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どうみてもゲームに出てくる村です。


「え、ちょっと……どうしてあなたは平気なの?!」


 女へ問いかけると、坂の下まで危なげなく降りてきて、答えた。


「雪国出身だから歩き方は心得てる。あと、安全靴だからパンプスより滑りにくい」


 男2人は首を傾げる。


「アンゼングツとは?」


――私も実物は見た事ないけど、作業用品店の、働くマンとかで売ってるやつで、工事現場の職人さんが履く靴、だったわよね……たしか。


 今実際に初めて目にした、実物の安全靴は、ただのちょっとだけゴツいスニーカーに思えるものだ。


「ざっくり言うと、わたしのは爪先に鉄鋼芯が入ってる丈夫な靴」


「見た感じスニーカーよね……爪先に鉄鋼芯……?」


 と、楓が呟き、先程の出来事を思い出す。

 鉄鋼芯と聞いてピンとこないが、なんとなく、丈夫そうな印象だ。


「え、その靴でアレを蹴ったの?」


 さっきの甲胄集団との、大立ち回りを思い出し、問うと女は頷く。


 男2人は顔を歪めてる。何か痛いものを思い出す表情だ。

 安全靴は通じなかったが、爪先に金属が入ってる靴というのは理解した。

 この2人は、甲胄集団の最後の1人の股間が、その頑丈そうな靴で、ガッツリ蹴り上げられた様を、しっかり見てる。

 大男が半分青褪めながら、口を開く。


「まさか、召喚の間に倒れていた者どもは、全部貴女が?」

「全員蹴った」


 簡潔な答えだったが、彼らはすべてを悟った様な顔をした。その目からは光が失われている。

 話をしながらも、歩みを進め(楓はお姫様抱っこ継続中)、小高い丘にあった建物から、ほど近い町に入った。


 辺りは暗く、夕飯時の時間みたいで、家々の明かりとともに、美味しそうな匂いも漂ってくる。


 カントリー風な町並みだ。

 日本にこんな可愛い町並みがあれば、オンスタ映えスポット! とかで、テレビに取り上げられたり、ヨーチューバーが再生数稼ぎで、動画にしていたりするはずだ。

 ここは日本じゃない、という事柄が、ひとつひとつ増えていく。


 大男が先に町へ行き、宿の手配をしたようで、町中を歩いてると、戻ってきた彼から、その旨が告げられる。

 そして、作業着の女へ荷物を持たせてくれ、と伝えるも彼女は固辞する。

 このやりとり、石造りの部屋、建物を出たあと、坂を降りたあと、と幾度も繰り広げられてる。

 頑固だなぁ、と思いつつも、楓も自分の鞄は、しっかり抱きしめている。

 金髪の男のマントを借りて、彼にお姫様抱っこされていても、やはり、自分の私物が入ってるものは、抱えていたい。


 宿の部屋はツインルームだ。楓と作業着の女で使ってもらいたいと告げられた。

 雪の中、知らない世界で凍死するよりは、謎の男たちの親切を受け取っておく方が、目先の安全は繋げる。


 冷えた体を、お風呂に入って温めてください、と言われる。本当に体が冷え切っているので、お風呂という単語だけで気分が温かくなる。

 男たちは馬の回収と、食べ物の調達に行ってくる、と宿を出て行った。


 作業着の女は、部屋の鍵を掛けて、(おもむ)ろに自分の髪を掴むと、外れた。

 楓は、衝撃的な光景に言葉をなくすが、手に持つ外した髪が、ウィッグと判断すると安堵の息を吐いた。


「あー……蒸れた後、冷えるとかきっつー」


 女はウィッグを被るために、地毛を纏めていたヘアネットを外すと、プラチナブロンドの髪が降りてきた。


「え、日本人じゃなかっ……??」


 楓は言葉を途中でなくしつつも、首を傾げる。作業着の女は、ニッと笑って「ハーフ」と答える。


「あ、そうだ。助けてくれてありがとう。私はや――」


 楓は彼女に改めて、お礼と自己紹介をしようとしたところ、女が止める。


「名前はお互い、まだ知らない方がいい。彼らにも知られないようにしよう。自分たちが知らない世界だから、名前を知られた事によって、まずいことが起きる可能性もある。某ドブリ映画みたいに……」


 金曜の夜に、時折流れるアニメーションの事を、彼女は指している気がする。きっと神隠しのアレだろう。

 起こった事、周りの景色など、自分の知らないモノだらけな中、目の前の女性が言ってる事は、アニメの話とは言え、自分の知ってる事だ。楓から少し緊張が解けた。


「でも、名前が呼べないと不便だわ……」


 困ったように肩を竦めると、彼女は自分の髪を指して


「じゃあわたしの事は『シロ』で!」


 と、ニカッと笑って言った。その笑顔は今まで見てきたクールな顔ではなく、少年の様な無邪気さがあった。

 プラチナブロンドを白と言うなんて……と思いながら、楓も自分の髪を一房掴んだ。


「なら私はクロかしら?」


 と、笑顔を返す。お互い頷き合って、2人は風呂場に向かう。

 冷え切った体で、風呂の順番を譲り合うのは、よろしくない。

 シロは、下卑た男たちを相手にして、汗だくになっていたのに、雪国の外を10分くらい歩いていた。楓より冷えてしまってるはずだ。

 楓も生まれて初めて、"空気が痛い気温"を体験した。

マントを借りてたとはいえ、芯まで冷えた。


 お風呂場はシャワーのない浴室で、水道の蛇口はある。

 蛇口をひねればお湯が出るので、桶にお湯をためて体や髪を洗う。備え付けのシャンプーは、花の香りがして気分が和らいだ。


 浴槽は銭湯にあるような、大きめの浴槽がひとつ。2人で浸かっても、まだゆとりがあるほど広い。

 乳白色のお湯が、温泉感を更に増してくれるように感じる。


 フロントのようなところで、恰幅のいいおかみさんが「うちはこの町一番の温泉宿よ!」と言ってただけあって、とても立派だ。

 各部屋に温泉を引いたお風呂が備えてある。町一番と自信満々に言えるわけだ。

 ビジネスホテルにある、ユニットバスの何倍あるんだ? と思えるレベルだ。

 風呂に感心しつつも、楓は早速訊いてみた。


「シロは怖くないの? キモい奴らに襲われたし、よくわからないことばっかり起きて、言葉が通じてるけど、ドッキリとも違うし……」


 自分の不満も漏らしながら、質問をしてみる。

 彼女は首を横に振るう。やっぱり怖かったのか……そう思いながら、楓は彼女の言葉を待つ。


「わたしは……考える事を放棄した……」


――あれ、違う。

 思ってた答えと違〜〜〜〜う!!!

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