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ヴァン視点
長い廊下にモップを掛けながらふと思った…何時もの事だが俺は何で侯爵家の使用人の仕事をしているのだ?
『姉上は野暮用で居ないよ。廊下のモップ掛けでもして待っていれば?』
愚弟に良いように使われているのは気の所為では無いな!
「おい!フィーロ!フィリナはまだ戻らないのか!?」
乱暴に応接室の扉を開けるとふわりと天使が舞い降りた。いや、天使なフィリナが移動魔法で帰って来た。
「フィリナ、用は済んだのか?待ちくたびれたぞ」
モップ掛けでくたびれたのだがな!
「ヴァン様…」
フィリナの顔を見て目を見開いた。菫色の瞳が涙で濡れていたからだ。後から後から止めど無く流れ落ちる涙は光を反射してキラキラと輝いていた。
フィリナは泣いていても美しいのだな…。
「フィリナ…何故泣いている?誰がお前を泣かせた!?」
フィリナが意外と逞しいと知った今、余程の事が無い限り泣くとは思えない。フィリナを泣かした奴を今直ぐ八つ裂きにしてやる!怒りに震えていた俺の身体に柔らかな身体が抱きつく。
えっ?
「ヴァンさま~うっ…うっ…」
「フィリナ…?」
俺の胸に顔を埋め、声を殺して泣くフィリナ。甘い香りごと抱き締めるとギュッと縋り付いて来た。
これは夢か?妄想か?
「現実だよ」
「お前も心が読めるのか!?」
「アホ顔に書いてあるよ!いいから離れろ!」
いつの間にか応接室に来ていた愚弟に無理矢理引き離され、取り敢えずソファーに腰掛けた。暫くの間泣き続けていたフィリナは落ち着きを取り戻し、か細い声で謝罪してきた。
「ヴァン様、ご迷惑をおかけしました」
迷惑?むしろ褒美だが?
「何があったのだ?」
「………」
「姉上?」
沈黙するフィリナに愚弟が促す。
「ラストゥルが…」
矢張りアイツか!?元婚約者!!
フィリナを取り乱す程泣かせるとは一体何をしたのだ!?
まさか………嫌がるフィリナに無体を!?
「クソ殿下が姉上に何をしたのですか?」
「奇麗な女の人がラストゥルの部屋に居たの…私、見捨てられちゃった」
綺麗な女?見捨てられた?
ベッドに横たわる元婚約者と美女、呆然とするフィリナ。
『誰なの?その人…』
『彼女かい?僕の愛する人だよ』
『私とラストゥル様は愛し合っていますの。オホホホ』
『そんな…私はどうなるの…?』
『フィリナ…君との婚約は破棄した筈だけど?』
『でも、皇帝陛下の条件では…』
涙を堪え立ち竦むフィリナに元婚約者の無情な言葉が投げつけられる。
『愛する人に出会ってしまったからその条件は意味をなさないよね?君は竜王の所にでも行くと良いよ!』
………って事があったのだな!?歓迎するぞ、フィリナ!
「姉上を見捨てる?新しい相手が出来たって事なの?」
「そうよ…ラストゥルには私はもう必要無いみたい」
「本当に?あのクソ執着男が?」
「女の人…抱き締めていた」
再び涙を浮かべるフィリナ…その涙の意味するものは?
「まさかとは思うが、フィリナは元婚約者の事を…」
「そうですね…取られて初めて気付きました、こんなにも執着していたんだなって」
聞きたく無かった!フィリナは元婚約者を執着するほど愛していたのか!?
「姉上…」
「ずっと私だけのものだったのに!」
嗚咽を漏らし泣き出したフィリナを愚弟が優しく慰めている。俺は何も出来ずにただ見守る事しか出来なかった。
何時も笑顔で駆け寄って来るフィリナ。慕ってくれていると言う自信はあった。それが恋愛の感情では無くとも構わなかった。何時か俺を見てくれたら良いと…だがフィリナの心には既に違う男が居たのだな。
よくある話だ…失ってから気付く恋心。
今まで近くに居すぎて見えて無かったのだな。そして気付いた時には既に相手は違う女を愛してしまっていた。
今は存分に泣くが良い!何時でもこの胸は空けておくから!
「落ち着いた?姉上」
「本当にごめんなさい。ここまで取り乱すとは自分でもビックリよ」
菫色の目を真っ赤にして儚げに微笑むフィリナ。気持ちを切り替える事が出来たのかスッキリとした顔になっていた。
「私、決めたわ!ラストゥルの事はキッパリ諦める!」
「それが良いよ、姉上!せっかく自由になれたんだから、これからは思う存分仕事に打ち込めるんじゃない?」
「そうね…私の代りに病気の治療をしてくれる人が出来たのだもの、宮廷に顔を出す必要はもう無いわ」
元婚約者の奴、病気の治療までさせていたのか!そして心変わりした途端、健気な彼女をボロ雑巾みたいに捨てるとは!
矢張り許せぬ!
「それに、ラストゥルの顔を見たら辛くなるから暫くは他国で仕事しようと思うの」
「カサランタ帝国は駄目だよ?」
「どうして?あっ!この前失敗したから?」
「そうそう!続けて失敗したらトレジャーハンターとしての信頼を失うよ?」
「だったら、我が国に来ると良い」
「断る!」
「お前が決めるな!フィーロ」
「でも…これ以上ご迷惑をお掛けする訳には…」
俺がフィリナを迷惑に思う筈が無いではないか!失恋で傷付いた心を暖かな我が国で身体ごと温めるが良い!決して弱ったフィリナに付け込んで隙あらばと考えている訳では無い!
「秘密の洞窟」
「うっ…」
「洞窟以外にも森や湖や古城があるぞ?埋没した秘宝や見た事の無い生物を探してみたいと思わないか?」
「行きます!」
元婚約者に対する未練を断ち切り、いつの日か俺の隣で笑うフィリナを手に入れてみせる!
フィリナを傷付け裏切ったお前の下へなど二度と返すものか!
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