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第十五節『二人』

 



「…………身長伸びたね。昔は私の方が大きかったのに」


「人並みだって……、そんなに差はないと思うよ」


「えぇ~~~? 目線違うじゃん」


 他愛も無い雑談。

 あれから俺たちは、少しだけ泣いて、少しだけ笑って、少しだけ寄り添っていた。

 俺の中には、幸福感だけがあった。

 ただ、幸せだった。

 固くつながれた手からは、あさひの体温を感じ取ることができた。

 熱い。

 体温と共に、あさひの気持ちが伝わってくるような。

 軽く力を込めると、同じように握り返してくれる。

 そして、互いに顔を見合わせ、微笑む。



「ねぇ、涼介君」


「ん?」


「そろそろかな」


 最初、あさひが何を言っているのか分からなかったが、そもそも俺は()()を見にここまでやって来たことを思い出す。


「…………うん。ぼちぼちだね」


 スマホを見ると、時間的にもあと少しと言ったところ。


「……………そうだ。あさひ」


「何?」


 不思議そうな顔をしているあさひ。

 そんな彼女に、俺はポケットから出したピンク色の便せんを渡す。


「これって…………」


「引っ越す前にあさひがくれた手紙。今朝、目を覚ましたときスーツのポケットに入ってたんだ」


「そうなんだ。……………ふふっ、もう何が起こっても驚かないよね」


 双方共に苦笑いを浮かべる。

 あんな経験をしたのなら、確かにちょっとやそっとじゃ動揺しなくなってしまった。

 しかし。

 この手紙が、俺とあさひを。

 そして、あの夏と現代をつないでくれた。

 この手紙がなかったら、俺はきっと地元に戻ってくることはなかったし、あさひと再開することもなかっただろう。

 …………結果論かな。


「中見ていい?」


「自分が書いたやつじゃん」


「そうだけど…………、ちょっと気になるからさ」


 そう言うと、あさひは便せんを開けて、中から数枚の手紙を取りだした。

 それを書いたのも、体感でほんの数日前のはずだ。


「手紙書きながらすごい泣いちゃったんだよね…………」


「涙の跡とか残ってたもんね」


「嘘、どこどこ!?」


 手紙の上に残る数滴の染みを指さす。


「うわ、ほんとだ。ごめんね…………」


 ……実は、俺の涙の跡も残っているんだけど。

 別に敢えて言う必要も無いだろう。


「……分かってたんだけどね、転校のことも。それでもやっぱりツラくて…………」


「焦ったよ…………。引っ越しまで時間なくてさ」


「すぐ言えなくて、ごめんね。もっと早く言いたかったけど……」


「何かよくわかんないけど、その後すぐにボコボコにされるし」


「そうだよ!! あれ本当にびっくりしたんだからね!? 約束の時間に公園に行ったら、涼介君ケンカしてるんだもん…………」


「あれはその…………色々とむしゃくしゃしてて…………」


 正直、あの時のことはもうあんまり覚えていない。

 ただ心の中がグチャグチャしていて、それを発散したかった。

 あれほどの殴り合いをしたのは、人生で後にも先にもあの一回だけだ。


「そんでいきなりキスするし…………」


「…………へっ!? キス!!? いつしたっけ…………」


「えっ、覚えてないの!? ボロボロの涼介君抱きとめて、それで……………その……、その後に」


「…………?」


 その時のことを思い出そうとするが、やっぱりモヤがかかったように不透明であいまいなままに終わる。

 頭がクラクラしていて、もうとにかく全身を激痛が駆け巡っていた。

 正常な判断はおろか、まともな思考すらできていなかったかもしれない。


「何か、俺すごい熱くなってて……覚えていない……かも」


 それを聞くと、あさひは不満そうに唇を尖らせた。

 しかし。


「え~~~、…………結構嬉しかったんだけどな」


 すぐに顔を赤らめ、真っ直ぐに俺と目線を合わせてくる。

 そして…………、微かに微笑む。


「っ…………」


 奔放で無邪気な、そして少し翻弄してくるこの感じ。

 あの夏と何も変わらない。

 自分が共に同じ時間を過ごした人は、紛れもなくこの人なのだと。そんな実感を改めて得る。

 と、不意に。


「…………あっ」


 真っ暗な夜空に一筋の光が走って行く。

 そして、消えたかと思うと――――――――。



 心地の良い音と共に、大輪の花が咲いた。

 最初の一輪の余韻に浸る間もないまま、次から次へと様々な色の打ち上げ花火が夜空を彩ってゆく。

 どうやら始まったようだ。


「始まったね…………」


 前方で行われている打ち上げ花火を眺めつつ、あさひの呟きに軽くうなずく。

 今年も今年とて、お盆の最終日に開催される毎年恒例の花火大会。

 本来ならば一人で見るはずだった。

 あの夏を感じるために、心に刻んだ記憶を確かめるように。

 そして、無理矢理自分で自分を納得させ、進んでいく決意をしようとしていた。


 でも。

 今、俺の隣には、一番一緒に見たい人がいる。


 チラリとあさひの方を見てみると、「綺麗だね…………」と花火に見とれていた。


「ほんの数日前にも見たばっかなのに」


 すると、あさひは「花火は何回見ても綺麗なの!」と頬を膨らませる。


「そっかそっか」


 あまりにも子供っぽいその仕草に、思わず笑みが漏れる。

 …………本当に変わっていないな。

 嬉しいと眉がちょっと上がるところ。

 髪を耳にかけるちょっとした仕草。

 機嫌が悪くなると唇を尖らしたり、露骨に喋んなくなったり。


 そして。



 ――――――花火を見ている横顔も。




 色とりどりの花火の光が、あさひの顔を明るく照らす。

 綺麗だった。

 ずっと見ていたいと思った。


「あさひ」


「どうし……ん……!?」


 振り向きざまに不意打ちで唇を重ねる。


「ちょっと…………、涼介君…………!」


 顔を真っ赤に紅潮させながら、せわしなく視線を右往左往に動かしている。

 そんな様子も愛おしくて、思わず笑みがこぼれてしまう。


「いつも俺が振り回されてたから、ちょっとね…………」


 これでプラマイゼロくらいにはなっただろうか。

 いつも、俺はこの大好きな人に翻弄されっぱなしだった。

 やっぱりそれじゃ少しだけ悔しい。

 俺も、あさひに何かをしてあげ………。



「ずれてた」


「…………え?」


「ちょっとずれてた」


 言うが早く、柔らかいものが唇に触れる。

 あさひの端正な顔が目の前にあり、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 静かに吐息が漏れ、少しこそばゆい。

 心臓が急速に暴れ出す。

 それに伴い、体温が一気に上昇する感覚。



 やがて、ゆっくりと唇が離れていき。



「…………私の唇、ここだから」



()()()、間違えないでね」



 さっきよりもずっと顔を真っ赤にさせながら、微笑むあさひ。


 …………あぁ。

 これは無理だ。

 この人には、絶対に敵わない。


 あさひの両手を、俺の両手で優しく包み込む。

 目の前に恥ずかしそうなあさひの顔があった。

 まださっきの影響で顔は赤く、様子を伺いながら俺と躊躇いがちに視線を合わせてくる。


 今度は不意打ちじゃない。

 ちゃんと真正面から。

 真っ直ぐに向き合って。




「あさひ」




「はい」




「大好きだ」




「…………うん」




「あのさ……………私もいい…………?」




 軽くうなずく。




「…………好きだよ。涼介」




 転瞬。



 二人の距離がゼロになった。






 もう言葉なんていらなかった。




 唇を離し、どちらともなく笑い合う。



 幼い頃と同じ笑顔。





 あの夏の日々と何も変わらない二人が――――――――そこにいた。





















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