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こんにちは、異世界

異世界転移が好物です。


――東京都某駅


 山蕗(ヤマブキ)(カエデ)は、駅のホームで電車を待つ。

 終電の数本前の電車、この電車がスムーズに乗り換えができる、最後の電車。これを逃すと、乗り換えでかなり時間をロスするのだ。ロスなしで帰れることに、安堵している。


――やっとデスマが終わったわぁ……元請会社の人と飲んで、ノリで納期を早めた営業は、万死に値するわよ……


 そう心の中で呟く楓の仕事はSE。営業が勝手に早めた納期により、ここ3ヶ月、休日返上・残業などで、休みが殆どなかった。

 残業代や休日出勤手当が出るから、まだマシかもしれないが、それでも、休みが大幅に削られたのは、正直しんどかった。と長いため息を吐き捨てる。


 ひたすら仕事。その間に友達から「彼氏が出来ました!」なんて浮かれに浮かれた幸せアピールメッセージが届いて、仕事が忙しくて彼氏になんて会ってる暇なんて今はないわー。と荒んだ気分になっていたところ、彼氏から「デートも出来ないほど仕事が忙しいなんて、嘘でしょ? 女のくせに、そんな重要な仕事を任されるわけないじゃん、浮気してるんでしょ」と喧嘩を売ってきたメッセージが届き、ブチ切れて別れを告げた。


 お前より稼いでるんだからな! と言いたかったのを飲み込んだことは、とてもえらいと、今でも思っている。

 傷つけられた心を、癒す間もなく仕事、ひたすら仕事。

 アラサーにもなると、次を見つける気力もない。――これは人によるけれども、楓には、そんな気力がわかなかった。

 仕事に忙殺されていたことも相まって。


 契約書も覚書も交わさない、ノリでの納期変更などあってたまるか! と抗議するも、零細企業に近い会社は、元請け会社の無茶振りに対応しておかなければ、次の仕事が無くなるかもしれない。

 その無茶振りの波は、現場に訪れる。

 仕事の波なら幾度もプロジェクト中やってくるが、納期短縮というのは、波は波でも衝撃波レベルだ。


 だが、乗り切った。毎晩チームメンバーで、納期を勝手に早めた営業野郎への呪詛を吐きながらも、やり遂げた。


――これでスッキリ眠れる! 早く帰ってスーツを脱ぎ捨てて、ベッドにダイブしたい!

 お風呂もゆっくり入りたいし、久しぶりにセルフネイルも楽しみたい。

 買ったゲームだってパッケージングされたままだ。

 ちょっと前に買ったラノベの新刊だって読めていない。

 しっかり眠って、ガッツリついてしまった、目の下のクマも落としたい。これは下手したら1週間以上かかるわね……。


 解放感で顔が緩みそうになりつつある楓の横には、少し汚れた作業着を着た背の高い女が、大きなリュックサックをカートの上に乗せて、楓と同じく電車を待っている。

 ホームドアの前には、楓と作業着の女しか並んでなかった。


 少し離れた所から、キャハハ! とハイテンションな笑い声を出しながら、歩いている女が2人いた。

 女子高生同士で、会話をして、笑って、スマホを見て、また笑って。


――こんな時間でも元気な子たちだ……ってか補導されるわよ?


 そんな事を思いながら、楓はその様子を横目で伺う。


 見てるのは友達かスマホ。そしてオーバーリアクションで笑う。もちろん周囲など、一切見ていない。

 ドン! と女子高生が作業着の女にぶつかる。一緒にいた女子高生は、笑いながら先に進んでいた。


――あーあ、前を見てないから……。


 そう思いながら、カエデはその様子を更に横目で見てると、女子高生が怒鳴る。


「邪魔なんだけど!」


――えぇー……違うでしょ、そこはごめんなさいでしょ?!


 と、心の中でツッコミを入れる。


 その瞬間、景色が変わった。何の前触れもなかった。


 駅のホームにいたはずなのに、石造りの部屋にいる。その部屋は、篝火(かがりび)が灯っていて、窓はなく、少し肌寒い。

 急に起きた想定外の出来事に、思考が追いつかない。


 そんな中、掠れた声が聴こえる。


「やりましたぞ、王子! まさに伝承通りのお方です!」


 おじいさんのような声が聴こえる。

 声の主は、フードのついたマントのような物を着ていて、顔はわからないが、仙人のように白くて長い髭が見える。

 その横に、真っ青な髪を撫でつけている、ほんの少し幼さが見える男が、ドヤ顔で頷いてる。

 仙人のほか、同じマントを着た人が数人、西洋甲胄を身に纏った人が数人いる。

 ドヤ顔男は歩みを進め、女子高生の手を取る。


「その白く大きな襟の服を、纏ってるということは、其方が伝説の聖女か……よくぞ余の元へ来てくれた!」


――白い襟のセーラー服が、聖女の証かよ! そしたらあの高校の生徒全員が聖女だわ! JK好きも大概にしろよ、キモい!


 と、盛大に心の中でツッコミを入れる。

 女子高生の制服は、都内でも有名なお嬢様高校のものだ。白い襟のセーラー服に、緑色のチェック柄のプリーツスカートが目印。


 何のイベントで、何のドッキリかわからず、辺りを見回すが答えは出ない。

 女子高生は、駅のホームで楓の隣にいた人にぶつかったのだから、すぐ近くに全員がいたはずなのに、3メートルくらい離れた所にいた。

 右を見ると、先程の作業着を着た女が首を傾げ、辺りを見回してる。彼女との距離はホームにいた時と、さほど変わらない。


――この人も、この謎イベントに巻き込まれたのね……。早く札を持った人が「テッテレー」って言いながら、出てきてほしいわ。


 と楓が思っていたら、さっきの仙人が、奥にいる楓たちに気付いたようで、声を発する。


「王子、後ろにも誰か居られますが、如何致しましょうか?」

「ふん、どうせ巻き込まれたオマケだろう、捨て置け! 聖女を迎えに来たのだ。それ以外はいらぬ!」


 ドヤ顔男は、またしてもドヤ顔で言い放つ。

 そして、空いてる手を女子高生の腰に当てて「こちらです、聖女」と、甘い声で囁いて、奥の扉の向こうへ消えていき、仙人と他のフードの人達も続いて出て行った。

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― 新着の感想 ―
夫がCEなもので(やってることはNEにも見えるw),楓さんの苦労がしのばれます…まじで… そのお疲れのなか拐かされる…「前世でなんかやらかしたかな」と思ってしまいそうなわたし 状況についていけないです…
[気になる点] ひたすら仕事。その間に「友達から彼氏が出来ました!」なんてメッセージが届いた後に、彼氏から「デートも出来ないほど仕事が忙しいなんて、嘘でしょ? 女のくせに、そんな重要な仕事任されるわけ…
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