おやつは銅貨3枚まで!
銅貨1枚=100円相当
馬車に戻り、再び馬は歩みを進める。
月華は室内に置いてある包みの1つを取り出して、箱の蓋を開ける。箱に中には蝋引き紙が敷かれており、クルーラー型のドーナッツが入っている。
「何このドーナッツ! 可愛い!!」
楓の顔が綻ぶ。アレクライトは見たことのない形状に首を傾げる。ドーナッツは見た事があるが、月華が見せてきたドーナツは細かい線が束ねられた縄の様な形状で、粉糖が薄っすらかかっていて、お菓子らしい見た目だ。
月華の表情は「キリッ」とオノマトペが出んばかりに引き締まってる。
「昨日のうどんです」
「「え?」」
うどんの麺を束ねて、丸くしてあげたのだという。
ドーナッツ屋の物より小さめに作り、食べやすい大きさにしてある。
クルーラーの他、カルツォーネ型の生地の中にジャムを入れたパイもどきもある。月華は朝早く起きて、ご飯とお弁当のほか、おやつを作っていたようだ。
おやつの箱を楓に渡して、月華はゼランローンズに食わせる、ともう1つ箱を持ち、前方の引き戸に手をかけた。
「そっちの箱は2人で食べてな?」
「え……オレも貰っていいの?」
月華がくれると言うことに、先ほど拒まれたような感情が燻っていて驚くアレクライト。月華は首を傾げる。
「遠足におやつは付き物だろう? 苦手じゃなければ食って食って」
「ありがとう」
そうだ、まだ月華は逃げていない。拒まれたわけではなく、あれは忠告だ。
いままでの経験で脳筋の思考を思い出す。脳筋は小ざっぱりしてる、引き摺らない、振り返らない。
アレクライトは自分が気にしすぎていたんだな、と思いドーナッツをひとつかじる。
楓と顔を見合わせる。目をお互い見開いていた。
口に入ってるので開くことはないが、お互い見つめ頷き合ってる。
そとはサクッと、中はもちっと。この食感はクセになる。
「こんなにうまい物、連日で食っていたらオレも料理したくなっちゃうなー」
アレクライトがポロッとこぼした言葉に、楓はビックリする。
「貴族の人って、コックを雇ってるんじゃないの??」
物語で読んだ貴族は基本何もしない。着替えも風呂も全部使用人任せ。流石に食事は自分の手を動かしていたが、作る人は雇用した人々だ。こちらでもディジニールの家でそう感じていた。
「小さい頃はそうだったよ。でも、騎士団に入ったら自分の事は自分で。魔物の討伐で遠征に行くと、男所帯の飯なんて不味くて不味くて。美味しいご飯のために遠征飯の腕を磨いたら、普通の料理も、自分で色々作るようになってね。騎士団の人間は宿舎暮らしで、部屋に台所があるんだ」
部屋に台所があっても使う人はほとんどいない。宿舎は単身用な1Kほどの部屋で、風呂とトイレは共同らしい。キッチンがあるけれど、お茶を飲むときの湯を沸かす為だけ。ほとんどの部屋でその状態だ。
魔導具コンロがあるので、普通に料理だってしようと思えばできるが、めんどくさがりが多いので、夕食を買うか食べに行く人が殆どらしい。
月華の異世界料理に刺激を受けて作りたくなった、とのことだ。
ゼランローンズの実家に着いたら厨房を借りて、何か作らせてもらう事に決めたアレクライトはメニューを考える。
男子飯――こだわる人はトコトンこだわる、とネット記事を読んだ記憶を楓は引っ張り出す。
ワインビネガーを使ったなんちゃらソースのうんたらソテーとやらが、オンスタでイイネをたくさん貰ってるなど紹介されていた。
ワインビネガーなんて使った事ない。高いのだ。それなら薬局で売っている、普通の1瓶98円のお酢を使って酢豚を作る。庶民思考の楓はちょっと遠い目をした。
「普通に食える物だから、カエデにも食べてもらいたいな!」
イケメンの笑顔を心の中で拝みながら、笑顔で楓は頷いた。未だに彼の笑顔に弱い。
「さて、そろそろゼラと替わるかな」
そう言ってアレクライトは引き戸に手をかける。すると、ゼランローンズがドーナッツを月華に食べさせて貰ってる場面を捉える。
ゼランローンズは手綱を握っているので、月華が横からドーナッツを口に運んであげてるのだが、なんとも微笑ましい。
が、その雰囲気を読み取らず、アレクライトはポロリと言葉を落とす。
「クマを餌付け……」
「…………!!!!」
吹き出すのを必死に堪えた楓は、自分を褒めた。
言われるとそれにしか見えない、人間の擦り込みは面白い……いや恐ろしい物だ。
餌付けの終わったクマもといゼランローンズは、室内で体を休めている。
「寒い中お疲れ様でした、ゼランローンズさん」
「あぁ、ありがとう。カエデさん」
水筒から豆茶を木のカップに注ぐ。月華が買って来た豆茶は懐かしい味がして、楓のお気に入りになった。
豆茶を飲んで一息ついたゼランローンズは、前方の引き戸を見て口を開く。
「アレクの方が疲れ果てるだろうな。アイツは魔法で体を温めれないから、温熱効果が付与された外套で凌ぐしか出来ん」
使い捨てカイロで、外の寒さに耐えるような物だろう。かなり厳しそうだ。寒さは体力をとことん奪う。
王都への行き来をする者は、お金がかかろうと、良い付与がついた外套やコートを買うそうだ。
ゼランローンズは己の魔法で付与をかけれるので、高い外套は買わずに済んでいるが、そんな真似ができるのは国に5人もいない。
そんな凄い人が目の前にいるのだが、魔法の凄さを知らないので、楓と月華にとっては大きいクマ男でしかない。
国屈指の魔導師としてより、ただの人間として見てくれる幼馴染や、異世界人の2人の方がゼランローンズにとって居心地が良かった。




