佐藤と山田
<プロット>
佐藤将:男(26、会社の先輩) 山田涼子:女(24)
二人はいい感じ 今はデート中
<内容>
(二人は駅で待ち合わせ。佐藤が待っているところに山田が来る)
「おはよう」
「すみません。待ちましたか?」
「いや、待ってないよ」
「じゃあ行きましょう。水族館ですよね?」
「確か6番のバス停か」
「はい」
二人は並ぶ。
「ところで涼子って、水族館とかよく行く?」
「10年ぶりです。佐藤さんはどうです?」
「小学生以来。クジラが大きかった記憶しかないな」
「クジラですか。クジラがお好きですか?」
「いや、イルカの方が好き」
「私も好きです、イルカ。愛くるしいお顔が好きです」
「イルカを想像する涼子も俺は好き」
「えーと……私、競っているつもりはないのですが」
バスに乗る。
「にしても、今日は快晴で良かったですね」
「ああ」
「私の心も快晴です」
「それはどういう意味だ」
「あなたの言葉を受け入れるために、私の頭をからっぽにしています」
「それはやりすぎではないのか」
「うふふ。黒歴史を作ったりしないでくださいね」
「同じ言葉を返しておくか」
大蔵橋前、通過。
「ところで涼子、俺はその服装が好きだ」
「そう言われるとうれしいですね」
「最近の流行りか」
「佐藤さんは疎いですね。おしゃれに気を使うことはありますか?」
「俺は気を使っているつもりだ」
「暑苦しそうなコートですね」
「男には重装備が似合う」
青空通り、通過。
「こうして二人だけで有給をとって会社を出るなんて、恋の逃避行みたいですね」
「明日は出勤だがな」
「夢がないですね。私のプライベートは、こういう感じの夢を見る少女ですよ」
「永遠の18歳ってやつか」
「17歳です。あなたは何歳ですか?」
「25歳だ」
終点の入鹿水族館に停車。
「ようやく着いたか」
「はい。着きましたね」
「俺はここに来たことがある」
「私はありません」
「だが、涼子と来るのは初めてだ」
「私も初めてです」
「まずは入場券を買うぞ」
「もうスマホで買いましたよ?」
「券を買うのは水族館の醍醐味だ」
「初耳です」
パンフレットを片手にゲートをくぐる。
建物に入る。
「あたりが暗くなりましたね」
「水族館って感じがするな」
「深海魚になった気分ですね」
「それはどんな気分だ」
「シンカイギョーって気分です」
「わからん」
キダイを見る。
「このお魚はキダイさんですね」
「タイは好きだぞ」
「食べちゃだめですよ?」
「う、うむ」
ネコザメを見る。
「見てくださいよ! このサメ、ナメラカにギザギザしていて面白いですよ」
「なめらかにぎざぎざ?」
「そうですよ。いい言葉がないもので」
「高校で正弦波って習ったな」
「佐藤さんは理屈が好きですね」
「数学は理屈じゃない」
「数学はすべて理屈です」
チンアナゴを見る。
「わーチンアナゴだ! 穴から出てきていますよ」
「ふむ、穴の中が好きなのか」
「いえ、穴から出てくるのが好きなんですよ?」
「俺はチンアナゴに共感できそうだ」
「私も共感できますね」
マンボウを見る。
「マンボウですよ! 知っていますか?」
「そういう涼子は知っているのか」
「はい。知っていますよ。もしかして佐藤さんは知らないんですか?」
「知ってる」
「つまらない男性ですね。『知らない』って言ってくれれば、私も説明ができるのに」
「じゃあ、知らない」
「マンボウってささいなことで死ぬって言われているじゃないですか」
「うん」
「あれは嘘らしいです」
「まじですか」
涼子を見る。
「魚を見る涼子が好きだ」
「では仕事をしている私は好きですか」
「ああ」
「家の中で愚痴を吐く私も?」
「たぶんな」
「それならまだ好きとは言えないですね」
「俺についてはどうだ」
「さあ、どうでしょうか」
昼食をとる。
「ここのカレーはうまかった記憶がある」
「カレーが好きなのですか?」
「ああ」
「福神漬は好きですか?」
「そうだが」
「セルフサービスなので、大量に入れてあげます」
「そんなにいらん」
「奢ってくれるお礼です」
「奢るとは言ってない」
「…………………………………………なら、各自が食べる分だけ払いますか」
「わかった、奢るから」
「じゃあ一番高いメニューに」
「俺の財布」
「私と財布どっちが大事ですか?」
イルカショーを見る。
「子連れ客が多いですね」
「午後なら子供も来るだろう」
「若返った気分ですね」
「幼児レベルまでは若返りたくないな」
『イルカショーを開催します!!』
「イルカみたいに早く泳ぎたいですね」
「それは、そうかもな」
「イルカって泳いでいて楽しいんでしょうかね」
「いつも楽しそうな顔してるぞ」
「クジラとどっちが好きですか?」
「クジラが飛び跳ねるのは勘弁してほしいな」
『イルカショーは終わりです。ありがとうございました』
「水浸しだな」
「イルカが飛び跳ねるのってファンサービスなんでしょうかね」
「ま、15年ぶりに濡れるのも悪くないな」
「佐藤さんは重装備だからいいですけど……私は」
「家に帰るまでに乾くぞ」
「寒いんですって! どうしようかな~」
佐藤、タオルで(山田)涼子を拭く。
「ありがとうございます」
「まだ寒いか」
「寒いですけれど、心は温まりました」
「物理的にも温めてやるぞ」
「何をするんですか?」
佐藤、あつあつ缶コーヒーを買う。
「これで暖かくなるな」
「ありがとうございます……」
「どうした、受け取れ」
「ですが、ごめんなさい。私は『たんまりグツグツ コーンポタージュ』の方が好きです」
佐藤、それを買う。佐藤はコーヒー、山田はコーンポタージュを飲む。
「二人で飲みたくて」
「美味しいか」
「美味しいですね。佐藤さんはどうです?」
「微糖の味がするな」
二人は帰りのバスに乗る。
「今日は楽しかったな」
「チンアナゴがかわいかったですね」
「ちょっとかわいかったな」
「私とチンアナゴ、どっちが好きですか?」
「俺はどう答えればいいんだ」
「私って言ってくれなきゃ困ります」
「めんどうくさい女だな」
青空通り、通過。
「私は12歳まで若返った気分です」
「小学生気分か」
「佐藤さんはどうですか?」
「24歳」
「夢がないですね」
「夢はもう見たな」
大倉橋前、通過。
「服も乾いてきましたね」
「うむ」
「私の服装についてもっと感想を述べてほしいんですが」
「その落ち着いた上着と、内側の清潔な上着と、ひらひらしたズボンは好きだな」
「服装については、もっと勉強してくださいね……?」
バスを降りる。駅で別れる。
「じゃ、また明日だな」
「今日の流れ星には『佐藤さんが夢を見てくれますように』と願いますね」
「夢なら毎日見るぞ」
「家に帰ったら、私の言葉をよく反芻してほしいですね」