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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヤンレズな親友

 女子高校生、宮城美空は昔馴染みの親友の女子と教室で他愛のない会話をしていた。その親友である桂木亜紀は美空よりも最近の流行を見据えているミーハーで、黒髪ロングの清楚系の美空とは何もかも正反対だ。外見も耳ピアスに金髪に染めたショートヘアー、制服も着崩している、俗世に縛られない。


「美空、明日休みだしさぁ、どっか食べに行こうよ」

 

 学生たちが学校という箱庭から解放される前日である週末、溜まったガスが放課後になって抜ける今際での提案であった。

 特に用事も無い美空は亜紀の誘いを断る理由が無かった。


「他に誰か誘ったりしてる?」


 引っ込み思案な美空にはあまり友人がいない。こうして誘いを掛けてくる亜紀を始めとして、ごく少数だ。しかも最近は亜紀以外とはクラスが違う事もあって疎遠ときている。クラスが違うだけなら、その小さな垣根を越えてでも繋がりを持ち続けても良さそうだが、所詮どちらもその程度の仲という認識だったのだろう。今年に入ってからは美空は積極的な亜紀以外とはほぼ絶縁状態である。


「いや、美空だけだよ」


 一方で亜紀には話し掛けてくれる人が大勢いた。美空は彼女の明るくて分け隔ての無いざっくばらんな性格が人を惹き付けているのだと思っている。

 そんな彼女が自分なんかとだけ付き合おうとしている。自分を卑下する黒々の暗雲に飲まれながら、片隅で亜紀に一握りの疑問を抱く美空。

 そこで久々に、彼女は小学生時代を思い出す。昔は彼女も苛めっ子を撃退する勝気なところが強かった。亜紀は逆に良く悪戯をされて泣かされていたのが鮮明に残っている。彼女を助けた経験が美空には何回もあった。彼女とは幼稚園からの出会いだったにもかかわらず、本格的に関係を築いていったのはこの頃からだ。


『あき、大きくなったらみそらちゃんと結婚する!』


 夕暮れに沈む公園、遅くなるまで一緒に遊んだその終わりに、幼子だった頃の親友が夕陽を背にして言っていた。あの時、亜紀の頰が感情に絆され、ほんのり焼けていたように見られた。それは夕日なのか、はたまた、本当に照れていたのか。昔の記憶なために定かではなかった。

 ともかくあれは思い返せば衝撃的な発言だったと、美空は手に汗を握る。


『ええっと、わたしたち女の子同士でしょ。わたし、あきちゃんとは友達でいたい』


 驚きのあまり、強く断ってしまった。

 女の子同士が仲良くするならともかくとして、結婚……というのは念頭に入れた事もない。


『うん、みそらちゃんがそう言うなら、お友達で良いよ!』


 今でもあの発言が子供の戯言と思ってしまう辺り、今後も彼女の考えが変わる事は無いのだろう。


「美空、ぼーっとしてどうしたの?」


 手で白く美しい肌を伴った首筋をゆったりと撫でる亜紀が首を傾げる。

 美空と亜紀の立場は、十年の年月を経てすっかり逆転した。美空は今や亜紀に守られてばかりになっている。その情けなさに、ほとほと呆れ果ててきた彼女は隣に立っている亜紀を見上げる。

 自分なんかもうこの子に釣り合わない。

 あれからいつも厚意にしてくれる彼女には悪いと思いながら、声を掛けられて我に返った美空は胸を内側から刺す刺に心を痛める。


「ううん、気にしないで、ちょっと考え事」

「ふーん、美空が気にしないでって言うなら、ま、いいや」


 美空は急かされてもいないのに、鞄に荷物を詰め込むのを急ぐ。亜紀の方は暇をスマホを弄るかと思いきや、ずっと美空を眺めている。いくら慣れた親友の視線でも、長時間眺められていると美空にはこそばゆく感じられた。


「美空の誘い、喜んで行くよ」


 整理整頓を終え、綺麗に纏まった鞄を手に持ち、先行する亜紀に続く。

 あの時と同じ、夕焼けに沈む空。

 背中を追う美空には、あの時と違って彼女が大きく映っていた。時間に流される旅に疲れ、退廃していく美空と、助けるべき小さな存在から彼女の先を照らす大きな存在へと化けた亜紀の対比。過去を思い起こさせる夕陽が単なる成長以上に現実を疲れ切った美空に叩き付けた。


「これがあたしが連れて行きたかったお店」


 てっきりファミレスにでも連れて行くのだと、美空は決めて掛かっていた。

 亜紀が美空を案内した先にあったのはパスタ料理の専門店で、外見からして格式の高さが表れていて、人見知りになってしまった彼女には堪え難い、肌を抉るようなピリピリとした空気が店を取り巻いている。


「びっくりした?」

「亜紀ってこんなに凄いお店、知ってたんだ」

「いや、美空のために下調べしたんだ」

「下調べ……そ、そうなんだ」


 亜紀にぐいぐい引っ張られ、気付けばテーブルで彼女と向かい合っていた。彼女は早速メニューを開き、店員を呼び出して二人分の料理を注文している。下調べをしていたといっても、初めて来た客とは思えない態度。常連客と嘘を吐いたらみんな騙せてしまいそうだ。そんな彼女を横目に、手持ち無沙汰な美空はバーに飾られたワインを見ていた。

 ワインについてはまるっきり素人でも、綺麗に鎮座されているこれらは暇を持て余していた彼女の目を存分に働かせてくれた。


「美空、フリーにしちゃってごめんね」

「謝らないで。寧ろ感謝したいくらいだよ」


 人見知りが強い彼女がまともに話せるのは亜紀と家族くらいなもの。他の人と話そうとすると、恥ずかしさが外に漏れて、途端にちぐはぐになってしまう。

 亜紀とは性格が違っても、美空とはとにかく馬が合う。彼女が知っているドラマは亜紀がみんな知っているし、彼女が好きなCDは亜紀もみんな好きだ。だから美空と亜紀の会話が途切れる事はなく、いつもなら美空が苦心する話題選びにも別段困った記憶も彼女にはなかった。


「注文なされたボンゴレビアンコです。どうぞごゆっくり」


 亜紀が注文したのは白ワインで蒸されたあさりの匂いが香るボンゴレビアンコ。ワインの代わりにジュースを嗜みながら、少しずつ、丁寧に、美空は滅多に訪れない専門店の味を噛み締める。


「どう? 美味しい?」


 美空を目で追い、フォークでパスタを巻きながら微笑む亜紀。ブラウンのカラコンの入った爛々とした瞳に穿たれ、理由も分からず、美空の胸が締め付けられるように苦しくなる。


「……うん」


 正に夢のような至福の時間……これまでも美空は亜紀に色々と誘われ、連れ回された。それも全部奢りだ。遊園地にテーマパーク、今回みたいなレストランも。流石にいつも専門店ではなく、飲食はファミレスが主だった。

 どうしてここまで気前を良くしてくれるのか、訳を聞いても友達だからの一点張り。

 宮城美空には桂木亜紀という親友が何を考えているのか、親しい関係にありながら偶に分からなくなる事がある。美空がお返しをしようとしても断ってしまうため、一方的な奉仕となっている。

 いくらなんでもこんな関係はおかしい。

 ここまで来ると友人関係にしては度を超しており、美空はこの点においては前々から不審感を募らせていた。


「美味しかった……こんなわたしなんかにはもったいないお店だったよ」

「喜んでもらえて嬉しい。また連れて行ってあげるから、行きたくなったらいつでも言ってね……美空ハ特別ダカラサ」


 聞いても無駄なのは分かり切っている。そこで美空は意を決してでも、目の前の親友の本性を暴いてみたくなった。

 パンドラの箱……あらゆる災厄や悪意がこの箱に詰め込まれ、開けたら最後、それらが大挙して押し寄せ、世界は終焉を迎える。

 亜紀が頑なに明かしたくないからには、何か理由があるはずだ。美空はそう勘繰り、一緒に歩いている亜紀を初めて睨んだ。


「亜紀……黙りとしちゃって、まさか暗いと気分もどんよりしちゃうタイプ?」


 亜紀に振り返られ、慌てて笑みを取り繕う美空。ほっぺを突かれ、美空を軽くからかうと、彼女は夜を打ち破らんとばかりに晴れやかな笑みを湛えながら、腕を背中に組んで大股で歩き出す。

 裏表の無い彼女を見ていると美空の考えは気を揉んでくれる友人を悪意のある目で見る……つまり邪推なのではないか。ただでさえ自分に懐疑的な彼女が、尚更自分を信じられなくなる深刻な事態へと陥っていく。


「よし、今日も美空を無事に送り届けられた!」


 また明日、亜紀は美空と外に出掛ける約束をしてから、帰路に着く。

 美空にとってはここからが本番。彼女に気付かれないように跡を付ける。良心の呵責が拭えない。しかしそれ以上に彼女が隠しているかもしれない事について気に掛かる。ルールに則った大層な良心よりも、ちんけな探究心が勝り、足がより活気付く。

 亜紀は一軒家に一人暮らしだと言っていた。

 そんな一人で住むには広い家に、彼女は入っていく。珍しい事に、亜紀は夜にもかかわらず明かりを灯さない。


「美空様……今日も可愛かったなぁ。フィアンセだから当たり前か」


 普段垣間見れない彼女の一面が漏れ出した。フランクな話し方をする彼女があんな呼び方をした事は一度もない。


「美空様……ああ、美空様ぁ、あたし、頑張ってるかなぁ。美空様のためなら、あたし何でもするよ」


 暗闇に包まれたリビングでソファに腰を掛け、ケタケタと笑う亜紀は美空が知る彼女とは完全に別人だった。


「テレビ見よ」


 笑いを抑えたい彼女が手を伸ばしたのはテレビのリモコン。テレビが点くと、放映中の番組には目もくれず、あるDVDの再生を始めた。


『亜紀ちゃん、好き。結婚、し、よう』

「美空様、あたしも大好きだよ。ふふ、貴女だけいれば、他には何もいらないんだから』


 あまりにも精巧に作られた美空の花嫁映像に戦慄する当人。

 知らない方が幸せだった。

 すでに結果論となった過去へ後悔を馳せながら、その場から脱兎のごとく逃げ出した。


『ち、か、い、ます』

「あたしも誓います……ふふふふ……あはっ!」


 美空が亜紀の裏の顔を覗いた見たあの日から、日に日に彼女がエスカレートしていた。一ヶ月経つ頃には、これまで出て来なかった彼女のとんでもアイテムが美空の前に最初から見せるつもりでした、とばかりにあちこちから湧いてきていた。


「うわっ……」


 亜紀が他の友達とどこかに言った隙を縫って、鞄から盗み取ったノートを流し読みで手早く読んでいく。

 亜紀には罪悪感があの頃より無くなっていた、というよりは穴でも空いたように跡形も無く欠落していた。

 あちらも盗撮だの、盗聴だの、他人を出汁にして欲望を満たしている立派な悪人で、例え友達でも線引きはしなければならない。

 彼女の言い分は大まかにはこの通りで、ノートを盗んだ際も、あちらの罪の形を思い浮かべ、犯した罪の免罪符に駆り出した。


「やばっ……」


 ノートを余さず塗り潰す、資源の尊さを重んじる使い方とは裏腹に、その内容は真っ黒。美空は声を籠らせようと意識したのに、開いた口から驚きが逃げ出した。


「過去のわたしの行動……丸裸だ」


 警察に物的証拠として提出すれば、たちまち亜紀はお縄になる事間違い無しの精密な観察眼から書き出された美空の行動。一々その一つ一つに可愛い、好き、抱き締めたい、などの感想が付録として付け足されているのが実に憎い仕様だ。

 是非ともお金を出して買いたいくらい、本に込められた彼女の熱意が魂を吹き込まれたように現れ、美空へひしひしと伝わってくる。最も、自分の行動を集めたエッセイでなければの話なのが、美空における鬼門であった。

 他の点においては彼女の他の友達の悪口や、その近くに不吉な五寸釘のイラストが綴られているのが彼女には気になるところだった。死すべし、死すべし……見ていたら美空が彼女の悪意に呑まれそうになったため、彼女が戻ってきた事も相まって、急ぎノートを鞄へ入れた。


「美空、今日はカフェとカラオケ行かない? 用事無いでしょ?」


 ピアスを揺らしながら、白い歯を見せてフランクに美空に取り入ってくる亜紀。

 このノートがそのままあの日の歪んだ彼女を体現しているとするなら、今こうして明るく務めている目の前の亜紀は仮面を被って美空を謀っている事へと繋がる。


「うん、無いよ」


 恐らく日頃の行動観察から美空の行動パターンは彼女に殆ど筒抜けだ。

 “用事無いでしょ?”

 強気に来ているのが何よりの根拠で、是が非でも美空と一緒にいたいという必死さが僅かながら窺える。


「ちょっと良いかな」


 美空が気になっていた事を彼女に切り出した。


「他の娘とは行かないの?」


 亜紀は可愛らしい見た目と取っ付き易い性格から、友人が沢山いる。にもかかわらず、時間を多く割くのはその中で亜紀のような矢継ぎ早に話題作りに勤しむタイプとは相性の悪い、大人しい美空。かつての刺が見る影も無くなった自分に固執する必要は普通無いはずだ。高校デビューした筈が、未だに過去に縋る彼女。外見との関係がちぐはぐで、見ているだけで胸が痛む。


『結婚! 結婚!』


 思い当たる節について、美空はその時の情景を不鮮明ながら思い浮かべたが、あれは子供の頃、理性も碌に伴わないで言っていたようなものだ。だからこそ美空はなあなあで受け流した。それが今に至るまで尾を引いていた事に気付きもしないで。


「他の奴なんかどうでも良いよ。あたしの親友は貴女だけだもの」


 一瞬、亜紀の目に太陽の光が差さなくなった。暗く、光も届かない凍てついた深海へ裸で投げ出された。

 美空は命の危険を悟り、一歩後退りする。


「美空……今日も一緒に行こ?」


 相対的に彼女との距離は変わらなかった。まるで行動を予め把握していたように彼女に手を握られ、美空は瞬く間に校外へ連れ出される。

 亜紀は美空と恋人繋ぎをしながら、周りの女子高生たちを視線で攻撃している。

 ノートの五寸釘の画。

 あのギラついた目付きの強さも伴って、彼女の同性への殺意の高さはおよそ殺したい程のもの……怨恨に近い程度だろうか。それをとにかく無差別にばら撒いていた。


「あの女……美空様を狙っているね」


 呟く彼女は勘に触ったらしい女生徒の元へ行こうとする。

 美空の手が強張り、足を急がせる彼女を繋ぎ止めた。美空がストッパーというだけで、彼女の勇足はみるみるうちにやる気を削いでいき、その足は完全に止まる事となった。

 またもやぶつぶつと独り言を始めるも、美空はもう勝手にしてくれと、放任主義へと逃げ出した。


「うん、そうだね。愛を見せ付ければ良いんだよね」


 美空は瞬時に己の役割について理解する。

 自身が枷となって、彼女の焦げるような逆恨みの炎を受け止める事。

 流石に全部亜紀の思い通り、というのは嫌だが、関係の無い人間にまで被害を出すのはお門違いも甚だしい。

 性格が奥手になっても、彼女の肝の据わり方は常軌を逸している。美空は胸の内でおどおどと縮こまっていく自分が形を潜めるのを自覚する。


「美空、子供何人欲しい?」


 カフェテラスのテーブルにて、自身の頰を両腕で抱えている亜紀が開き直ったように美空へ聞いてくる。隠している割にはオブラートに包まず、美空へカミングアウトする。

 美空には彼女の真意が分かりかねる切り出し方だ。


「えっと、いきなり何? ちょっと付いていけないかな……」


 本性を知らない体を装って、あたかも意味が分かっていないように冷淡な返しをする美空。

 会話の導線を断ち切る所業。しかし病む程に美空を愛している亜紀にはまるで応えていないようで、頬を殊更に赤くしていく。

 見た目だけなら恋に焦がれるもう一端の乙女。美空は本性を知らない自分だったらさぞかし共感し、ときめいてしまうのだろう。そう過去を俯瞰し、客観的に分析をしていた。


「美空が要らなければあたしも要らないよ。あたしって美空ファーストだし」


 彼女には熱が入っているようで、美空との会話が会話にならなかった。螺子が一二本外れたような思考回路。それともIQに差があり過ぎるのか。15も差があればもう会話が成り立たないと言われている。美空があれこれと原因を並べる傍らで、コーヒーとパフェを呑気に食べる亜紀。近いようで、住んでいる世界は日本とブラジル間程離れている。


「美空、良い匂いするね」

 

 亜紀から美空が使っている香水と同じ匂いがする。執拗に美空の情報を集めている彼女が、美空が使っているアイテムから目を外すなんて都合の良い話がある筈もなく、それはすでに突き止められていたようだ。

 美空=良い匂い……こんな方程式が亜紀の中では成立している事だろう。


「美空……んっ、はぁ、はぁ、みそらぁ」


 悶える亜紀は口から垂れる涎をハンカチで雑に拭ってから、テーブルに上半身を沈み込ませる。もう隠す気すら無いと思わせるひけらかし具合だ。


「美空とあたしは、一心同体〜」


 そんな亜紀の高校デビュー後の姿は、美空が思えばかつての自分と重なる部分が散見される。思い切ってはっちゃけた姿が、かつて身の程知らずに世間知らずで息巻いていた自分と痛く擦り合わさる。

 わたしに憧れていた。わたしに羨望の眼差しを向けていた。

 同性愛に目覚めていた事をそもそも失念していた点から、あれから始まり、ここまで至ったのだというこんな単純な結論へ中々行き着かなかった。

 交錯していた事象が彼女の異常性に結び付く事でバラバラになっていた可能性の星々にまでその関係性が波及する。

 一体どうなっているんだと屋上から叫びたくなるくらいに、事象たちは面白おかしく繋がっていく。


『痛いよ、痛いよ!』

 

 亜紀は小学生まで虐められてきた。その虐めは陰惨で、とてもではないが見ていられなかった美空がそんな彼女を何回にも渡り、助けてきた。周りの冷たい視線を一刀両断につんざきながら、一心不乱に公園の土を抉る。


『止めなさいよ!』


 当時卑屈なのが美空にすら伝わる根暗な要素が詰め込まれた亜紀は様々な虐めグループに標的にされていたため、この一回では氷山の一角を崩しただけに終わる。


『蹴らないで、叩かないでよ!』


 今度は校舎裏で、その次は神社で、虐めは延々と途切れなかったが、彼女は持ち前だった負けん気で次から次へと虐めっ子たちを挫いていった。


『もうやらないから! 許してくれよ!』

『じゃあさっさとはみ出たケツを直して帰りな』


 ショートヘアで真っ黒な髪型の小学生時代の彼女は強気で虐めっ子たちを威圧した。喧嘩にも滅法強かった彼女に勝てる者は、弱い者虐めしかできない奴等の中にはいなかったようで、ドヤ顔で湿った目線を送る彼女から尻尾を巻いて逃げ出すのが関の山だった。


『大丈夫……キミもつくづく不運だよね』


 土埃、擦り傷や打ち身で全身を汚している亜紀に手を差し伸べる。捨てられた猫のように心を痛め、怯えた様子の彼女はしばらく何もしようとはせずに、美空を見上げていた。


『この人が悪い人たちをわたしの、王子、さま……』


 突然抱き付いて顔を泣き腫らすボロボロの彼女を美空も抱き締め、抱擁する。彼女が疲れて泣き止んだ頃には太陽も沈みかけており、星々が見え隠れしていた。


『えへへ……えへ』


 亜紀はそれから美空にべったりとするようになっていく。当時の美空は一匹狼を貫いていて、彼女と遊ぶ時間に事欠かなかったが、問題は他との繋がりを断つかの如く美空と接触してくる亜紀の方にある。


『もう虐めは無くなったし、クラスの人たちとも仲良くなったんでしょ? 良い加減わたしにばかり構わないで一歩踏み出したらどう?』

『嫌だ……他の奴等は悪魔なの……あきを殺そうとする悪魔に気を許したら駄目……えへへ、えへへ、それに引き換え、美空ちゃんは天使、わたしを悪魔から助けた天使』


 相当重症な彼女。元凶を潰したところで彼女が救われるとは限らないとは予期していた美空。

 それは得てして当たってしまい、もう美空すらも手の施しようはない程に、彼女は病んでいた。


『あき、大きくなったらみそらちゃんと結婚する!』

『ええっと、わたしたち女の子同士でしょ。わたし、あきちゃんとは友達でいたい』


 この時は、気が動転したとでも思った美空はまともに彼女に取り合わず、二人の間に壁を築いて逃げようとした。一定に開けた距離は数年間縮まる事はないまま、中学時代に亜紀は一度郊外へ引っ越していった。

 再会したのは高校に入学した最近の事であった。


『おいーっす、美空、ひっさしぶり!』

『久しぶりだね……』


 父が多額の負債から蒸発し、借金返済のための過労で倒れた母が亡くなってから、美空は初めて母有り難みを知ると、すっかり攻撃的な気が抜けてしまい、大人しくなった。逆にかつての美空を受け継いだように、金髪にピアス、ネイルも奇抜になっていた亜紀は高校デビューを決めていた。背後には沢山の友人を引き連れ、最早あの虐めっ子だった彼女はいなくなったも同然で、完全に美空に依存していた頃から再起できたようで安心した彼女は胸を撫で下ろした。


『変わったね、あたしが言えた事じゃないけどさ』

『うん、わたしでもよく分からないうちに変わってた』

『ふーん、そんな美空も可愛いよ。ふふっ……あたしの天使様……好き好き好き……』

『何か言った?』

『気の所為だよー!』


 入学後しばらくして母親の仕事を引き継ぎ、バイトで生計を立てる彼女を駆り立てるように取り立てに来ていた闇金が天使様の代理と言う女に潰されたという噂が巷で流れる。現に取り立てが無くなり、美空は父親の負の遺産は順調に返済ができるようになる。これにより亜紀の誘いを受けられるまでに彼女の生活の基盤が安定してきた。

 美空がバイトで食事の時間が無い日はタイミング良く料理が置かれていた。不気味と思いながらも、背に腹はかえられないと料理を食べてきた。近くにはラブレターのようなものがあり、美空様美空様美空様……と紙一面が埋め尽くされていた。

 今になって美空は彼女が昔と変わっていなかった事を自覚した。最近ボロを出しまくっている彼女を見て、彼女は忘れていた記憶を思い出す。恩を売っていたつもりが、いつの間にか恩を売られていた事を。


「亜紀、ごめんね」

「ふぇ、んぷっ!」

 

 美空が亜紀の唇を奪い、舌で口内を蹂躙する。亜紀から紅茶やケーキの甘い風味を感じながら、彼女の気も知らずに無我夢中で亜紀を虐め抜く。途中で息が苦しくなって我に返ると、堪らずに亜紀から唇を放し、息を整えた。


「今の今まで貴女の気持ちに気付いてあげられなくて」

「はぁ……ふぅ……美空様ぁ……遂に、遂に……分かってくれたんだね」

 

 美空は少し前に亜紀の本性を知った事を洗いざらい話した。亜紀は驚くかと彼女は思ったが、そんな事はなく、むしろ嬉しそうにニヤけていた。亜紀の話から闇金を潰したのも、料理を作ってくれたのも全て彼女だと判明し、益々彼女への好意が膨らむ。


「美空様、あーん」

「あーん、亜紀から貰うケーキは美味しいよ」

「美空様のもね」


 他の客の視線を気にも留めなくなった美空と亜紀。亜紀がその片手間にメールから友達のメアドを削除しているのが美空の目に入る。彼女曰く、彼ら彼女らは美空を驚かせる舞台装置に過ぎなかったようで美空と一緒になれたら一蹴すると決めていたとの事。

 美空たちの行末にいない連中を気に掛けるのは愚かだと思うと、次第に美空から罪悪感は抜けていき、気が楽になる。

 それもその筈、友達も家族もいない美空は亜紀しかおらず、亜紀を引き離す存在を彼女自らが消している事に安堵しない理由が無い。

 亜紀は言わずもがな、美空に狂ったように依存している。美空無しでは生きられない哀れな子羊。


「美空様、明日から同棲しない? あたし貴女の家計苦しいの、知っているよ」

「うん、亜紀のしたいようにして。わたしは亜紀が側にいてくれるだけで嬉しいよ。でもその前にさ……今夜カラオケでデュエットするの、忘れてるよ」

「あ、そうだったそうだった。美空様の可愛い歌声、沢山聴かせてね」

「うん、亜紀のも、ね?」


 次の日から亜紀は家族から離れ、一人暮らしだった美空と一つ屋根の下で暮らすようになった。


「美空様、あたしたちの仲を引き裂く悪魔が沢山いる」

「そんなものいないよ。あるのは空気だけ。亜紀はわたしだけを感じられれば良いんでしょ? ほら、わたしを見て?」

「美空様可愛い。えへへ、美空様ぁ」

「もーう、亜紀ったら大胆!」


 何をやるにも常に一緒、話題の百合カップルが今日も大胆に校舎を歩いていた。

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[良い点] とても好みな話でした [気になる点] 本文「最早あの虐めっ子だった彼女はいなくなったも同然で」 虐めっ子ではなく虐められっ子では?
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