お姉ちゃん(本物)
「月華の純粋さが眩しくて、困ってる……」
楓の呟きに、アレクライトも同意する。
食事が終わり、店を出て、アレクライトが所有する家に向かう。
大通りの商店街から、1本隣の道にあるという立地の良い場所だ。
一軒家というが、どう見ても10部屋以上ある。しかも3階建だ。
今までお邪魔した、ディジニールの家、ゼランローンズの実家に比べれば小さめだが、それでも楓と月華の感覚からすると、めちゃくちゃ豪邸だ。
「あとで荷物運び入れようか」
アレクライトが玄関の扉を開けると、暖かな空気が流れてきた。
扉を開けるとすぐリビング、というドラマなどで見た、海外の家を感じる間取りだ。
エントランスホールがないタイプの家のようだ。
リビングには、1人だけ女性がいた。
「あれ、姉上?! どうしたんです?」
「あー、ごめん。休日はここ借りてた」
アレクライトと同じ髪色をした女性が、ソファで寛いでいた。
楓と月華の姿を見て、ソファから立ち上がり、優雅なお辞儀をした。
「初めまして、カエデさん、ツキカさん。アレクライトの姉のアリシャステラ・スヴァルニーです」
「は、初めまして。楓と申します」
「どうも、初めまして。月華です」
お辞儀をする2人に、アリシャステラは近づき、両手で手をふわりと包み込む握手をする。
アレクライトの微笑み方と似ていて、姉弟だと感じる。
「ゼラ君も久しぶり。よ、く、も、聖女から、逃げてくれたわね?」
「王城側にはステラ殿とリーナが居たので、我らは稀人の保護をしたまでです」
再開の挨拶の次に、アリシャステラから刺々しい言葉が舞い、ゼランローンズがヒラリとかわす。
「そういえば、ゼラの妹が、休みの日は王城から逃げるって言ってたけど……まさか姉上も?」
「当たり前でしょが! やってらんないわよ! 朝食のパンがトーストされてないってだけで、テーブルの上の食事全部薙ぎ払うのよ、あんのクソガキ!」
貴族のご息女であるアリシャステラからも、不満や暴言がぽんぽん飛び出す。ゼランローンズの妹のリーナネメシアも、相当愚痴っていたが、アリシャステラもまた、被害者であるようだ。
「それにしても、姉上がここ使っててくれたから、助かったよ」
「あたしも逃げ場所あって、助かったわ。掃除や風通しは全て出来てるわよ」
掃除をしなくても、すぐに住めそうな事に安堵するアレクライトだった。
王城の筆頭侍女なだけあって、環境整備はお手の物らしい。
アリシャステラは、家の中をきちんと、キレイに手入れしていた。
「誰か雇うつもり? 紹介いる?」
まだ整えてくれるようで、アレクライトに質問が飛ぶ。
アレクライトは首を振って断った。
「いまのところいいかな」
「んじゃ、カエデさんとツキカさんの部屋分を、すぐ整えておくわ」
「い、いえ、自分でやりますので……!」
「この家『魔導具屋敷』だから、説明しながらじゃないといけないのよ」
魔導具屋敷という単語に、首を傾げた楓と月華。翻訳チートは発動しない。
その後ろでは、そっと視線を別の方向に投げるアレクライト。そんな彼を、呆れた目で見るゼランローンズの姿があった。
寝室や居室と思われる部屋が、2階の廊下に並んでいる。
その扉の横には、カードキーリーダーのような大きさの箱が付いていた。
この扉は、スヴァルニー家の人でないと、開閉登録が出来ないので、アリシャステラが扉のロックを外す。
気に入った部屋を選んで、鍵登録のようなものをしてくれるそうだ。
部屋の中は、客間のように見えて、特に何の変哲もない部屋に思えたが、ベッドや机、部屋から続く浴室などにも、ありとあらゆる魔導具が組み込まれているそうだ。
日本の家具と、さほど変わらない物もあれば、まるで違う物もあるので、説明をひとつひとつ聞いていく。
カーテンがスイッチひとつで閉まるのは、とても嬉しい。
窓の開閉もスイッチだった。
とても高級な部屋に来た気分になる。
「ツキカの部屋は、靴を脱ぐ仕様にするか?」
後ろからついてきていたゼランローンズが、声を掛ける。
月華は頷く。やはり靴は脱ぎたい。
楓も同じ気持ちらしく、自分も靴を脱ぐ仕様がいい事を伝える。
「まだ店は開いてるし、部屋に敷くラグでも見に行くか」
「そうだな、ルームシューズも作りたいから、布屋も寄って欲しい」
ゼランローンズと月華は、目的をサクサク決めていく。
ゼランローンズは、ディジニールの家から荷物を運び出すのでそちらへ行く事に、ラグや布屋へは、アレクライトが、連れて行く事になった。
「あたしも行っていい?」
アリシャステラが、なんだか遠慮がちに訊いてくる。
楓と月華は頷くが、アレクライトは首を傾げる。
「姉上、どした……? なんかいつもと違う……」
「ほ、ほら! スヴァルニーやシェリッティアの人間は、割とグイグイ行っちゃうから、カエデさんとツキカさんに、引かれたら嫌だなぁって……」
「……それに関しては、今更感がありますね」
遠慮なく月華が答えた。
方面は違えど、グイグイくる人しか居ない。
遠慮するという、まともな感覚と、若干の距離感を持つアリシャステラに対して、逆に驚く気持ちがあった。
お姉ちゃん(偽物)はおネェちゃんです。




