつけて少しでも暖をとる。
少し指先が赤くなり、しもやけになっている。疼痛で痒みも出てるのか、指同士をこすり合わせていた。
「あったか〜〜……」
楓がポットに入ってる紅茶を、アレクライトが握ってるカップに注ぐ。
室内でぬくぬくしていたのが、申し訳ない気持ちだ。と思いながら、せめてできる事をとアレクライトが暖をとりやすくなるように努めた。
「やはりアレクでは、まだキツイか」
「ちょっとしんどいね……」
自分を温めれるゼランローンズと違って、真冬の根雪な場所での御者は、無謀だったようだ。
だが、アレクライトは納得いかないのだ。
「何でツキカの方が外にいた時間長いのに、平気なんだよ……」
「え? 手袋してたし?」
「オレもしてたよ!」
「ツキカに付与はしとらんぞ? 自分と室内で手一杯だったからな」
と、ゼランローンズは言うが、月華は断っていたのだ。
肌を刺すような気温が懐かしくて、堪能させてもらっていた。その刺す痛みのような寒さの中、元気に暴れまわれるから恐しいヤツだ、とアレクライトは月華を一瞥する。
「雪国出身だし?」
「オレだって10年くらい住んでるのに……」
「まぁ、明日以降は、段々と気温が上がってくるであろう。王都の領地を抜ければ、この寒さからも解放される」
冬の精霊の力が強いのが、王都中心に馬車で1日のエリアあたりとの事。と、言われても楓と月華はピンとこない。
たが、寒さが和らぐならありがたいと、楓はほっと息を吐き出す。
馬車の中でおやつを食べたから、休憩してる喫茶店では飲み物を飲んでる楓だったが、大食いトリオはおやつを食べてる。
シフォンケーキはふわふわなプレーンの様だ。皿のフチにあるベリーソースも見るだけで美味しそうな佇まいだ。
月華はケーキをサクリとフォークで割ってベリーソースを絡め取り、楓の口元へ持ってく。
「楓、あーん?」
釣られて口を開けたら、シフォンケーキがふわりと口の中に入り込む。甘い物はいつ食べても幸せだと頬が緩む。
――クマ! ツキカに食べさせて貰う光景を、羨ましそうに見るな。
――――み、みとらんわ! 微笑ましいと思ってただけだ!
――お前散々餌付け……じゃなかった、手ずから食べさせてもらってただろ……
――――違うと言っておろう……!
瞳と瞬きで、暗号のように会話する男たちに気づく事なく、喫茶休憩を満喫する女2人。
そしてそろそろ休憩は終わりにし、出発となった。
店の前まで馬車を運んでくると言い、ゼランローンズは先に店を出る。
アレクライトは再び手袋をつけようと、しもやけの手を動かして手袋に手を入れてる時に、手の甲を月華に突かれた。
指先は既に手袋の中にあるが、霜焼けの疼痛が消えていた。アレクライトは何も起きなかったかのように、表情を変えず手袋をつけた。
馬車に乗り込み扉を閉めると、暖かさが満ちてる。
ゼランローンズが馬車を運んできている間に、魔法を使い温めてくれたようだ。
「助かったよ、ツキカ……。すっごい疼痛だったから……」
「あぁ。さっさと手袋してくれりゃ良いのに、ずーっとカップ握ってるんだもんよ……」
「そりゃあ、冷え切った手袋より、カップの方が温かいじゃん」
店の中で堂々と、霜焼けを治すわけには行かないだろうと、アレクライトが手袋に手を入れる時を、月華はずっと狙っていた。
「霜焼けも治るのね……。医者いらずになりそうよねー」
「医者の代わりになんて働きたくないな……。死ぬほど忙しくなりそうだ」
「確かに過労死してしまいそうよね……」
「身内に使うだけでいっかな、このチカラは」
アレクライトは言葉や顔に出さずとも、めちゃくちゃ動揺してた。
さっき逃げる宣言されたけど今度は身内宣言――どうなってるんだ? と考えを巡らせる。
動揺中の男は、会話に置いてけぼりをくらうが会話は続く。
「月華はよく外に出てるけど、外の方が気持ちいい?」
「あぁ、凛とした空気がスッキリしてて、気持ちいいし空気もうまいよ」
冬が好きなのか、外の事を話す月華の表情は明るい。
排気ガスなどがない、こちらの空気はとても澄んでいる。常に自然の中にいるような、綺麗な空気だ。
楓は外の様子が気になってちらりと前方の引き戸を見たが、アレクライトが楓の前に腕を出して制止する姿勢を取る。
「カエデ……出ちゃダメだ……死ぬぞ……」
「え゛……死ぬ?!」
「8度くらいだから大丈夫だぞ?」
月華はケロッと言い放つが、外は楓の中で感じる8度ではない。
「………氷点下よね?」
「もち」
「死ぬわ……」
「オレから見てもツキカは別格だ。ありえない……」
月華は納得いかない表情で外を見ると、途端に目を瞠る。
アレクライトもその様子に気づき、前方の引き戸についた小窓を開けて、ゼランローンズに声を掛ける。
「ゼラ、吹雪になるかもしれない!」
「なに?!」
まだ雲は遠いように思えるが、上空の風が変われば途端に雲に包まれる。そうなると立ち往生してしまうため、次の町まで急ぐ事にした。




