いきなりピンチ
残ってるのは、数人の西洋甲胄を身につけた、コスプレ野郎たち。
兜はつけておらず、色取り取りの髪色が見える。本当に一体何のイベントなのか、と楓からため息が漏れる。
コスプレ集団が、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ていて、楓は少し引いた。
「捨て置くくらいなら、美味しく頂いて、そのあとショウカンに売れば金は入るし、女の稼ぎがマージンで入るし一石三鳥じゃねぇ?」
コスプレ集団のひとりが言い出した。残りの人らも、それに賛同して、嗤い出した。
――ショウカンってのは、ラノベを読みあさったりした経験から商館? それとも娼館なのかしら? 売り払うって言ったから、人身売買の様な感じ? なら商館?
あの下卑た感じは、上司がセクハラしてくる時と一緒の顔だわ……って事は今、貞操の危機なの?!
楓がようやく、今起きてる状況を把握した時は、男が迫ってきた。
「お嬢ちゃん、お兄さんたちとイイコトしようねぇ〜」
下卑た顔をしながら、指を曲げ伸ばしして、何かを揉む動作をしながら近づいてくる。
絶対イイコトじゃない! と思ったていたら、突如楓の視界が塞がった。
「ぴゃん!!」
間抜けな悲鳴が聞こえた。
楓の目の前には、作業着の女が立ち塞がっている。足下には、近づいてきたさっきの男が、泡を吹きながら気絶してる。
どうやら作業着の女が、甲胄男その1を倒したらしい。
両手には工具を持っている。
――ボルトを閉めるヤツ……たしかスパナ? あれの大きさが変えれる工具だ。
何故か工具に目が行き、そして工具の名前が思い出せずモヤモヤしたが、作業着の女の声で我に帰る。
「少し、後ろに下がっていて欲しい」
ハスキーな声は、背の高い凛々しい雰囲気と合っている。
ちょっとドキッとしながらも「わかったわ」と返事をして、3歩ほど下がる。
どう見ても貞操の危機で、複数の男が、おそらく乱暴な事をする目的で、目の前にいるのにちっとも怖くない。
作業着の女がとても頼もしく見えて、安心感がある。
でも、女の子なのに大丈夫かな、と思って見ていると、彼女は両手に持つ工具で容赦なく殴り、股間を蹴り上げる。
「へぷぁ!!」
「ぴょっ…!!!」
「ぴぇん!!!」
謎の悲鳴を上げながら、男が倒されていく。
――弱点って聞くけど、そんなになのかしら??
そして、男が残りひとりになった所で、分が悪いと悟ったのか、彼は腰に帯びた剣へ手を伸ばし、スラッと抜いた。
篝火にあてられ、てらてらと反射してる。コスプレ目的で作る、ダンボールに銀テープを貼った様な物じゃなく、金属と窺える反射の仕方。
剣と血走った眼を、作業着の女に向け男はつぶやく。
「殺してやる……!」
殺気? というのか、ビリビリした何かが伝わり、恐怖が湧いてくる。
恐怖のあまり、楓は悲鳴を上げる。
「キャアア! だ、誰かー!! 人殺しーー!!!」
いきなり聞こえた叫び声に、男はビクッと体を揺らした。その刹那、男の後ろにある扉が開く。
「何事だ!!」
甲胄男は、開いた扉から見えた人物に、気を取られる。
連続で出来た隙を逃さないよう、作業着の女は手に持った工具を、男に向かって投げ当てた。
ゴッと言って良いのかわからないが、楓の耳に、そんな感じに何か鈍い音が聞こえた。
額に金属の工具が当たって、痛くないわけがない。男が痛みに声を上げた所で、女は、他の甲胄男同様、股間を遠慮なく蹴り上げた。
「はぺっ……」
そして、またも謎の悲鳴を残し、剣を抜いた男は崩れ落ちた。
作業着の女は、奥の扉にいる人物を見つめ、警戒を崩さず、投げてない工具が残る左手の握りを強める。
男が2人、入ってくる。さっきのコスプレ集団と違って、何だか、凛とした雰囲気がある。
――増援だったらどうしよう……
楓の身体から、震えが止まらない。
金髪の男が前に出てきて、こちらに向かって深く頭を下げて詫びる。
「こいつらが無体を働いたようで、大変申し訳ありません!!」
それに続き、後ろにいた大柄の男も、深く頭を下げる。
作業着の女は構えていた工具を下ろし、楓の方に戻ってきて、三白眼気味の目で見つめる。目つきはキリッとしてるぶん、凛々しさが勝って、良い目つきとは言えないが、優しい目なのがよく分かる。
「どこも怪我してない? 大丈夫?」
楓はこくこくと頷くと、作業着の女は目を細め「よかった」と言い、微笑んだ。
楓は無事だが、作業着の女は、男どもとの立ち回りで汗だくになり、目の下にアザが出来ているし、唇も切れてるのか、血が出てる。
「あ、あなたの方が、無事じゃないでしょ、怪我してるじゃない!」
慌てて鞄からハンカチを取り出して、唇の血を拭う。
「ありがとう」
女は少し照れながら礼を述べた。
――なんだろう、このかっこいいのにカワイイ生き物は! 男どもから守ってくれたから、こっちがありがとうなのに! あ、お礼を言わなきゃ!
「こ、こちらこそ、守ってくれてありがとうっ」
コクリと頷いて、彼女は男2人に、向き直る。
「こちらは無事なので問題ない。そこに転がってる奴らはお前らの関係者か? 躾くらいしておけ。クソが……」
楓に掛けてくれた温かい声色とは、全く正反対のきつく冷たい口調だ。最後の暴言は、吐き捨てるように、舌打ちと共に出ていた。
男2人は、再度頭を下げる。そして、最初に頭を下げていた男が謝罪を述べる。
「『聖女召喚の儀』に巻き込まれたあげく、こいつらの無礼で、大変不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
――あ、また聖女って単語が出てきた。
「あのっ、さっきから聖女聖女って、何なんですか?!」
慌てて質問をする。
――この人達は、さっきの甲冑男どもと違い、セクハラ目的の下卑た目をしてないから、答えてくれそうよね。
楓はそんな確信のもと、声を上げる。
金髪の男は、胸当てと小手を装備した、RPG風に言うと軽装の格好だ。
だが、マントやその他の衣服が立派で、コスプレ集団とは格が違うように見える。彼の後ろにいる大きな男も、似たような格好だ。
コスプレにしては、違和感のないというか、馴染んだ服を着ているように思う。
――頭のどこがでわかってる。だけど、違う! って思わなきゃ。
楓は頭を振り、思っていたことを必死に否定する。
金髪の男が、眉を下げて申し訳なさそうに、口を開く。
「ここは、貴女方が居た世界とは、違う所です」
聞きたくなかった、言葉が耳に入ってきた。