序章1 『書きかけの日記』
日記をつけるのは性に合わん。
合わんが、師匠に「やれ」と命じられちゃあ否とは言えん。
筆を振るうのは嫌いやない。むしろ大好きぜよ、なんせこれでおまんま食っちょこういうんやき。
ほんでも、いつもより筆の滑りがようない。
いちいち起きたことを記憶してるほどマメな性格はしちょらんきに。
まあ、息抜き程度に取り組むのは悪うないかもしれん。こうやってキャメラル……じゃのうてキャラメルじゃったか? とにかくそいたぁの共にするには都合がええ。
書の最中に飲食しちょるなんて言うたら、師匠は怒るじゃろうか。
ただ煙出す馬車ん中、緩みきった雰囲気の場で筆を振るうなら、少しだらけたステイル(スタイルじゃったか。メアリカだかキングランドの言葉にはまだ慣れん)がええっちゅうのがあしの持論じゃきに。気に入らんのは重々承知しちょるが、そういうやっちゃってわかっとったんに引き取ったんは師匠なんじゃから、堪忍しとうせ。
さて、日記は日記でもこれは師匠への近況報告でもあるわけじゃから、いつまでもただ独り言を並べてるわけにもいかんよな。今にも「ったく、おまんはいっつも無駄に話が長いんじゃ!」って雷鳴が聞こえてくるようぜよ。
あしは万葉――上総だか安房があった場所じゃな――につい先刻までおった。これを読んだ師匠は「ふざけたことぬかすな継愛。おまん、統京に行くはずじゃったじゃろうが!」って紙面に唾をまき散らしちょるじゃろうね。
確かに江戸……じゃのうて統京に行くはずじゃった。あの全てを統べる都って書く統京ぜよ。じゃけんど、どうやら船を間違えてしもうたみたいで、気が付いた時にはとっくに万葉におったっちゅうわけがや。
舌打ちせんといてな、こういうおっちょこちょいなとこは生まれつきなんやき。
それに万葉におった間に言われちょった書許可証明書はちゃんと取っちょいた。審査が厳しいって脅されてた割にすんなり取れたんはどうもお国柄のおかげでもあるみたいじゃし、怪我の功名、禍を転じて福と為すぜよ。
ほんで見聞を広めるために一月ばかり観光して、昨日になってほんじゃそろそろ本来の目的地に向かおうかって気になって、今汽車で統京に向かっちょるというわけじゃ。
あしながら呑気じゃと思うが、きびきび生きるんはどうも性に合わんし、道草の味もそう悪うものがやない。
それに車窓から見えるみごとな桜の花を眺めちょると、忙しく生きるんが少しはバカらしくならん? ならんか、しゃあないな師匠は。
統京に着いたら、あしはようやっと書字者になれるじゃろう。
まだ試験は受けておらんけど、暗い考えば持っちょってもしゃあなし。
落ちた時のことは落ちた時に考えりゃあええ。それよりも今は